夜会の準備
夜会の当日。
アリシアとマリーの部屋を、マリーの家に仕える侍女たちが行き来して二人の準備を進めていた。
すでに何度も夜会に参加していて比較的王都から近い城下町に家のあるマリーが、事情を説明して準備のために寄宿舎に入る人数を増やして対応してくれることになったのだ。
「アリシアー、準備できた?」
「もう少しよ。鍵は開いてるから入ってきて」
マリーが部屋に入ると、アリシアは髪を整えているところだった。
「ごめんなさい、お待たせしてしまって」
「ぜんぜん待ってないわ。ドレスも素敵」
アリシアは念のためにということで持たされていた新しいドレスとアクセサリーを身につけていた。
「あら、マリーのドレスも素敵よ。上品でかわいらしくて」
アリシアが頭を動かさず鏡越しにマリーを見ながら言った。
しばらく二人が雑談をしていると、髪を整えている女性がマリーに声をかけた。
「アリシア様の髪が終わりましたら出発いたしますから、マリー様も靴を履いてお待ちくださいませ」
「そうね。そのまま出かけてしまわないように履き替えてくるわ」
マリーはよほど楽しみなのか、軽い足取りで自室に戻っていった。
この時、様子を見に来ただけのマリーはローヒールの靴を履いていたのだ。
「よくお分かりになりましたね。私は気がつきませんでした」
アリシアが感心して声をかけると、
「私はいつもマリー様のお支度をしておりますから、自分が見上げた首の角度などで靴の高さがわかってしまうのですよ」
手を止めることなく、誇らしげに答えたのだった。
準備ができた二人は寄宿舎の入口で外出する旨を伝え、馬車の到着を待った。
少しすると、寄宿舎の入口に馬車が到着し、マリーとアリシアは一緒に乗り込んだ。
着席を確認すると馬車は静かに動き出した。
「今日はありがとう」
「こちらこそ。むしろ夜会の準備を手伝わせてしまって申し訳ないくらいだわ」
寄宿舎に事前に申請しておけば数人程度お手伝いを頼める制度や、最低限のことが自分でできるようになることを学ぶ目的があることが事前に資料で書かれていたため、アリシアはもともと領地から人を連れてきていない。
エスコートなどのことも考えて、王都で夜会やお茶会にも参加する予定はなかったので、まさか他の領地の人に手伝いをしてもらうことになるとは思っていなかった。
「そんなことないわ。やっぱりドレスをきれいに着られないから行かない、なんて言われたら悲しいもの。行かないって言ってるところを無理に誘ったんだから、このくらい当然よ。でも、一式持ってきていたのね」
「ええ、もしかしたらどうしても参加しなければならない行事や、学校の授業で必要になって使うかもしれないと思ったのよ。私は授業で使うのであれば、持っているものを使えばいいと伝えたのだけれど、お父様もお母様も新しいものを持って行きなさいと新調してくださったの。本当に何があるか分からないわ」
「でも、そのおかげで一緒に行ってもらえるのだから、私はアリシアのご両親に感謝しなければいけないわね」
ため息交じりに話すアリシアを見て、マリーは微笑んだ。
「王宮は通りからと教会のあった丘からしか見たことなかったけれど、近くで見るとかなり広いのね」
二人を乗せた馬車が広い門を潜り抜けると、そこにたくさんの馬車がひしめき合っていた。
馬車は入口で片側に寄せて待つように案内された。
少しずつ進んでいくと、建物の前で人を降ろすと空いているほうに誘導され、馬車の待機場所か門の出口へと走らせていくのが見えてきた。
一方通行にすることで、馬車の身動きを取れなくなったり、その場で滞留したりしないようにしているのだろう。
ロータリーとなっているため、逆走する馬車がない限り、安全で効率的である。
なお、馬車をそこかしこに止められないよう、道として利用しない場所は小さな庭になっており、来る人の目を楽しませてくれる。
「きれいな庭だわ」
馬車の中から外を見て、アリシアが感嘆の声をあげた。
「私も初めて見た時は感動したわよ」
「マリーはすでに何回か社交で来ているのよね」
「そうだけど、いつもは彼が一緒だから……」
婚約者は王族の側近であるため、迷うことなどない。
マリーはそんな相手にエスコートされて進んでしまうため、あまり自分で覚えていないのではないかと急に不安になった。
「私は初めてだけど、マリーが一緒だから心強いわ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
降車を待っている時間が長く、話に花を咲かせてリラックスしていた二人だったが、お互いに日常とは違う、気取ったような言い方で会話を始めると、どちらともなくクスクスと笑いだした。
建物の入口に到着すると、二人は御者の手を借りて馬車から降りた。
すると御者は二人をその場に残し、すぐに馬車を動かすと、待機場所に向かって消えていった。
「いよいよだわ」
マリーは緊張しているのか、決意を秘めたような言葉を口に出した。
馬車の中で一度落ち着いたはずだったが、豪奢な王宮の中を知っているだけに、足を下ろした瞬間に再び緊張してしまったのだ。
「そうね」
あまいにも緊張したマリーを見て逆に落ち着いたアリシアは大きく息を吐くと、案内をお願いして、貴族らしい笑みと所作で中に足を踏み入れたのだった。




