変な娘
森の辺境領の中心部は、広くはないが大変栄えた街である。
森の一部は、土の上を歩き慣れない人たちが気軽に歩けるよう整備し、気軽に自然を満喫できるようにしていた。
逆にいうと、それ以外の道には行くなということなのだが、遊びや息抜きなのだからわざわざ危険をおかす必要はなく、安全に楽しめればよいと考えている人が大半であり、体験できる環境を用意しておけば進んでそちらに足を伸ばしてくれる、森の深くに入り込んだ人を探しに行く手間も減るだろうと考えての配慮である。
また、広い森には他では見られない動植物が生息していたりするため、研究施設や動植物園が多数造られていた。
街の中心にある塔は、本来警備目的で造られたものだが、街並みや森を一望することができる。
この街は、これら施設の一部を解放したことで、安全に自然を楽しむことができる国内最大の観光地として人気となったのだ。
さらに辺境の強みである交易も盛んで、背にある広大な森の奥は未開であるものの、森に沿って進んだ先には別国があり、クレメンテは彼らと友好な関係を続けているため、別国の珍しい商品を見に来る商人なども行き交っているのだ。
人が行き交っている領地であるにもかかわらず、比較的治安のよい領内では、一人でお使いに出たり、親から少し離れたところまでふざけあいながら駆けまわったりする小さい子どもが普通に見られた。
そんな環境の中で、アリシアは大きな病気をすることもなくすくすくと成長し、五歳になった。
母であるアニーが出産を控え、父であるクレメンテが仕事で忙しくしているため、アリシアも一人で遊びに出かけることを覚えていった。
最初は侍女や騎士などを同行させての外出だったが、家の重たい扉を一人で開けられるようになると、一人で元気よく飛び出して行ってしまうようになった。
当初は家じゅう総出で探すようなこともあったが、何度も繰り返しているうちに危ないことはしていないようなので、他の子どもたちと同じように遊ばせることも勉強になると、両親は割り切ることにしたのである。
とはいえ、そこは親。
心配なことに変わりはなく、実は街や森を警備している者たちに、アリシアを見かけたら声はかけなくていいので自分に報告をするようにとだけ言い渡して、何をしているかしっかりと把握することは忘れなかった。
この頃になると、アリシアは魂と会話する能力を持って生まれ、動物や他の人には見えない何かと会話することができた。
見た目は異なるものの、自分が話しかけるのに別の言語を使う必要もなく、相手の言葉は発している音とは別に、頭の中に自分のわかる言葉として流れ込んでくるのだ。
アリシアにとって、それは当たり前のことで、みんな同じだと思っていた。
実はアリシアの外での保護者であり先生であり友人となったのは、妖精や動植物たちだった。
走り回って疲れて座り込んでいれば、
「大丈夫?」
と声をかけて慰めてくれたり、時には行ったことのないところに案内してくれたりする。
他にもきれいな景色や、おいしい果物、森の様子、植物や動物の特性などもたくさん教えてくれる。
アリシアはたくさんの妖精や動植物たちと話しをするのが楽しかった。
いつも通り天気がいいので森に出かけたアリシアは、森の入口付近にいた妖精と話をしていた。
少し離れたところから見慣れない男の子が数人、じっとその様子を見ていたが、アリシアたちはそのことに気が付いていなかった。
男の子たちとアリシアに面識はなく、アリシアより少し年齢が上の子どもたちだった。
やんちゃ盛りの子どもたちは、日ごろ街で遊んでいることが多く、見慣れない子がいるというので気になったようだ。
しかも内容はわからないが木に向かって何か話しかけている変な子である。
しばらくして彼女が一人だとわかると、彼らのやんちゃ心に火がついたようだ。
「なにやってんだよ?一人で喋ってるとかきもちわりーんだよ」
そう言って、一人がアリシアの長い黒髪を鷲掴みにして強く引っ張り始めた。
「痛い。やめて。やだー」
アリシアは声をあげたが、その抵抗も空しく手を離してはもらえない。
逃げようとしても髪はつかまれたまま、振り払おうとしても力ではかなわず逃げることができなかった。
一方の男の子はというと、抵抗する力が弱いことが分かると調子に乗って今度はそのまま体ごと引きずりまわし始めた。
アリシアは痛みのあまり悲鳴を上げる。
他の子どもたちは、その様子を笑いながらただ見ているだけだった。
悲鳴がしたため異変に気がついたのか、しばらくすると近くを警備していた大人が駆けつけた。
その足音に気がついたのか、
「やべぇ」
「逃げろ」
と、口々に言いながら森の奥の方に逃げて行った。
逃げる際に急に手を離されたアリシアの頭は地面に叩きつけられるようにその場に落ちた。
そしてアリシアはその場で意識を失ったのだった。
アリシアは騎士に抱えられて家に戻ることになった。
彼は領内の騎士でたまたま巡回中にいじめの現場に居合わせたのだ。
異変に気がついて駆けつけた時、ちょうど子どもたちが逃げていくところだった。
子どもを追いかけるか迷ったが、地面の上に倒れているアリシアを見つけると、抱えて家まで送り届けることを優先した。
その際、いじめの現場は見ていないが、おそらく暴力を振るわれていたであろうこと、その子どもの中に見覚えのある顔があったことを騎士はクレメンテに報告した。
「娘を保護してくれて感謝する」
と、報告を聞いたクレメンテが騎士にお礼を言うと、彼は一礼して職務に戻っていった。