辺境からの連絡
「なあ、フランツ。森の妖精がアリシアって娘が王都の学校に来るからよろしくって言ってきたけど、知り合いか?」
執務室から書類を持ったアレクが出たのを確認するとフランツ付きの妖精であるエルが言った。
「森の辺境伯の長女のアリシアなら知ってる。彼女、進学したのか!」
フランツは思わず近くにいるにも関わらず大きな声を出した。
「そんなでかい声出さなくても……」
エルは耳をふさいでフランツから距離を取ってから続けた。
「同じ娘かはわからないけど、その娘は王都上級学校に進学して寄宿舎で生活するらしい。動物の王のお気に入りでもあるってさ」
「動物……彼女、やたら鳥とか犬みたいなものに懐かれてたから、たぶん間違いない」
「ずいぶんと嬉しそうだな」
二十歳になろうというのに、浮いた噂ひとつ立たないくらい女性に対して淡白なフランツの珍しい反応にエルは首を傾げた。
「やっと会えるんだ。当たり前じゃないか」
「いや、わかんないよ」
ロビンソンとアレクが森の辺境領に留学をしていた時、エルはまだフランツと行動を共にしていなかった。
エルが知っているのは、フランツが指輪を継承した後からのことだけなのである。
儀式の前の生活に関しては見ていたわけではないので、フランツが話してくれなければその内容を知ることはないのだ。
「僕はアリシアに会えるのを待ってたんだ。彼女を守るために鍛えているし、生き抜く知恵も身につけたんだ。早く話がしたい」
「でも、彼女、厄介なのに気に入られてるんだけど……」
「そんなの関係ないさ。彼女は僕の許嫁だからね。絶対に渡さない」
彼女を気に入っているという言葉を聞いて声のトーンは落ちたが、フランツはそれを超える喜びで興奮していた。
「まあ、なるようにしかならないか」
今は何を言っても無駄だと察したエルは、フランツに背を向けるとため息をついた。
「アレクが戻って来るみたいだから、引っ込むよ」
エルは執務室の端の棚に用意された籠の中に転がった。
「戻りました」
エルが話を中断すると、間もなくアレクが戻ってきた。
アレクは執務室を出る前と今で明らかにフランツの様子が違うことに気が付いて声をかけた。
「何かありましたか?」
「え、ああ。まあな」
「そうですか。いいことがあったみたいで何よりです」
そう言って定位置に座ると仕事を再開した。
アレクが座るのを確認すると、フランツは手を休めることなく言った。
「アリシアが王都上級学校に進学するそうだ」
その言葉に、アレクは思わずフランツの方を見た。
「あのアリシア嬢がですか」
「ああ」
「たしか、私たちが留学で行った時も学問が相当優秀だと言われていましたね」
「そうだな。でもあれ以来、彼女に会ってないんだ。こちらに来るなら何てしてでも、きっかけを掴みたい。というか作らないといけない」
フランツの中で渡り廊下や温室の光景が思い出された。
アレクも芝生にいた彼女に目を奪われていたフランツ扮するロビンソンの姿を思い出す。
「完全に一目惚れしてましたしね」
「悪いか?」
「いいえ?」
フランツが顔をあげると、ニヤリと笑みを浮かべているアレクと目があった。
「なんだ?手が止まっているようだが」
「また、陛下にお届けするものがあるのではないかと思いまして」
「そうだな。頼むとしよう」
アレクに促されるまま、フランツは陛下宛にとある依頼をするべく手紙をしたためた。
それをアレクに渡し、
「それを届けたら今日は下がっていい」
と告げた。
「それでは失礼いたします」
アレクは手紙を届けるために執務室を後にした。
手紙を持ってアレクが執務室を後にすると、エルが再びフランツの側に来た。
「なに頼んだんだ?」
「アリシアを呼び出す口実を依頼しただけだ」
「人間は不便だな。回りくどい」
「人間だからではなく、王族だから、だな」
フランツもこのようなやり方は好きではない。
実はフランツとしてアリシアと出会うこと、それがこの婚約を正式なものにするために必要な条件の一つである。
アリシア側はこの条件を知らされていない。
知っているのは王族だけである。
現時点で、ロビンソンとしては彼女に会っているが、フランツとして彼女に会ったことはない。
フランツがしなければならないのは、アリシアと貴族として自然な形で出会い、正しい手順を踏んで正式な婚約までたどり着いたように見せることである。
幼いころから決まっていたからと順序を飛ばすことは認められない。
フランツが彼女を気に入って、アプローチをしていくうちに婚約したという形にすることは、他の貴族との関係を悪化させないために必要なことである。
この契約的な婚約は、仮にフランツが受け入れられないような令嬢の場合や、国内に不利益をもたらすような令嬢だと判断された場合は、審議にかけられた上、婚約破棄を行えるような仕組みとなっている。
そうすることによって、選ばれた貴族にも、その令嬢にも傷をつけることなく、かつ王族側の相手を知られることなく円満に解決できるのだ。
それに加えて選ばれた貴族の身も不必要に危険にさらされることはなくなる。
しかしフランツは、留学の時に出会った時から彼女に惹かれていた。
少し危害を加えられっぱなしである部分が、今後の社交でどう影響するのか気になるところだが、それを加味しても彼女自身はとても魅力的だった。
留学を終えて帰る時、本当は彼女を連れて帰りたいと思ったくらいだ。
でも、あの時決めた。
自分には力がないと思い知ったあの時。
彼女をあらゆるものから守れる力を手に入れて、自分のものにすると。
そして、絶対に正式な婚約の条件をクリアし、彼女の婚約を認めさせようと。
あれから成長した彼女は見た目も内面もより美しくなっているに違いない。
その証拠に、難関と言われる王都上級学校に最年少で進学を決めている。
フランツにとって辺境の地はアプローチするには遠すぎた。
皇太子不在で代行をしている自分は王都から外に出ることがなかなか認められなかったのだ。
王都上級学校の在学期間は二年。
彼女が王都に滞在する二年で何としても親交を深めなければならない。
少なくとも周りの貴族たちが彼女と自分の仲を認めるくらいのことをしなければ、前には進めないのだ。
正しくは、彼女の気持ちなど関係なく、第二王子のフランツがアリシアという女性を気に入っていると周りの貴族に認識させることができれば仲睦まじくある必要もないので、周囲に強くアピールして両父親を説得する方が早いかもしれない。
「王族も人間じゃないのか?」
「色々あるんだ。外堀を埋める手順が」
「まあ、応援するよ。面倒なことになりそうだし」
エルは用件を聞くと、再び籠の中に戻っていったのだった。




