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溺愛王子の許嫁  作者: まくのゆうき


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王都への旅

アリシアが森の辺境の地を離れるという日の前日。

卒業式と挨拶などを済ませ、後は当日の朝を迎えるだけという状態になっていた。

アリシアは自分の部屋に忘れ物がないことを再度確認して、ベッドに横になりながら、ぼんやりと今までのことを思い出していた。


「しばらくこの部屋にも戻ってこないのね……」


物心ついた時から使っている部屋には愛着がある。

家具などはそのままでも、その中のものが減ったことを知っているアリシアは複雑な気分だった。


「お嬢様、このお部屋はいつまでもこのままにしておきますから、お戻りいただいた際はいつでも使ってください」

「ありがとう。そうしたいわ。お願いね」


アリシアは侍女がこの部屋を維持してくれると言うので、その言葉に甘えることにした。


部屋で休んでいたアリシアは夕食の準備が整ったというので食事に向かった。

進学が決まった時と同じように夕食が豪華なものになっていた。

家族そろっての食事なのに、すでに席についている弟妹は食事が始まってもあまり手をつけなかった。


「どうしたの?」


アリシアが声をかけても、


「なんでもない」


と首を横に振るだけで、二人ともそれ以上は言わなかった。


「海外に行くわけではありませんし、馬があれば一日で戻ってこられますから、そんなに感傷的にならないで」


アニーや弟妹が寂しそうにしていることに気がついたアリシアはそう声をかけた。


「私も時々王都に呼ばれることがあるから、その際に様子を見てくるから安心しなさい」


クレメンテもそう言って寂しさを紛らわせようとする。


「とりあえず、せっかくのお料理だからおいしくいただきましょう?」


アニーもなんとか弟妹に食事をしてもらおうと、声をかけた。

母親の言葉に、二人はおとなしく食事を進め始めた。

落ち着いたところで、アリシアは切り出す。


「お父様」

「なんだ?」

「私の今使っているお部屋なのですが、帰ってきた時のために残してもらえるのでしょうか?」

「ああ、寄宿舎にいるのは二年間だからな。戻ってきた時のためにそのままにしておくつもりだ。部屋を無くしたら帰ってきた時にゲストルームに泊まることになる。それではせっかく帰ってきても落ち着かないだろう。いつでも帰ってこられるようにしておくつもりだ」

「ありがとうございます」

「アリシア。いつでも気兼ねなく帰ってきなさい。連絡しなくても構わない。ここはお前の家なんだから」


自分が家を出ても部屋を残してもらえるということが嬉しかった。

アリシアは寂しさよりも、家族の温かさを改めて感じ、目を潤ませた。



出発の日。

朝の早い時間から馬車に荷物を積み込むと、自身も乗り込み出発することになった。


「いってきます」

「いってらっしゃい」


アリシアが馬車の上から家族に手を振ると、家族も手を振り返していた。

御者が馬車を動かし始めると、家族との距離が遠くなる。

家族は見えなくなるまで馬車を見送った。

アリシアはしばらく身を乗り出していたが、幌で隠れてしまって見えなくなったところで身を乗り出すのをやめ、座席に座った。

ここからはしばらく御者との二人旅となる。


森の辺境領から王都へは馬車で二日ほどかかる見込みだ。

そのため、途中の街で一泊、宿をとる。

荷物がなく、単身馬だけを走らせ続ければ一日で何とか王都まで到着できるという距離だが、二年間の寄宿舎生活に必要な荷物があるため、このようなスケジュールが組まれた。

御者にはクレメンテが信頼している男が選ばれていた。

何かあった時に腕も立つため、仕事ではクレメンテが遠征する際に同行させることも多い人物だ。


「お嬢様、しばらくは同じ景色が続きますから、少しお休みになってはいかがですか?」

「でも、自分で帰ってくる時に道を覚えておかないと、不安だと思って」


街を抜けて郊外に出ると、農村地帯が広がっていた。

育てている植物が同じためか、左右に同じ景色が広がっており、一本道となっている。

森ではないため周囲に隠れる場所などもない。

ところどころに仕事を休むための小さな小屋が見えるが、道の周辺には立てられていないため、急な襲撃などの心配はなさそうである。


「この道は一本道で夜中に走らない限り迷わないと思いますよ?」

「そうなのですか。私は森と街ばかり見ていたので、この辺りは初めてくるの。この背の低い草が大きくなって麦の身をつけるのね」


風が吹くとさらさらと軽く草の擦れる音がするが、この音も森の葉を揺らす音とは違う。

そして、生息している植物が違うので風に乗って香る草の匂いが違っているのも、アリシアにとっては新鮮だった。



夕方薄暗くなってきた頃、アリシアたちは近くの小さな町に着いた。


「お嬢様、実はですね……すっかりお伝えするのを忘れていたのですが……」


町の中にある宿に向かってスピードを落としながら馬車を進める御者が、声を落としていった。

塀に囲まれたお屋敷のような場所に入っていく。


「こちらは、どなたかのお宅なのかしら?てっきり町の宿屋に泊ると思っていたのだけれど……?」

「町の宿は馬車を置けるところが少ないので、こちらにお世話になるんですよ。……伝えておいてくれと言われたのですが……やはり聞いてはいませんでしたか」


御者は建物の前に馬車を止めると、先に馬車から下り、手紙を持って入口にいる人に手渡した。

手紙を渡された者が、それを持って中に確認に行く。

アリシアは誰も見ていないことを確認すると、建物の入口から見えない側から一人で馬車を降りて、馬の前から回り込むと御者の横に並んだ。


「お嬢様……」

「馬車に乗ったままでは失礼でしょ?」


貴族の令嬢が馬車を降りるのに手を貸さないなどあってはならないことだと、御者は申し訳なさそうにアリシアの様子をうかがうのだった。



ほどなくして、クレメンテより少し年が上と思われる男が出てきて、二人は中に通された。

明るい場所で振り返った男性の顔を見て、アリシアはこの場所の提供を依頼したのが父親であることを悟った。

彼はデビュタントを兼ねた学校主催のパーティに参加していた一人で、父親がよく相談に乗ってもらうという商家の男だった。

パーティで紹介されたのは本人だけだが、妻と娘がいて、一緒に住んでいると聞いていた。

商家の家族と一緒に夕食をとることになったアリシアが、今日のことについて尋ねると、


「未婚の娘を、いくら信頼できるとはいえ男の御者と同じ宿に二人で泊めるわけにはいかないから、立ち寄らせてほしいと頼まれていたんだよ。うちには妻も娘も、女性の使用人もたくさんいるからね」

「そうでしたか」

「あまり気負わず、今日はゆっくり過ごしてください。私より妻や娘と話した方がいいかな」


穏やかな笑顔を浮かべながらそう言うと、話しかけるタイミングをうかがっていた娘がアリシアに話しかけてきた。

彼女の話ではこの町では学校に通っている女性が少ないから、授業のことなどを話題にできないのでつまらなかったので、初等学校だけではなく上級学校に進学する女性に憧れているという。

自分ももっと勉強して王都上級学校に通うのが夢だから、もし辺境領に帰る時にこの町に立ち寄ることがあったらぜひ学校の話を聞かせてほしい、できればお友達として手紙のやり取りもしたいなど、彼女の話はアリシアにとっても嬉しい申し出ばかりだった。

アリシアはそんな楽しい夕食を済ませると、お礼を言って、案内されたゲストルームで一夜を過ごした。


翌朝は早い時間に出発することになっていた。


「この度はありがとうございました。私、何も知らなくて……」

「いやいや、先日のパーティで今日のことは聞いていたから、あなたが気にすることは何もないですよ。娘もお姉さんのようなアリシア嬢と話ができて喜んでいたし、またぜひ立ち寄ってください」

「はい。ぜひまた。お休み中でご挨拶できないのは残念ですが、お嬢様にもよろしくお伝えください」


そんな挨拶を済ませると、アリシアたちは王都に向かって出発したのだった。

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