進路相談
アレクとロビンソンが留学を終えてから約四年が過ぎ、アリシアは十五歳になっていた。
そんなある日、次年度のことを考える時期になり、授業選択に関する相談のため、アリシアは父親の書斎を訪ねた。
すでに中に入って父とはテーブルを挟んで向かい合って座っている。
アリシアが父親と進路の話を書斎でするのは二年目に進学する時以来だろう。
以前と違うのは母親が同席していないことと、アリシアが自分の意見を主張できるようになったことだ。
初等学校では親の言う科目と、自分が必要となるだろう科目を何とかこなしていた。
しかし領内で規定されている無料教育期間も最後となり、年齢的には大人の仲間入りを果たすアリシアだが、幼い頃からの疑問があり、進路を定められずにいた。
それは、まだ見ず知らずの相手との婚約のことである。
アリシアも、この件に関しては親同士が決めたことで、逆らうことができないことは理解している。
しかし、いつ、どこで、誰と、どのような生活を送らなければならないのかがわからない。
本当に相手が貴族なのか、幼い頃からの貴族マナーの授業は本当に必要なものだったのか、そんなことも考えるようになっていた。
「お父様、私はこの先、どうなるのでしょうか?」
「どういう意味だ」
「来年で私も大人の仲間入りをいたします。実は……」
そこまで言うと、アリシアは父親の前に一枚の紙を出して続けた。
「初等学校の学長から王都上級学校への推薦をいただいています」
「そうか。しかし、進学を決めていないのに推薦とは気が早いな」
「先生方には、来年度、進学コースを選択してぜひ受験してほしいと言われています。ですが、推薦がつく以上、合格してから行かないというわけにはいかないと考えています。将来のこともありますから、慎重に決めたいのです」
入学の年の春時点で十六歳を超える者には、王都上級学校の受験資格が与えられることになっている。
王都上級学校は、王都中心部の近くに広い校舎を持つ国内の最高峰と言われる学術機関で、国内の各領地だけではなく、諸外国からも学生が多く集まるところである。
留学や編入は認められておらず、どこの人間でも同じように入学試験を受けて合格することが必要であり、入学する場合は必ず一学年目からとなる。
そして、もし不合格となった場合は翌年の再受験が認められている。
また、領地内に上級学校がある場合は地元の上級学校を経てから、諸外国では公用語を身につけてからなど、受験のタイミングは本人に任されている。
そのため、同学年に違う年齢の学生が入学することも少なくない。
入学後は定期的に試験があり、一定の基準に満たないものは退学扱いとなる。
これは替え玉受験での入学者や、王都に来てから勉強をしていない者をはじく目的で行われている。
なお、入学後二年で卒業となる。
「なるほどな」
クレメンテはアリシアに出された紙を手に取ると、内容を確認した。
そして読み終えた紙をテーブルに戻す。
「アリシアはどうしたいんだい?」
「私ですか?」
自分に選択する権利があるとは考えていなかったアリシアは、驚いて目を見開いた。
しかし、すぐに視線を置かれた紙に戻し、少し考えてから答えた。
「私は、許されるなら進学したいです」
「わかった。進学しなさい」
クレメンテは言った。
「……いいのですか?」
「かまわない」
「でも……」
「何か問題があるのか?」
「私は問題ありませんが……」
アリシアは先のことを言葉に出すことを迷った。
ここで婚約の話を口に出したら先ほどの許可が撤回されるかもしれない。
その考えは頭をよぎったのである。
昔から聞かされている婚約が突然現実のものとなったら、学校はどうなるのか。
こちらが相手に合わせなければならない婚約は間違いなく対等な関係で成り立つものではないだろう。
こちらより高い地位を持つ相手、もしくは、過去に伯爵家として恩のある家が相手ではないかと考えられる。
貴族について学び続けたアリシアは婚約者について、そのように考えるようになっていた。
「ああ、婚約のことか」
黙ってしまったアリシアの表情から察したのか、クレメンテが口を開いた。
「まだ進展はない。それに進学することは悪いことではないし、王都に行けば新しい気持ちで勉学に励むことができるだろう。それに、この土地のことだけではなく、中心のことを知っておくのは悪いことではない。生活してみなければ知り得ないことも多いだろう」
「はい」
「寂しくはなるが、二年だ。王都上級学校には長期の休みもある。たまに帰ってくることもできるだろう」
「ありがとうございます」
アリシアは頭を下げると、テーブルに置かれた推薦状を持ち執務室を後にした。
クレメンテはアリシアを座ったまま見送り、ドアが閉まるのを確認すると、大きく息を吐いた。
「もうそんな年齢になったのか」
クレメンテは、ぽつりと一人つぶやいた。
実は王都上級学校への進学はクレメンテも考えていることだった。
アリシアが進学したいという意思を示した際にすぐに許可を出したのはそのためである。
王都には例の婚約者がいる。
将来そこに住むことになるかもしれない街で実際に生活し、街のことを知る機会を作っておくことは損にはならないだろう。
そして、クレメンテは領地で起こっているアリシアへの執拗な嫌がらせや、よくない噂のことは知っていた。
知っている人がいない所に行けば、交友関係を広げることができるかもしれない。
その方がアリシアのためにもいい。
さらに王都上級学校はレベルの高い人間が集まっているため、誰でも入学可能な学校とは違い将来上に立つものが多く通っている。
上に立つ人間には人間性も求められるため、王都上級学校はそのあたりの教育にも厳しい。
おそらく良い友人関係を築いていくことができ、初等学校では味わえなかった友人との時間を過ごす機会にもつながるだろう。
婚約のことは連絡が来たときに相手と相談すればいいこと。
適齢期の近い現時点で動きがないのだから、アリシアに少しでも楽しい時間を過ごしてもらいたいという親心でもある。
そして何よりも……。
王都にいればアリシアが殿下にお会いするような偶然があるかもしれない。
この地にいては進展するものもしない。
アリシアがこの先、社交の場に出るという選択をするかどうかはわからないが、本人が望むなら表舞台に出ていくのもいいだろう。
今まで周囲にアリシアをよく思う人がいないこともあり、あえてそのような場には出なくていいと言ってきたし、招待があった場合でも参加する権利があるだけで、必要がなければ断っていいと伝えて、彼女が傷つけられないよう守ってきた。
アリシアが自分からこの地を離れて王都に行くということは、その先守ってあげることは困難だということにもなるが、年齢的にも大人となるのだし、いつかは自分でその身を、心を守っていかなければならないのだから本人に決めさせればいい。
遠方にいるとしても、若いうちなら失敗しても自分がどうにかしてあげるくらいのことはできるだろう。
クレメンテは頭の整理がつくと、ソファーから立ちあがり、執務机に戻って仕事を進めることにしたのだった。




