王族の儀式
留学から約一年。
十六歳になり、城内で開かれたお祝いの式典を終えたフランツは夜遅く国王に呼ばれ、執務室に足を運んだ。
フランツが顔を見せるとすぐに人払いを済ませ、間髪いれず国王は要件を告げた。
「成人を迎えたお前に王族として受けてもらう儀式がある」
「儀式ですか」
「そうだ」
そう言って国王は立ち上がった。
「ついてきなさい」
ドアを自ら開けて国王は颯爽と歩いていく。
その後ろをフランツは黙ってついていく。
本来であれば部屋の外に控えているはずの者は誰もおらず、城内で誰にもすれ違うことなく外に出ると、王宮内の庭園を抜け、どんどん奥に進んでいく。
「どちらにいかれるのですか?」
「黙ってついてきなさい」
そうしてしばらく歩いていくと、小さい教会のような建物に到着した。
初めて見る場所である。
国王は静かに扉を開くと、フランツに中に入るよう促した。
国王はフランツが中に入るのを確認し、自分も中に足を踏み入れると扉を静かに閉じた。
建物の中に明りはついていなかったが、ガラスを通して差し込む満月の光が中を照らしているため、目が慣れると周囲の状況をはっきり確認することができた。
教会とは異なり、椅子やオルガンなどはない。
あるのは低いテーブルくらいの高さの石の祭壇だけである。
国王は迷わず前に進むと、入口付近に立ちつくしているフランツを呼び寄せた。
そして、フランツが横に立つのを確認すると、石の祭壇の前に向き直り、持っていた指輪を祭壇の上に置いた。
すると指輪の置かれた祭壇から正面に向かって光が広がった。
その光はしばらくすると、天使のような姿に形を変えた。
「久しいな、人間の王」
透明感のある中性的な声が響いた。
「ご無沙汰しております。妖精の王」
国王が礼をし、顔を上げると、妖精の王は隣にいるフランツを見て言った。
「息子か?」
「その通りでございます」
フランツは瞬きをするのも忘れて、国王と妖精の王のやり取りに見入っていた。
「そなた、名は何という」
妖精の王に声を掛けられて我に返ったフランツは、名を告げて一礼した。
「フランツか」
「はい」
フランツが妖精の王の確認に応えると、妖精の王は国王に問いを投げかけた。
「この者は、我らとやり取りのできる器か?」
「はい。フィリウスの弟にございます」
「そうか。あいわかった。その指輪を授けるがよい」
そう告げると、光は指輪に吸い込まれていき、先ほどまで目の前にいた妖精の王は姿を消した。
光を失った建物内は静寂に包まれていた。
その静寂を破ったのは国王である。
「目の前であった出来事だが、信じられぬことだろう」
「はい」
「さて、妖精の王には大丈夫な器と言ったが、お前にも確認せねばならないな」
祭壇から指輪を持ち上げ、説明を始める。
「この指輪は妖精の王に認められた王族が身につけるためのものだ。先ほどの者を妖精の王と呼んだが、あの者がすべての妖精を統べる者だ。妖精の王と話をするにはここにきてこの指輪を先ほどのようにそなたの手でおけばよい」
「わかりました」
「そして器の話だが、この指輪の主はフランツ、お前になっている。これを一度身に付ければこの契約が正式なものとなり、自分の意思では譲ることはできなくなる。一時的に外したり、付け替えたりすることは可能だが、どのような形でも肌身離さず持っている必要がある」
そこまで言った国王は首から下げているチェーンを服の中から取り出した。
「これは私のものだが、このような形でもかまわない。指に着けておくと剣を握るにもペンを握るにも不便だからな。フィリウスも同じように持っている。チェーンは必要ならば後で渡そう」
「はい」
「さて、持っていると何が起こるのかが、最大の問題なんだが……、おそらく今まで見えていなかったものが見えるようになったり、そのようなものの会話が聞こえるようになったりする。周りがうるさくなるが、今まで知られていない多くの知識を得ることができるだろう。ただし、その情報量に負けてしまうものも多い。妖精の王の言った器とは、その情報を受け止められる器のことを言っている。一度受け取ったら一生付き合っていく覚悟が必要だ。その覚悟はできそうか?」
「はい」
これから王となる予定の兄も同じ道を歩んでいる。
この力は国と国王を支えるために必要なものだ。
この場に呼ばれたということは、父は自分にその力を受け取れるだけの器があると信じ、王族として、国を支える人間の一人として認めているということだ。
迷うことはなかった。
「では、妖精の王と現国王の名において第二王子フランツにこれを授ける」
「はい。拝受いたします」
国王は黙ってうなずくと、フランツの指に指輪をはめた。
すると指輪から鈍い光が放たれ、すぐに消えた。
こうしてフランツは正式に指輪の主となった。
月明かりの下で行われるやり取りは幻想的であり、厳かであった。
王族の儀式を受けて、自分の周りに見えてはいけないものが見えるようになってから、ようやく兄が諸国をめぐっている理由を理解した。
時には森に、山に、海にと、人のいないところにも足を運んでいるのは、人間関係だけではなく、諸国の命あるものとの交流を行っているからだ。
人間よりも彼らの力を必要とする場面は多い。
妖精や動物、植物を味方につけておけば、いざという時に助けになってくれるだろう。
王になってからでは迂闊に出歩くことはできないため、皇太子という自由に動ける立場であるうちに交流を深めているのだ。
儀式を行った自分と同じ年齢でこの力を手にした兄は、すぐにその重要性に気が付き、自分から諸国漫遊を申し出た。
他のものには気がつかれないよう、留学制度が楽しかったのでもっと世界を見て見識を深めるんだという理由を盾に。
……やはり兄には勝てないな。
フランツは兄の洞察力や行動力に感服した。
フランツは新しい環境に慣れるまで、かなりの時間を必要とした。
今まで見えていなかった場所に見慣れないものがあり、聞こえていなかった音が、言葉となって耳に流れてくる。
常に監視するかのように、妖精が一人、フランツのまわりにくっついている。
妖精の名前はエルといい、周辺の環境を飛び回って伝達してくれるのだが、書類にはない内容と新しい情報を頭で処理しなくてはならず、フランツの頭の中は情報過多な状態になっていた。
「まー、最初はみんなそんな感じだな。発狂しないで処理しきってるのは結構優秀だと思うよ?」
エルは歴代の何人かについたことがあるそうだ。
何代か前の皇太子はこの環境についていけず、幻覚だとパニックを起こした末、事故死したらしい。
この環境の変化はそれだけ大きなもので、その話はフランツの現状をもってすれば共感に値する。
「これは、大事なものということはわかるが、肌身離さず持っていないといけないものなのか?離したら静かになるんじゃないのか?」
「確かにフランツの周りは今より静かにはなるし、それは王族の血縁じゃないと効果がないものだから他の人が持っていっちゃっても害はないと思うけど、たぶん人間の価値で考えても高価なものだから、失くしたら探すのは難しいだろうね。でもって、王家でこの能力を仕える人が一人減る」
エルはさらっと大切なことを言ってのけた。
「要はだめなんだな」
フランツは頭を抱えながらエルに問う。
「だからー。ダメなんじゃなくて、どうなっても知らないよって話。だって、こっちが困ることは何にもないんだし」
「なるほどな」
エルの話を聞いてフランツは、この状況を受け入れるために耐えることを決めたのだった。




