砂の辺境領主の息子
領主が命を出してからほどなくして、領主の息子と思われる青年が現れた。
「お呼びですか?私を呼ぶなんて珍しいですね。まあ、一応主役ですけど……」
見た目の貴族らしさとは異なり、随分と軽い口調で話すため、ギャップが強い。
「今日は第二王子のフランツ様と、その婚約者のアリシア様がいらしているからお前を呼んだのだ。私の横で子どものように騒ぐのではない。殿下の御前で失礼ではないか」
領主の口調も息子に接する時は砕けるようで、二人は似た者同士のようにも見える。
アリシアが微笑ましい様子に笑顔を見せると、フランツはそんなアリシアをまぶしそうに見つめた。
「お二人は仲がよろしいのですね」
「ああ、そのようだね」
ゲストである二人がそんなことを話していると、領主に改めて青年を紹介された。
「これが、我が息子にございます。言葉づかいもなっていない愚息でございますが、迷惑をかけるような悪さはいたしません、いいえ、させませんゆえ、どうぞよろしくお願いいたします」
領主が頭を下げて二人に息子を頼むと言うのである。
愚息などと言っているが、本当は我が子が誰よりも大切なのだろう。
「フランツ様、アリシア様、お話はこちらにも届いております。この度はご婚約おめでとうございます」
愚息と言われた領主の息子は二人への挨拶を切り出した。
先ほどの砕けた感じは見受けられない。
公私の使い分けはできるということなのだろう。
「あまり気を使わないで普段通りにお話ししてくださって構いませんよ」
アリシアがそう言うと、言葉遣いが極端に崩れる。
「そうですか?堅苦しいのは苦手なんで助かるよ。同じ辺境領主の子どもとして仲良くしてほしいな。よろしくアリシアちゃん」
握手のために差し出された手に答えるようにアリシアも恐る恐る手を出しながら言った。
「よろしくお願いします……」
アリシアの差し出した手を拾い上げてブンブンと振るような握手をすると、さらっと手を離した。
「私も気さくに話ができる方がいいな。周囲にそういう人間が少ないので、ぜひ同じように接してもらいたい」
フランツも領主の息子に手を差し出すと、やはりしっかりと握ってブンブンと振るような握手を交わすことになった。
「本気にするんじゃない。申し訳ありません。よく言い聞かせますので……」
領主が二人に恐縮ながら、息子をけん制しているところに、フランツが間に入った。
「いや、本当にそのままでいい。公式の場でわきまえてもらえれば充分だ」
「私も同じです。私から言い出したことですから」
二人が領主に告げると、領主はさらに恐縮したが、息子の方は大喜びでタメ口になる。
「二人ともやさしいなぁ。これからもよろしく!」
そんな話をしていると、隣国の言葉でアリシアを呼ぶ声が聞こえた。
アリシアはフランツと領主の息子がすでに打ち解けて話をしているのを確認して、声の主を探した。
そして歓談している領主たちから少しずつ距離を取り辺りを見回していると、隣国の者に再び声をかけられた。
彼を救出した門番にお礼を告げたことを報告したかったらしく、一人になったところに駆け寄ってきた。
「ありがとうございました。あなたのお陰で直接お礼を伝えることができました。もしよろしければ、私の国に来ませんか?あなたがいらしてくださるなら歓迎しますよ」
「お誘いいただけるのは嬉しいのですが 、私の一存では決められません」
唐突な誘いに意味も解らないままそう答えると、話が大きくなっていく。
「あなたなら、この国と私の国の架け橋になれると思います。是非あなたを伴侶としてお迎えしたい」
「いえ、それは……」
「なんか面白いことになってるな」
アリシアが話しかけられていることに気が付いた二人はいつの間にか話を止めてアリシアの方をじっと見ていた。
領主の息子が彼らの言葉を聞いてフランツに話しかけた。
「どういうことだ」
「アリシアちゃんを、あの隣国の人が欲しがっていますね。ここで入っていくのは無粋ですから様子を見る方がいいかと思います」
「欲しがっている?」
そう聞いてすぐにでも彼女を男から引き離したいと思ったが、彼がそれを無粋だと言ったのだ。
ここでそんな行動を取るわけにはいかない。
その話を聞いたフランツは冷たい目でアリシアと隣国の男をじっと見た。
二人が見守る中、アリシアと男性の話が続いている。
「私は商人をしておりますので、貴族の方とも多く接してきております。私の国に来てくだされば、貴族との交流を増やすこともできるでしょう」
確かに他国の貴族との交流は必要だが、それと結婚は別問題である。
そもそも婚約者がいるのである。
これが一般的に相手のいない、結婚相手を探しているような女性相手であればそれも魅力として映ったかもしれない。
しかし、アリシアはもともと人間との交流はあまり好きではないし、多くの貴族と知り合いたいという欲はない。
「いえ、私にはもう相手がおりますから……」
「でも今、お一人ですよね。パートナーを一人にするような相手はあなたにふさわしくない。そのお相手は私が説得いたしましょう」
「そういうわけには……」
一人で解決するつもりで頑張ってきたアリシアだったが、いよいよ限界を感じながらフランツの様子を伺おうと振り返った。
「それはダメだな。見ていて楽しかったよ」
アリシアが助けを求めていることが分かり、見かねた領主の息子が割って入った。
自国の言葉を話せる二人目、しかも主役の登場に、男は驚いていたが、ひるんだのは一瞬ですぐに話を続けた。
「ずっと見ていたのですか」
隣国の言葉で彼らが話し始めると、静かにフランツがアリシアの側に寄っていき肩を抱いた。
「フランツ様……」
「大丈夫?」
「はい」
フランツに促されて、話している二人と少し距離を取って会話の続きを確認する。
フランツにはほとんど理解できないがアリシアに関わることである。
彼女のいないところで変な話がまとめられることのないよう、アリシアに聞いていてもらうしかない。
「ああ。彼女のお相手と一緒に様子を見させてもらっていたよ。彼女はこの国の殿下と結婚される方だ。君のような商人が手を出していい相手ではないよ」
「そうでしたか……。彼女は美しく聡明な方でとても魅力的でした。そのような方がお相手と聞けば納得です」
「理解していただけたようで何よりだ。僕はここの領主の息子で、将来はここの領主になる可能性があるんだけど、この国と交流したいなら僕と話をして親交を深めるのはどうだろう?」
全く淀みなく言葉を使いこなしている人物を目の前にして、隣国の者が感嘆の声を上げた。
「ぜひお願いいたします。あなたのように言葉の分かる方がこの国にいらっしゃるなんて思いませんでした。うちの通訳もここの言葉は完全に理解できませんから、会話が難しいところがあったのです。あなたは非常に流暢に我が国の言葉を使うのですね。感動いたしました」
「ああ、私は隣国に留学してしばらくそこに住んでいましたから、もしかしたらあなたのお役に立てるかもしれません。早速ですが我が国の商人とも顔をつないでおきましょう。彼女のことはもういいですか?」
「はい。そのようなお相手がいる方では太刀打ちできません。それにあなたには魅力的な話を目の前にぶら下げられてしまった。私はあなたの話しに興味があります」
「そうですか。それではまいりましょう」
いつの間にか隣国の商人と領主の息子が商売の話をするためにこの場を離れることになっていた。
早い対応のおかげでアリシアに遺恨を残すことはなさそうである。
「というわけで……私たちは一度失礼いたします」
隣国の商人も二人に一礼をすると、領主の息子に連れられて二人の前を後にした。
そしてその場に取り残されたアリシアとフランツはそんな二人の後姿をただ黙って見送るのだった。




