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溺愛王子の許嫁  作者: まくのゆうき


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砂漠からの迷い人

領主の屋敷に到着した翌日。

まずは視察のため、砂漠の街全体を案内されることになった。

アリシアとフランツは着替えを済ませ、昨日もらった帽子を身に付けている。


「なんだかいつもと景色が違って見えますね」

「そうだね。僕も初めて使うから、こういうのは新鮮だよ」


廊下で立ち話をしていると、領主がその声を聞きつけたのかわざわざ二人のいる廊下まで迎えに来た。


「お二人ともよくお似合いでございます」

「ありがとうございます」

「お支度が整いましたところで、早速街をご案内したいと思いますが、いかがでございましょう」

「ああ、行こう」


こうして彼らは街の視察に出発した。



石畳と砂漠の境目に馬車を止めると、三人は領主の案内で砂の上を歩くことになった。

まず案内されたのは中心部にあるオアシスである。

周囲に小さな泉があり、その周りには少数ながら見慣れない木が立っていた。

しかし土はなく砂の地面であることから、おそらくここの砂や水のバランスでしか育たない植物のようである。

オアシスの周辺は道が石ではなく砂のままなのも、きっとこの植物のためなのだろう。

そして泉と植物を守るように、その周りは重厚な柵で囲まれていた。

柵の前で領主は説明を始めた。


「私たちの先祖は、このオアシスに身を寄せて生活し、街を発展させてまいりました。この水が汚れ、枯れてしまえば、この街は一夜にして廃墟となりましょう。このオアシスの水は地下から涌き出ているようで、未だ枯れたことはないそうです。私たちはここから市街地に水を引くための地下水路を作っております。故に皆がここにこなくても水を利用できるのでございます」

「美しい場所ですが、中に入れないのは仕方がありませんね。領民の命にかかわることですから」


柵越しに中をのぞいていたアリシアがつぶやくと、領主が続けた。


「領民を守るために、基本的にこの場所を解放することはありません。立ち入りを許すことはできませんが、上から見下ろすことはできます。中心部をご案内した後、その場所へもお連れいたしましょう」

「はい、お願いします」


こうしてオアシスの視察はすぐに終えて彼らは市街地へと移動することになった。



市街地に戻ると、とても砂漠にいるとは思えないきれいな街である。

砂の影響がなければもっと栄えるに違いない。


「街の中心部を石にしているのは、人を歩きやすくするためでも、馬車を通りやすくするためでもなく、地下の水路を守るためです。この道の下には生活に必要な水が流れています。流れている水が汚れたり蒸発したりしないように、また、その水路が砂で埋まることのないように、丈夫で衛生的な作りにしなければならなかったのでございます」


馬車は止まることなく市街地を抜けていく。


「お店などは、最後にゆっくりご覧いただいた方がいいでしょう。こちらとしても、街は街で大いに楽しんでいただきたい。このまま砂漠側にある壁に向かいますが、お二人のご希望はございますか?」

「今日は視察だからね、任せるよ。前に来た時から随分と発展しているようだし、一度上から見ておいた方が迷わなくて済むかもしれないからね」

「畏まりました」


フランツと領主が話を進め、次の行き先は、街に到着した際に見えていた壁に決まるのだった。



砂漠と街を隔てる壁は、砂を防ぐだけではなく侵入者を防ぐ働きもある。

常に見張りを立てて、周囲の変化に目を配り警備を行っているのである。

また、展望台として施設の一部を有料で開放しており、街の住人はそこから砂漠やオアシスを見下ろすことができるようになっている。

森の辺境領の中心に建つ警備用の塔と役割が同じで、この街の数少ない観光資源でもある。


「街に入ってきた時は、ただの壁かと思っていましたが、近くに来てみると、城壁のようになっているのですね」

「確かに遠くから見ると薄い壁があるように見えるから、登れるとは思わないよね」


フランツと話しながら壁の中にある階段を上っていると、アリシアの目の前が急に明るくなった。

階段を上りきったところで、先に到着していた領主が案内を始める。


「こちらが街でございます」


領主に壁の上へと立ったアリシアとフランツは、そこから街を見下ろした。

この場所からであれば街が一望できる。


「中央の柵に囲まれた部分がオアシスです。その周りに放射線状に道がありますが、そちらがオアシスからの水路が通っている道、その周りに網の目のようにできているところが後から広がっていった部分でございます。彼らのところには、個人がメインの水路から水をくみ上げると自分のところに水が流れる仕組みとなっております。水路を変えて広げると、その際に水が汚染される可能性があるため、オアシスからの水路の水は領民が必要に応じてポンプを使って、自分たちの作った水路にくみ上げる仕組みとなっているのです。あの人の集まっているところがちょうどくみ上げをしているところです」


領主が示した方を見ると、街の人たちが集まって何かをしている様子が分かった。

井戸からポンプを使って水をくみ上げるのと同じ仕組みで水路から水をくみ上げているようで、大人たちが交代で作業に当たっている。

普通の井戸であればおそらく桶に一人一人水を入れていくのだろうが、この街ではこの場所でくみ上げると、地上に張り巡らされた自作の水路に水が流れ込む仕組みとなっているようである。

きっと水路から水がなくなったらその地域の者たちが、協力してこの作業を行うのだろう。


「くみ上げる作業自体は自由に行わせています。オアシスの水が枯れなければ、水路の水が枯れることはありませんから。もしオアシスが枯れるようなことがあれば制限をかけるつもりです」


水の少ない砂漠地帯では貴重品の水が適切な管理の元、自由に使えるということで街は発展したに違いないとアリシアは思った。

「では、反対側もご覧ください」


領主の言葉に、二人が振り返って街に背を向けると、そこには砂漠だけが広がっていた。

何の建物も見えない、自然だけの景色である。


「こちらには砂漠しかございません。この先……、見えない先まで行きますと異国となります」


活気のある街とは対照的に、反対側には一面の砂の海しかなかった。

砂の上から湯気のようなものが立ち上がって、景色が揺らめいて見える場所もある。

太陽の光を遮るものがないため、かなりの高温になっているようである。

その光景をしばらく眺めていると、砂漠の遠くの方から人が街を目指して歩いているのが目に入った。

しかし荷物も持っていない上、動きがおかしい。


「あれは……」


アリシアの声に反応したフランツが、同じ方を見る。

彼もすぐにその異変に気が付いたのか視線はそのままに領主に確認をする。


「なんだか今にも倒れそうだが……」

「はい、この街には時々あのような者が現れるのです。門番に保護させていますのでご安心ください」

「そうですか。それなら良いのですが……」


アリシアたちの心配をよそに、フラフラと砂の上を歩いていた人が、力尽きたように門に着くことなくその場で倒れた。

するとすぐに門番が数名その人物に駆け寄ると、慣れた動きで抱えあげて門の内側にある小屋のひとつに入っていく。


「ご心配でしたら、後程、あのような者を保護している場所にご案内いたしましょう。その時に彼らについてもお話いたします」


アリシアがフランツの様子をうかがっていると、彼はアリシアを見て黙って頷いた。

アリシアは自分に判断を任せられたことを確認すると領主に返事をした。


「はい。お願いいたします」


こうして彼らは砂漠からこの街へ迷いこんだ人の元に向かうことになるのだった。

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