温かい家庭
到着してからしばらく別々の場所で過ごしていたアリシアとフランツは、食堂の入口で合流した。
マリーとアレクも一緒になったため、ペアを戻して四人で中に入ることした。
食堂に入ると、アリシアとフランツの知らない間に戻っていたアレクの両親に出迎えられた。
「フランツ様、お久しぶりでございます。アリシア様、ようこそお越しくださいました」
主がそう言う傍らで、婦人がニコニコとしている。
アリシアが頭を下げると、主がアレクの父親で、その横にいる婦人がアレクの母親であると、フランツが二人を紹介した。
お互いの紹介を済ませるとすぐに席に案内され、会食が始まった。
「すっかりご無沙汰してしまいましたね」
フランツが食事を口に運びながら慈愛の笑みを崩さずに話を振った。
「フランツ様が最後にお見えになったのは、いつだったかしら?」
「そうだね、アレクたちが留学から戻った時ではないかな?」
アレクの両親は顔を見合せて確認をする。
「そんなに前になりますか……」
フランツが申し訳なさそうに言うと、主が話をうまく拾った。
「その後、フランツ様は公務でお忙しくなられましたからね」
「私たちは時々王都に伺っていますから、最後にお会いしてからはそんなに経っていませんのよ」
三人はテンポ良く会話をつづけていくため、本当に親しいということが分かる。
アリシアはマリーに話しかけることにした。
「そう言えば上級学校の時、マリーは、よくお食事に出かけていたわね」
「ええ。夜会やお食事で、お義父様やお義母様とよくご一緒させていただいていたわ」
「良い方たちなのね」
「すごく気を使ってくださって、私にはもったいないくらいよ」
そんな話をしていると、フランツがアレクとマリーの話を始めた。
アレクとマリーだけではなくアリシアもそちらに耳を傾ける。
「お二人はそろそろ……?」
「実は……私たちの結婚は、少し遅らせようと思っています」
フランツの問いに最初に応えたのはマリーである。
「どういうことだ?」
「お二人の婚姻を見届けてからの方が良いかと思いまして……」
アレクも同じ意思であることをフランツに伝える。
「あの、これは……」
状況が理解できずアリシアは戸惑っていた。
フランツはそのまま話を続ける。
「アレク、その気遣いは無用だと伝えたはずだが?」
「そういうわけにはまいりません。きちんと見届けるまでは……」
フランツとアレクの話に終わりが見えないため、アリシアはマリーに確認することにした。
「どういうこと?」
「あのね、今回の視察が終わったら、二人は結婚するでしょう?私たちが同じタイミングで結婚しようとすると、自分たちの準備で二人の結婚の準備に関われなくなるかもしれないじゃない。実は私たちの方はほとんど手配が終わっていて、あとはお披露目の式を挙げる日取りを決めるだけなんだけど、式を挙げたらアレク様は公休を出されてお休みしなければならないでしょう?もちろんお招きいただければ式には参列できるけれど、自分が居ないところで色々二人のことが進むのは嫌なんですって」
留学時代からずっと二人を見守ってきたのだから最後まで関わっていたいというのがアレクの本音だが、マリーにはそこまで思い入れがあるということは説明していない。
そのため、マリーはアレクに説明されたままのことをアリシアに話した。
「だけど、式を早めると二人は視察から戻ってきているか分からないから、招待できなくなるでしょう?予定を知っていながら、そのタイミングでお式をするのは嫌だし、視察中、フランツ様の執務はアレク様が代行しているから……」
「なんだか申し訳ないことになっているわね……。それは私たちが二人が戻るまで予定を遅らせることで解決しないのかしら」
「それはなりません!」
マリーとアリシアの話を聞いていたアレクが話に入ってきた。
大きな声に驚いた彼女たちは揃ってアレクの方を向いた。
「アレク様?」
アリシアが名前を呼ぶと、アレクは声のトーンを戻して話し始める。
「お二人の婚姻は国の一大イベントです。この国の未来に関わるのです。私たちのことは家族が納得すればすみますが、お二人の婚姻はそうはまいりません。本当はもっと早くても良かったくらいなのですから」
「そうですか……ごめんなさい。私のせいですね……」
自分が夜会やお茶会を断り続けたせいでこの話が進まなかったことはアリシアが一番よくわかっていた。
「何でアリシアが謝るの?」
マリーは状況をつかめないまま俯いてしまったアリシアに尋ねる。
「いいや、アリシアのせいではないよ。学校生活が終わってからでいいと言ったのは僕だからね」
フランツはアレクに向かってきっぱりと言う。
「そうですね……申し訳ありませんでした」
アレクが折れたところで、くすくすと夫人の笑い声が食堂内に響いた。
「本当にあなたたちは仲がいいのね。いいことだわ。お食事も終わったことだし、お客様はお疲れでしょうからお部屋でお休みいただいたらどうかしら?全員一度落ち着いてからお話しした方がいいと思いますよ」
夫人の意見にすぐに賛同を示したのはフランツである。
「そうだな。お言葉に甘えて、私とアリシアは部屋に戻らせてもらいます。ああ、案内は結構ですよ。何度もお邪魔していますから、どこを使うのか分かっていますし。アリシア、行こう」
話しながら席を立ち、アリシアに声をかける時にはすでに隣に来ているフランツの無駄のない動きに驚きながら、アリシアはフランツと共に席を立った。
「失礼いたします。おやすみなさいませ」
アリシアはフランツに手を引かれながらも、食堂に残っている四人に挨拶をして去っていった。
フランツはアリシアの部屋に入ると、ドアを閉めるなり、その場に立ちっぱなしの状態で謝罪と事情の説明を始めた。
「なんかごめん。戻ったらちゃんと話すつもりだったんだ。結婚のことも、今後のことも……」
フランツは、もともとアレクから自分たちの結婚をフランツたちの婚姻より遅らせたいという相談を受けていた。
ここに立ち寄るのであればアリシアには先に話しておくべきことだったかもしれない。
「いいえ、アレク様の言うことも、今となっては理解できますから……。アレク様は事情をご存知なのでしょうか」
「ああ。僕とアレクは幼馴染みなんだ。幼い頃はよくこの家に遊びに来ていたんだよ。アリシアとのことも、他の王族のしていることについても、信頼できる協力者が必要で、この家は王族に忠実な高位の貴族だから、よく力を借りている。気が付けばアレクは僕の側近として、なくてはならない存在になっていたんだ。黙っていてごめん」
「いいえ、まだ正式に婚姻関係にない私に話せないことがあるということは理解しているつもりです。マリーは知らないみたいですし、アレク様は本当に信頼できる方なのですね」
アリシアはあまりフランツの過去に踏み込んでこない。
その分、彼女は周りをよく観察しているようで、わりと状況を正確に把握していることが多い。
おそらく聞いてはいけないと思っているところがあるのだろう。
「あと、王族はどうしても公務が外聞を優先する立場になるから、こういう親子、家族の交流というものはなかったんだ。だから、僕がもし、家庭というものを持つことになったら、この家のような温かい家庭がいいと憧れたこともあった。ここに来るとそういうものが疑似体験できるから居心地がよかったんだよ」
少しでも自分のことを知ってほしくてフランツは続きを口にした。
「もしかしたら、こちらに頻繁にいらっしゃるように手配されたのは家庭というものを学ぶものだったのかもしれませんね。私も似たような環境にいたように見られるかもしれませんが……」
アリシアにも自分より結婚相手を優先するように育てられた経験があり、どこか家族が遠いもののように感じられることが多かった。
この家のように子どものことを思い、近い距離で接する温かい家族というものが人間の家庭にも存在することを少し嬉しく感じていた。
「今後のこと、戻ったらちゃんと話し合いたいと思っている。この家のような温かい家庭を築いていきたいのか、公務に関わって行きたいのか、将来どのような生活を送りたいのか、僕は今までちゃんとアリシアの意見を聞いたことがなかったけれど、できるだけアリシアが幸せになれるような場所を作りたいんだ……」
フランツは、そうしないとアリシアもいなくなってしまうのではないかと、そう出かかった言葉を飲み込んだ。
「ありがとうございます。そう言っていただけるだけで充分ですよ」
アリシアに笑顔を向けられたフランツは、複雑な感情を抱きながら、部屋を後にすることにした。
夫人の言う通り、冷静になった方がよさそうだと判断したのである。
「ありがとう。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
こうして二人はそのまま、それぞれ朝まで休むことになるのだった。
一方、少しして食堂を出たアレクは、フランツとアリシアが客室に入るのを見届けると、マリーの部屋に足を運んだ。
「マリー、疲れましたか?」
「いいえ。大丈夫です」
マリーの部屋で少し遅い食後のお茶をしながら二人は話を進める。
「二人の元気な姿を見られて安心したよ」
「はい……本当に、良かった……」
そう声に出すとマリーの目から涙が流れた。
「ダメですね、今日は泣いてばかりいます」
そう言いながらマリーはハンカチで目頭を押さえる。
向かい側に座っていたアレクは席を立つとマリーの側に歩み寄り、肩を抱いて自分の方に引き寄せると、もう片方の手でやさしく頭を撫でた。
「マリーにとってそれだけアリシアが大切な友人だということだよ」
「さっき、アリシアにも同じように慰められてしまいました。そういえばアシリアがフランツ様にも同じようにしてしまったことを気にしていたわ。相手がフランツ様だったからいいけれど、もし同じような状況になったら、誰にでもしてしまうんじゃないかって心配になりました」
話をしているうちに涙が止まったのか、アレクの胸にうずめていた顔をあげてマリーはじっとアレクの方を見た。
「……わかった。フランツ様にはそれとなく言っておくよ」
そう言ってじっと自分を見上げているマリーの頭を撫でて、彼女の顔を自分の胸に再びもたれさせると、彼女に気がつかれないようにため息をつくのだった。




