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溺愛王子の許嫁  作者: まくのゆうき


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フランツの変化

翌日、領主と娘、共犯者たちは王都まで連行するという決定が騎士団長を経由して周知された。

一方、鉱山で命を狙われることになった二人は、予定通り視察を続けることにした。

自分たちの都合で訪問先の予定を狂わせるわけにはいかないと、二人で相談して決めた結果である。

今回は遠距離の移動のため途中、王都の近くにある別の領地で一泊し、訪問先に向かうことになっていた。

騎士たちと一度王都に戻ることも検討されたが、移動距離が長くなってしまう点と、戻ってしまうと執務を行う必要が出てしまうためゆっくりすることができないからと、あえて立ち寄らないという選択したのだ。

アリシアたちはそのまま次の目的地に向かうことになったが、次の目的地と王都に向かう道は途中まで一緒である。

そのため、騎士団たちがせめてこの領地を出るまではと、護衛を申し出てくれた。

一方、残された兵士たちは、炭鉱の作業者たちを監視するためにしばらくこの地に滞在することになったとのことである。



移動中は何事もなくアリシアたちは無事に本日の宿泊地に到着することができた。

馬車はその街の中央に近い場所にある屋敷の中に入っていった。


「今日はこちらで一泊お世話になろうと思っているんだ」


大きなお屋敷だが、王族の持ちものではなく一般の邸宅のように見える。


「こちらは、どなたかのお屋敷ですか?」


アリシアが確認すると、フランツはうなずいた。


「あまり気負わなくていいよ。アリシアも知っている人の家だから」


馬車が止まったのを確認して、フランツが先に降りてアリシアをサポートする。

その間に中から屋敷の主と思われる人が出てきた。


「ようこそお越しくださいました、フランツ様、アリシア様」


聞き慣れた声にアリシアが顔を上げると、目の前にいたのはアレクだった。


「アレクさま?」

「アリシア!」


アリシアがアレクの姿に驚いていると、遅れて現れた声の主がわき目も振らずアリシアに飛びついてきた。


「マリー?」

「会いたかったわ!立ち寄ってくれて本当にうれしい!」


アリシアは飛びついてきたマリーを受け止めて、改めてこの状況を整理する。


「じゃあ、ここって……」

「アレク様のご実家よ」


学生時代のようにはしゃぐ様子を見かねたアレクがマリーを諌めた。


「マリー」

「あ、あの、申し訳ありません」


我に返ってアリシアから離れたマリーはフランツに礼をすると謝罪した。


「問題ない。本当に二人は仲がいいんだね。」


変わらず慈愛の笑みを浮かべてフランツが言った。


「あ、はい……」


恥ずかしそうにマリーがうつむくと、アレクがすかさず助け船を出す。


「マリー、アリシア様をお部屋にご案内して差し上げて」

「ああ、そうだね。お願いできるかな。私はアレクと少し話があるから、そちらも二人でゆっくり話してくるといいよ。積もる話もあるだろうし」


フランツもアレクに同意しマリーとアリシアの時間が作れるよう配慮した。


「お気づかいありがとうございます。アリシア様、ご案内いたします」


言葉づかいは変わったものの、手を握って引っ張るように部屋に連れていこうとする様子は変わらない。

アリシアはマリーに催促されて、二人に頭を下げるとマリーの後に続いた。


「少しは息抜きになるといいんだけど」

「そうですね。さあ、フランツ様もどうぞ中へ」

「ああ、そうだな」


遅れて二人も屋敷の中に足を踏み入れるのだった。



「アレク、悪いな」


アリシアを息抜きさせるために宿泊先として面倒をかけているとフランツは謝罪した。


「いえ。マリーも彼女に会えて喜んでいますし、うちの両親もお二人に会えるのを楽しみにしていましたから」


マリーだけではない。

アレクもフランツが心配だった。

本当であれば側近として彼の近くで現場を押さえなければならないはずだったが、王宮での執務全般を任されたため、同行することができなかったのである。

こうして事件直後に立ち寄ってくれたことで二人の無事が確認できたのだから、それだけでも充分に価値がある。


「そう言ってもらえると助かるよ」


アレクとフランツは幼馴染みのため、フランツはアレクの家族とも面識があるが、アリシアとアレクの家族の面識はない。

アレクとマリーの友人としても、これから長く付き合いの続く家としてもアリシアが繋がりを持っておくことには大きな意味があるのも事実だ。

そんなことを考えているとアレクがフランツに尋ねた。


「ところで、炭鉱のこと以外で何かありましたか?」


アレクは馬車から降りてくる様子を見て、思ったことを素直に言っただけだったが、フランツは何か別の意味を含んでいると解釈したようで、


「どういう意味だ?」


と、訝しげに聞き返した。


「いや、悪い意味じゃないですよ。何というか、距離が少し縮んだように見えたので」


言葉が足りなかったとアレクは慌てて付け加えた。


「ああ、そうだな。女神が一人の女性になったかな」


フランツは砂浜での出来事を思い出していた。

彼女を泣かせてしまった苦い経験が一瞬顔を歪ませる。


「彼女が距離を縮めてくれた部分もあるけど、今回、長い時間、彼女と色々な場所を周りながら、僕は彼女を気がつかない間に神格化してしまっていたってことに気がついたんだ」


フランツの中で、それまでのアリシアは、初めて森の辺境領の初等学校で見た女神のままだった。

初めてアリシアを見たあの日から、自分はそんな彼女にふさわしくなろうと努力していた。

彼女は時が経って、来るべき時がきたら自分の元に舞い降りてくると、どこかでそう思うようになっていたのである。

最初は彼女を守れるようになろうと決心したはずが、様々な報告を受けるうちに、いつの間にか彼女は崇めるべき存在に変わっていってしまっていたのだ。


「なるほど。留学から片思いをこじらせていましたからね。まさか神格化しているとは思いませんでしたが……」


ため息交じりにそう言ったアレクの言葉に応えるようにフランツは言った。


「アリシア一人で、あの華奢な体で、繊細な心で、どれだけの重みを背負って耐えてきたのか、少しわかったんだ。僕が、僕たちが彼女に背負わせてしまったものがいかに彼女の負担になっていたのかね。それは僕が想像する以上のものだったってことを、今回別の女性の人生を通じて知ることになったよ」

「別の女性……ですか?」


アレクは続きが気になったのか、真剣なまなざしでフランツを見ている。


「ああ。過去にアリシアと同じように政略結婚で王族と婚約を強制された女性が、自領を離れたくないと、最後は行方知れずになってしまったという話があったそうだ。一応その土地との関係は良好なままだけど、一歩間違えば敵対関係になってしまったかもしれない。結局本人は行方知れずのままだから真相はわからないが、それからは一応、本人の意思も尊重するということになったらしい」

「そうでしたか……」

「僕はアリシアを半ば強制的に王都に連れてきてしまったからね。実は正式な婚約前、僕がアリシアを追いかけて森の辺境領を訪ねた時、アリシアが同じことを言って家を飛び出しているんだ。自分は政略結婚のために育てられた、それなら森で暮らしていたほうが幸せだってね」


海の街で話を聞いてから、森の中で冷たくなっていた彼女を連れ帰ったことが間違いだったのではないかと思うことがある。

彼女の幸せは森にしかないのではないかと。

そして海で彼女は泣いていたのだ。

あの時、彼女が何を思って涙を流したのか、フランツにはわからなかった。


「自領を離れるというのは、そこで育った彼女たちにとって大きな負担なんだなと、その話を聞いて改めて思ったんだ。それに、森の辺境領に立ち寄った時、やはり彼女は森にいる時が一番穏やかに見えた。そんなことを思い出すたびに、僕では彼女を幸せにできない気がしてしまうんだ」


珍しく不安を口にするフランツにアレクは意外そうに言った。


「先ほども申し上げた通り、お二人の距離はむしろ近づいたように思いましたよ。本当に彼女が大切なら、ご本人と話してみてはどうでしょう。アリシア様が歩み寄ってくれていると感じているなら、突放す必要はないと思います。フランツ様は……生涯、彼女の側にいたいのでしょう?」

「ああ。自分の気持ちを優先することを許されるのなら、私はアリシアを生涯の伴侶としたい」


アレクはその言葉を聞いて笑みを浮かべた。


「それを聞いて安心しました。心変わりされたのかと心配になりましたよ」

「そんなことあるわけないだろう。そもそもこの視察だってアリシアを私の婚約者としてお披露目するのが目的だ。心変わりしたのならとっくに王都に戻っている」


フランツはこの視察の目的を改めて思い返した。


「いいんじゃありませんか?私は一方的にアリシア様の逃げ場を失くしてしまおうとしていた時より、アリシア様のために悩まれている今の方が、ずっと彼女への思いやりを感じますよ。」

「……そうかもしれないな」


アレクに言われてフランツは、外堀を埋める視察の旅が、いつしか彼女を愛しむ旅に変わっていたということに気付かされるのだった。

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