森の辺境領
森の辺境と呼ばれる土地に新しい命が誕生するとまもなく、辺境伯領主であるクレメンテの元に一通の書簡が届いた。
“クレメンテの娘と自分の息子を仮の許嫁とする。しかし、その内容、詳細は時がくるまで本人を含め家族にも伏せること”
まとめるとそのような内容だが、その誓約の多さに頭を抱えてしまう。
「大変光栄な話なんだが……」
書簡の厚さは一人で抱える秘密の大きさである。
まずは内容をじっくりと読み、頭に叩き込む必要があるため、クレメンテは、人払いをし、一日書斎に引きこもることになった。
「あなた?」
「ああ、すまない……」
昼食をとらず、夕方になっても書斎から出てこない旦那を気にしたアニーは、どうにかクレメンテを部屋から呼び出し、食事の席に着かせた。
「今朝、国王から色々届いたようですが、何かございましたか?」
心配そうな声がぼんやりと聞こえた。
彼の頭の中は書簡の内容でいっぱいで、この席でも何を話してよいかわからない。
「難しい内容でな、私が理解したら話すので、説明するまで待っていてくれ。明日には話せるようにするから……」
「わかりましたわ。でも、きちんと食事は召し上がってくださいね。体を壊してしまいますから。私への説明なんて後でもいいのですよ」
「わかった」
難しい顔をしたまま上の空だった旦那が、夕食の最後になってようやく会話が成立したことに安心したのか、アニーは、それ以上何も言わなかった。
夕食を挟んで少し余裕ができたのか、クレメンテは、書斎に戻るとすぐに書簡の内容の確認に戻ることにした。
「朝までには一度、すべてに目を通す必要があるな」
ため息混じりに吐き捨てて、深夜まで内容を頭で整理する作業に没頭した。
翌朝、疲れが残るものの、なんとか朝食の席についたクレメンテは、妻であるアニーに、大切な話があると伝え、別に時間を設けることにした。
内容が内容のため、書斎で話したいと続けると、彼女はクレメンテの言いたいことを察して、
「わかりましたわ。書斎でお茶をしながらお話ししましょう」
と、周りにいる侍女や執事にわからないよう、その場では内容を濁して答えた。
昼食を終えた二人は、約束通り書斎にお茶を用意してから人払いの上、書簡の内容について話し合うことにした。
書簡を見せることができないだけではなく、保管や処分の方法まで決められた機密書類のため、アニーが足を運んでくる前にすでにきっちりとしまわれていた。
クレメンテは、妻をソファーに座らせ、二人分のお茶を淹れ自席に座り、お茶で口の乾きをなくしてから口を開いた。
「昨日の書簡だが、国王自らが選んだお相手と、うちのアリシアを婚約者にしたいという内容だった」
本来の内容とは若干異なる上、言葉を選びながら話すのでぎこちない。
「お相手に関してはこちらから確認することはできない。そして、この待遇や書簡に関しては、家族にも本人にも、時がくるまで話してはならないということだ」
「そうでしたか。私に話してよかったのですか?」
国主の言葉の重さをよく理解しているアニーが心配そうに確認をしてきた。
「そうだな、これがすべてではないということは理解してほしいが、アリシアにそういう相手がいることだけは知らせてよいとされていたので問題ない。ただし、王家に関する話は伏せる必要がある。この話がいつどうなるかは全くわからないが……」
クレメンテは思わずため息をついた。
これはあくまで一方的な命令で、この契約じみた婚約がどこに向かうのか、彼らは知らされていないのだ。相手の都合で破棄されることも充分あり得る。
「ここまで話したということは、一緒にこの秘密を抱えていかねばならないということだ。申し訳ない」
クレメンテは、妻に頭を下げた。
「頭をあげてください。私たちは夫婦で、アリシアの親です。あの子の幸せのためにできることなら、秘密くらいあなたと一緒に抱えていきますわ」
アニーは笑顔で答える。
「さあ、頭をあげてください。あれだけの時間をかけなければ読んで理解できないものだったのですもの。教えてくださったのは、私の協力を必要とするところだけなのでしょう?きっと、あなたの抱えているものの一部にすぎませんもの」
「……」
「あの子には大変な思いをさせるかもしれませんが、どこに出しても恥ずかしくない令嬢に育てていけばよいではありませんか」
クレメンテは、そこまで聞いてようやく頭をあげた。
アニーの言うことはもっともだ。内容や機密事項にばかり気をとられ、娘のことは考えていなかった。
この話が現実になってもならなくても、娘が将来困らないようにすればよいのだ。どこにいっても生きていけるようにすればよい。
しかも、この婚約は未だ正式なものではなく、誰かに知られているわけでもない。破棄されたところで、外聞としては娘には傷ひとつつかないのだと、ようやく気がついたのだ。
「そうだな」
彼らは未来のことを頭の片隅に置きつつ、日常を送ることに決めたのだった。




