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転生したら武器が恵方巻きで山  作者: 鼻ふぇち
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第5章

そこにあるはずの村がなかった。


おいおい、そんな出だしでは前回の幕開けと大して変わらんではないか、と思われるかも知れない。


いや、確かに少しばかり言い方が抽象的だった。正確には、村があるはずの場所が巨大なドーム状のものでスッポリと覆い隠されているのである。


ウッキー?


その、マシュマロのようにフカフカとしている謎のドームに興味半分で手を触れた瞬間、タカの手はズップリと肩までその壁にめり込んでしまった。


ウッキャッキャー!?


焦ってその腕を抜こうとするタカだったが、相当力が強いはずの両足で踏ん張ってみてもなかなか抜けない。

チンパンジーの『引く』力というのは実に人間の5倍近くあるはずなのに、である。

事態はそれだけに留まらず、周りの壁から糸のようなものが伸びてきてその腕に絡みつき、逆にタカを引っ張り込もうとしているようだった。


「大変! ユータさん、彩奈、一緒に引っ張ってください!」


タカを引っ張るレーヌさん、それを引っ張るカッキーさん、それを引っ張る彩奈さん←河童。


ヨーイショヨイショ ヨーイショ〜♫


河童の彩奈が十人力であり、タカ自身の力も人の数倍とくれば、これは20人近くで引っ張っているようなものである。

ここまでやれば大きな蕪、もといタカの腕はなんなく抜けても良さそうなものだが。。


おサルーの腕は〜♫ ・・抜けません・・


「お、おい!? なんかこの糸みたいの、こっちまで来てるぞ!?」


3人が夢中でタカを引っ張っている間に、糸のようなものはスルスルと伸びてきて一行の身体を這い巡っていた。


「きゃ!? 私たちごと引き込まれています!?」


「この糸、手足に絡まって・・クソッ! うまく動けない!」


なるほど、実際に引かれてみるとすごいパワーだ。綱引きなら勝てる気がしない。

しかも、いつのまにか最後列の彩奈まで雁字搦めにしていた糸、いや、もはや網のようになった『それ』が、はえ縄漁のようにグイグイと手繰ってくるので、一行は後方からも押されているに等しい状態となってしまった。


ウッキー! ウッキー! ウッ!?


大声で喚き立てていたタカだったが、ついに頭まで引き込まれて声もくぐもってしまった。

次いで、レーヌから順にカッキー、彩奈までがズブズブとその中へ呑み込まれてしまう。

一行を丸呑みにした後、ドームの裂け目にはワラワラと糸が集まってきて、今ここで起きた惨劇の痕すら消してゆく。


そして、誰もいなくなった。


そのまま気でも遠くなるか、はたまたこのまま死んでしまうのか・・と一時は覚悟したのだが、実際はそうでもなかった。


おそらく数メートルも進んでいないうちに、一行は外へ出された。

いや、この表現も違う。正確には『内』に出されたのである。巨大なドームは中が空洞だったのだ。


「・・ひとまずは、全員無事のようですね。」


レーヌが、全員にケガなどがないかを確認してから辺りを見渡す。

ドームの中にはその内壁から発せられている弱々しい光しか届いておらず、辺り一面黄昏時のような薄暗さだったが、ここからでもいくつかの家屋の影とそこにちらほら灯りも見える。

この中にひとつの村がそっくり収まっているのであろうことは想像出来た。


「・・これ、さっきみたいにこっちからも外に出られるのかな?」


やってみれば早いのだが、そう呟いたカッキーでさえも、どうなるか分からないものを確証なしに試してみる気にはなれなかった。

それでなくても、あの布団蒸しにされるような感覚は気持ちのいいものではない。


「ゲートで脱出出来るのかも気にはなりますが・・せっかく目の前に村があるようですから、まずは中で情報を集めてからでも良さそうですね。」


お互いの表情を確認しあってみんなが同じ意見と分かると、一行は最寄りの灯りが見える家を訪ねてみることにした。


家の扉を叩きながら声をかけてみる。


トントン


「あの・・ごめんくださいませ・・」


「誰だい? 今日の合言葉は?」


レーヌが声をかけると、中から少し嗄れた声が返ってきた。

おそらくは、おばあさんだろう。


「合言葉? すみません、それは存じていないのですが・・」


「騙されるもんかい! いったい誰の真似だ? 嫁か? 孫娘か? どっちにもまるで似てないじゃないか!」


続いて、小さな男の子の声も聞こえてくる。


「父ちゃんや母ちゃん、それに姉ちゃんを返せこのバケモノ! くっ・・オイラだって騙されないからな! さっさと行っちまえ!」


これはいったいどういうことだろう? まだ扉を開いてもらってもいないうちからの、突然の『バケモノ』呼ばわりである。


「え? いや、私は関係ないだろ!?」


と、慌てて彩奈は人の姿へと戻る。だが、それにしても中の2人の話は要領を得ない。


「・・どうやら、何か勘違いをさせてしまったようですね・・」


でもどうか、信じてください。私たちは旅の者で・・つい先程、この村を覆い隠していたドームの壁に触れて中へ引き込まれてしまったのです。

なので、まるで状況が分からず、何先にとこの家を訪ねさせていただきました。

どうか、お話だけでもお聞かせ願えないでしょうか?


すると、中の2人はヒソヒソと相談を始めたようである。


「ばあちゃん・・なんだか違うみたいだよ? ほんとに旅の人なんじゃ・・」


「たしかに、いつもとは様子が違うねぇ・・早とちりだったかねぇ?」


「うん。だったら、早く中へ入れてあげなくちゃ!」


そんなやりとりの後で、ようやくそれまで固く閉ざされていたその扉は開かれた。


「すまなかったね。さ、早く中へお入り、話はその後だよ。」


先程かけられた言葉は辛辣なものではあったが、会ってみると優しそうなおばあさんと利発そうな男の子だった。


「さっきはごめんね、お姉ちゃんたち・・」


申し訳なさそうにしている男の子に笑顔を向け、優しくその頭を撫でてやるレーヌ。


「ちっとも怒ってなどいませんよ。安心してください。私はレーヌ、あなたのお名前は?」


男の子の顔がパァっと明るくなり、レーヌから順に一行の顔を見回しながら元気よくそれに答える。


「オイラはコウ!」


「俺は柿崎ゆうた。ユータでいいよ。」


「砂小路彩奈だ。まぁ、彩奈おねーちゃんとでも呼んでくれ。」


あ、釘さした・・


ウッキー ウッキー!


「そして、このおサルさんはタカって言います。」


「知ってる! チンパンジーだよね? おサルさんの中でもすごく頭がいいんだろ!? 力もメチャクチャあるんだ!」


純真な瞳で褒められ、頭を掻きながら照れるタカ。まぁ、あくまでチンパンジー全般のことを言ってるケドな。


「そうです! よく知っていますね、すごいですよ!」


レーヌに褒められて、今度はコウがもじもじと身体を捩った。


「よかったね、コウ。孫を褒めてくれてありがとうよ。祖母の私がいうのもなんだケド、この子は父親に似てホントいろんなことに興味を持つ勉強家でね・・」


コウのおばあさんは、目を細めると愛おしそうに孫を見つめた。


「そういえば・・坊主さっき、お父さんやお母さんを返せって言ってたよな? あと姉ちゃんも・・一体何があった?」


「! 彩奈・・」


そのダイレクト過ぎる物言いに、レーヌが少し嗜めるような顔を向ける。

レーヌの懸念通りコウは急に冷水をぶっかけられたように黙ってしまった。


「いや、それもお話しせねばなりませんでしょう。今のこの村では大事なこと・・どうするコウ? おまえからちゃんと話せるかい?」


おばあさんは、確かめるようにコウに声をかける。コウは黙ったまま強く頷き、そしてゆっくりと話し始めた。


「おいら、今はここでばあちゃんと一緒に住んでいるけど・・少し前までは、もっと村の真ん中辺りにある家に父ちゃん、母ちゃん、それから姉ちゃんと4人家族で住んでいたんだ・・」


ある日、父ちゃんと母ちゃんは早めに二階で寝ていたけれど、おいらと姉ちゃんはカード遊びに夢中になって一階で夜更かししていたんだ。


そしたら、突然鍵のかかった扉をコツコツと叩く音が聞こえてきた。


うちで飼っていた猫がまだ外に出ていたんで、姉ちゃんはその猫が帰ってきたんだと言って扉を開けに行ったんだ。

おいらは、猫にしては人みたいな音を立てるんだな?とちょっと不思議に思っていたケド、その時はあまり気にしていなかった。


ゲームはその時おいらの方が勝っていたから、おいらは手札ばかり見ていた。


そしたら、ギィって音と一緒に姉ちゃんのもがくような声が聞こえてきたんだ、ウグウグってカンジで・・

どうしたのかと思ってそっちを見たら、開いた扉の隙間からなんだかよく分からない白くて長いウネウネとしたものが何本も入ってきていて。。姉ちゃんの口を塞いで身体にも巻きついて持ち上げて・・もう扉の隙間から外にさらっていくところだったんだ。


おいらは何が起こったのかよく分からなくて、しばらく手札と半開きの扉をかわりばんこに見てたんだけど・・

急にたいへんなことが起こったってのが分かって、すぐに外へ飛び出して姉ちゃんを探したんだ。


そうしたら・・白い固まりにうねうねとしたものがたくさん生えて、その上に傘みたいなのが乗っかったバケモノが、ズリズリと家から離れながらデカい口を開けて姉ちゃんを飲み込んでいるところだった。


おいらもう怖くて・・すぐに追いかけることも出来なくて、家に引っ込んで扉を閉め、鍵までかけてから父ちゃんと母ちゃんを起こしに急いで二階に行ったよ。


最初おいらが寝ぼけてるのかと思ってた父ちゃんと母ちゃんも、姉ちゃんがバケモノに攫われてしかも食われたって泣きながら言ったら、バタバタと階段を降りて。。寝間着のまま外に出てみたけど、もうあのバケモノはどこにもいなかった・・


コウはここで一旦話を置いた。まだ小さいのに、しっかりとした分かりやすい話し方だ。聞いていると、その時の様子が浮かぶようである。

おばあさんに水を飲ませてもらい、一呼吸してからコウの話はまだ続く。


「父ちゃんも母ちゃんも、おいらにいろいろ聞いたけど・・おいらだって、見たことしか分からないし、話せることをぜんぶ話すしかなかった。」


でも、いくらなんでも信じられないような話だってのはおいらもなんとなく分かっていて・・次の日父ちゃんも母ちゃんも、バケモノのことは考えずに1日中姉ちゃんを探し回っていた。

それでも、姉ちゃんは見つからなくて・・その日の夜おいらたちは一階でご飯もろくに喉を通らないままボゥっとしていたんだ。

たぶん、父ちゃんも母ちゃんも姉ちゃんのことしか頭になかったんだと思う。だっておいらもそうだったから・・


そうしていたら、突然、またコツコツと扉を叩く音が聞こえてきた。

母ちゃんがハッとして、姉ちゃんの名を呼んでみると、おいらもビックリしたんだケドほんとに姉ちゃんの声が返ってきたんだ。


ただいま、お母さん、開けて・・って・・


母ちゃんと、それから父ちゃんも、大喜びで扉の鍵を開けに行ったよ。おいらも嬉しくて椅子から立ち上がったまま姉ちゃんが家に入ってくるのを待ってたんだ。


でも・・そしたらさ、開かれた扉から入ってきたのはあのうねうねとしたヤツで・・


父ちゃんも母ちゃんも、姉ちゃんと同じように口を塞がれて、身体中をぐるぐる巻きにされて・・扉の隙間からあっという間に連れて行かれてしまった。


もう、おいらは・・意気地なしって言われても仕方ないケド、足が動かなくて・・後を追うことも出来なかった・・


と、ここまで気丈に話しきり、感極まったのかコウはおばあさんに取りすがってすすり泣き出した。


「よしよし、コウ。。大丈夫、おばあちゃんがいるからね・・こういうワケで、ひとりきりになってしまったコウを私が引き取って今は一緒に暮らしているのです。」


コウはひとしきり涙を流すと、一生懸命にそれを手で拭っておばあさんの言葉に応えようとしているのが分かった。


「そんなことが・・それはさぞや辛かったことでしょう・・話してくれてありがとうございます。あなたはとても強い人ですね。」


まだ、赤い目をしながらも、コウはリネサキに向けて親指ポーズを差し出した。


「・・でも、さっきのカンジからすると・・そのバケモノってヤツがまだこの村をうろついてるってワケか?」


コウもおばあさんも頷く。


聞けば、その後コウの家族の他にも同じ被害にあった家が次々と増え始め、ヒドイ時にはたったの一晩で6人家族全員が姿を消して空き家になったケースすらあると言う。


2回目以降には、攫われた家族の声色を使って残った者を誘い出す、というのが常套手段のようだ。


「しかし、それが分かっていれば2回目以降はそう簡単には扉は開けないだろう?」


「さぁ・・それはなんとも・・いなくなった家族の声で、何度も何度も来られては・・何度目かには分かっているはずなのに夢遊病のように扉を開けてしまう者もいると聞きますので・・」


「む・・そうか・・なんて卑劣なテを使うんだそのバケモノは・・なぁ、柿崎ゆうた。お前もそう思わないか?」


「もちろんだよ。そんなヤツのさばらせちゃおけない。霊獣なのかなんなのか分からないケド、どっちにしろ退治してやる。」


「やるか。」


「やろう。」


「やりましょう!」


ウッキャッキャー! ムキャウホホッキャー!


最後のテンポがよろしくないが、とにかくそういうことになった。


ちなみにドーム状の壁だが、あれはバケモノによる被害が出始めてから間もなく、一夜にして忽然と現れたらしい。

最初、みんないつまでたっても夜が明けないと思っていたそうだ。


もちろん、外への脱出を試みた者も何人もいたようだが全くの無駄で、内側から触ってもなんの反応も起きないばかりか、切っても突いてもすぐに糸が寄り集まってきて綺麗に塞がれてしまうということである。

それに、やはり数メートルくらいの厚みはあるようで、外の景色すら垣間見ることも出来ないというのだ。


まぁ、恵方巻きの強力な技なら勝手は違うかも知れないが、当面この村での目的が出来たのでそれは後回しである。


おいらも連れて行ってくれよ、とある意味子供らしい我儘を言い出したコウをなんとかなだめ、一行はバケモノの探索に着手する。


話によると、バケモノは主に家が密集している村の中心部あたりに多く出現するらしい。

さきほど、コウのおばあさんも、こんな村はずれに出るのは珍しいことだと思ったそうだ。


その情報を頼りに中心部へ行ってみることになった。

途中でそのバケモノと出くわすなんてこともないとは言えないので、全員戦闘態勢は整えつつ向かう。


実際にそうなのかどうかは分からないが、灯りがともっている家が狙われるらしいという手がかりももらってきた。


「いくら、狙われ易くなると言っても、こう薄暗いと灯りをつけないで生活するのは大変だもんなぁ。」


村の中心部には至る所に魔力街灯が設けられ、屋外においても昼夜問わず最低限の灯りが得られるようにはなっていたが・・


「あのドームにはこうやって昼間でも暗くすることで、人のいる家を探し易くする狙いもあるのかも知れませんね?」


「バケモノにとっては至れり尽くせりってワケか。まぁ、1番の目的はやっぱり1人も外へは逃がしたくないってことなんだろうけどな・・」


レーヌは少し考え込んでから、作戦案を話し出す。


「その話がアテになるとすれば、バケモノは灯りのついた家に引き寄せられてきますよね?」


ちょっと村のみなさんには申し訳ないのですが・・まずはこの辺り一帯を消灯させてもらいましょう。


レーヌは、まず一軒の灯りの付いていない家に目を付けた。

そして扉に鍵がかけられていないことや、中の洗い物など調度品の様子から空き家となって久しいことを見繕うと、ここを作戦の舞台装置に定める。


「それでは、ちょっと乱暴ですが・・いきますよ! マジックライトキャンセラー!」


レーヌの魔法が広範囲にわたってその効果を拡げてゆく。

マジックキャンセラー、これはある魔法の力を中和して非発動状態にする高度な魔法だ。

便利だが、任意の一定範囲はすべてその影響を受けてしまう。

なので、火を除けば全ての灯りが魔力によって賄われているこの世界において、この魔法の効果が及ぶ範囲というのは一斉に停電となるようなものである。


「で、ここからどうするの?」


ホキャキャー?


周囲にはすべて、ドームから発せられる薄明かりしかなくなった世界。

ということは、この空き家もその範囲に含まれているから灯りはともせないんじゃないかというカッキーの素朴な疑問。


「まぁ、見てな。レーヌの魔法使いとしての凄さが分かるから。」


彩奈は余裕の表情で・・なのかどうだか、薄暗くてよくは見えないが、そう答えた。


「マジックライトキャンセラーキャンセラーリミテッド! アンド マジックライト!」


ん? レーヌが次に唱えたやたらややこしい魔法によって、一行が潜り込んだ空き家にだけ灯りがともった。


お分かりだろうか? レーヌはまずこの辺一帯を停電させた上で、この空き家だけ通電状態に復旧させ、悠々と電気のスイッチを入れたのである。


「アレ、地味に難しいんだぞ? キャンセラーは打ち消す魔法の完全な仕組みまで理解していないと出来ないからな。」


まるで自分のことのようにドヤ顔で語る彩奈。まぁ、自慢の幼なじみってところか。


!?


「彩奈さんの頭のお皿、光ってますが?」


「え!? おい、なんだこれはレーヌ!」


「す、すみません彩奈。この家の魔法灯をぜんぶ一度に点けたかったものですから・・今そこだけ消しますので・・」


どうやら、前回地下に潜った時の後遺症のようなもので、彩奈のお皿は自分が魔法灯であるという認識を持ってしまったようなのだ。


んなバカなと思うかも知れないが、これはマジックライトという魔法が一種の催眠術のような性質を持っているかららしい。

まぁ、カッキーにはよくわからんけど・・


すぐに彼女の灯りは消されたが、彩奈はなんとも納得がいかない表情でスッと人間体に戻ってしまった。

河童になったり、人間に戻ったり、忙しい人である。


レーヌには予想済みだったようだが、その後何人かの人が一時的な避難を求めてやってきた。

こんな状況であってもずっと家の中だけで暮らせるワケもない為、さっきまでも出歩いている人なら普通に見かけていた。


レーヌは、灯りの付いているこの家にそういう人が集まってくるだろうことも計算して、出来るだけ大きく広い家を選んでいたのである。


もちろん、入れてあげる前には合言葉の確認を忘れない。

今のこの村では合言葉はなくてはならないものになっているので、日替わりする合言葉を得るための暗号表が配布されている。住民は、毎日これに従ってその日の合言葉を割り出しては利用しているのだ。


ちなみに、今日の合言葉は『でっかいカツレツ食いたいな』である。

・・いったい、いかなる暗号表なのだろう?


数人を招き入れたところで、お茶のついでとばかりに何か有益な情報がないかを聞いてみた。注意するべきこととしてあらかじめ聞いていたのは、この村のはずれに元から住んでいた姉弟+ペットということにしておくこと。


中にはこの家の元の住人を知っている人もいて驚かれたもしたが、空き家として買い取ったと嘯いておいた。過疎の村でもない限り、村民全員の顔を把握している人なんてそうザラにはいない。

その辺どうにでもなる、というのもまたレーヌの計算高さか。


会話によって、バケモノに関してのいくつかの有力な考察を得ることが出来た。


そして、何度めかのドアノックが・・


「はい、どなたでしょう?」


『オレオレ、オレだよー』


「オレ、だけじゃ分からないので・・まずはアレをどうぞ。」


まぁ、合言葉と言ってしまっても良いのだが、ここは未確認情報な部分は一応注意しながら会話を進めてゆく。


『合言葉 ワスちゃった オレだよー 分かんないの? オレオレ!』


ふーん、アレが合言葉のことだと分かるのか・・あの考察は合ってそうだな・・


レーヌがサッと手を上げて振り返ると、招き入れていた人たちは事前に伝えていた通りにゾロゾロと二階に避難してゆく。

表情や頷きから、みんなこれはクロだと判断したようである。

まぁ、もちろん、これからバケモノと一戦やらかそうというのは伝えてはいないけどね。


一行以外を全て二階へ避難させ、彩奈の変身と、カッキーの恵方巻きの準備、ついでにタカが無言で気合いを入れ終わるのを待ってレーヌは一気にドアを大きく開け放った。

同時に家の奥へ転がるようにして侵入してきた触手を躱す!


そう、開け放たれたドアにはウニョウニョと蠢く触手を生やした謎の白っぽい物体が一面に広がっていた。


まずは入り口から引き離さないとならない。

カッキーは用意していた空気の矛を部屋の奥から一気にバケモノに向けて伸ばす。


「スコール恵方巻き如意スピアー!」


群生かまいたちの矛先が、バケモノの触手を押しのけてそのボディにヒット!


「そーれ!!!」


室内でスクーターの推進力を使うととんでもないことになるので、ここはカッキーの身体を後ろからタカと彩奈に押してもらう。


距離を詰めることで密度を増した矛先が、バケモノの身体をズズイっと後ろに押し出した。


「エアロエクスプロージョン!」


仕上げとばかりにレーヌが矛先のかまいたちを巻き込んで、空気を爆発させる。

これは、同じ空気を扱う技と魔法の合体攻撃である。補助、回復魔法が主体のレーヌだが、空気を操る術は得意なので、霊獣の力を借りればなかなかの威力の攻撃魔法へ応用出来るのだ。

圧縮した空気の爆発力は全方位に及び。バケモノの身体をボヨンと一気に弾き飛ばしたのと同時に、入り口周辺に大穴を開けた。


「なんだ今の音は!?」


「まさか入り口を壊されたのか!?」


二階から叫ばれた不安そうな声に、彩奈が適当に答える。


「あーそうだ! 二階にいりゃ安全だからおとなしくそこでじっとしてな!」


見晴らしが良くなった入り口から、一行は外に出てバケモノの姿を見定めた。


ひとことで言えば・・柄の部分にウニョウニョと多数の触手を生やした。。デブなシイタケである。


身体が柔らかいせいか、弾き飛ばされただけでこれといってダメージを負っていなさそうなシイタケが、ムックリと起き上がる。


『ヴォグムーアー!!!』


怒っているのか、凄まじい叫び声を上げてユラユラとその巨体を揺すっている。


ヴォグムーア?


『ああ、あの者ヴォグりんでござったか。カッキー殿、ヤツも霊獣でござるよ。』


「マジか、エロ河童!?」


キュウリスティックの中から、すっかりエロで定着した方の烏丸悟浄が話しかけてきた。


『ホントでおじゃるよ。ちゃんとヤツから霊獣の波動も感じるでおじゃる。』


刻み紫蘇スティックに宿った霊獣ペリノニムもそれを肯定する。


!?


「で、でも、見たところあいつにはどこにも簀巻きが見当たらないケド?」


ん〜?


霊獣烏丸悟浄とペリノニムが、目を凝らしてヴォグムーアから発せられる波動に神経を研ぎ澄ませた。


『あ、ペリさんこれは・・』


『うむ。間違いないでおじゃるな。柿崎ゆうた、ヴォグムーアの本当の身体はあのおデブの中にあるようじゃの。』


『本体の方はだいぶ細身のようでござるぞ? おデブに埋もれて見えないでござるが、ちゃんと簀巻きも巻かれてござる。』


「そうなのか・・じゃああのおデブを貫いて中の簀巻きごとぶった切ればいいってことだな? じゃあ、ライジング恵方巻きブレードで・・」


出来るのでござるか?


出来るかの?


!?


『あのおデブ、人間の変身させられた姿でござるぞ?』


『ライカンスロープ化させたキノコ人間の菌糸体を一つに絡めて鎧のように纏っている・・と言ったところであろうかの。ホッホッホ。』


ホッホッホって笑うとこ!?

どんな時でも雅過ぎるよ、霊獣ペリノニム。


「では、周りのおデブを傷つけずに倒せば、みんな人間に戻れる可能性が高いですね!」


もちろん、霊獣との会話は全員に聞こえている。レーヌが希望に目を輝かせたのももっともだ。

カッキーだって、出来ることならばコウの家族を無事に帰してあげたい。


「・・とすると、狙うべきは・・」


カッキーはスクーターを発動させると、ヒラリとそれに飛び乗って空に舞い上がった。

そして、上空からまっすぐに急降下してヴォグムーアに迫る!


狙いはヤツの脳天、つまり傘の中心だ。


「くらえ、スコール恵方巻き如意スピ・・」


!?


このまま距離を詰めて上から本体部分を押し潰す、うまくいくはずであった。あのまま何も起こらなければ・・


だが、そのときカッキーの視界に飛び込んできたものがあった。いつの間にここへ来て、いつの間に忍びよったのか、背後から竹槍を構えてヴォグムーアに突進してきたのはあのコウだった。


「姉ちゃんの仇! 父ちゃん母ちゃん、今仇をとってやるからな!」


どれほど思いつめていたというのか、あろうことかコウは一行の後を追い、自分が用意でき得る最強の武器を手にこの機会を伺っていたのだ。


見方によっては無謀な、愚かな行為である。

しかし、カッキーはその健気な姿に心を打たれた。


感情に突き動かされたカッキーのその判断を、誰がミスと責められるだろう?


カッキーはヴォグムーアの脳天まであと一歩というところで、スクーターの軌道を変えてしまったのだ。


一方、コウがヴォグムーアに突き立てようとした竹槍は数本の触手によって容易く絡め取られ、怯んだコウに向け更に多くの触手が伸ばされてきた。


「あ・・ち、ちっくしょー!」


悔し涙を流しながら叫んだコウの身体を、横から突き飛ばした者がいた。スクーターのスピードを殺しつつ救出に来たカッキーだった。

コウはその勢いで地面を転がったが、おかげでヴォグムーアの触手の射程外に逃れることが出来た。


だが・・


「ゆ、ゆうた兄ちゃん!」


そう、起き上がったコウが見たものは、自分の代わりに何本もの触手に絡めとられてしまったカッキーの姿だったのである。


「兄ちゃーん!!」


「は、早く・・もっと遠くへ逃げろコウ! おばあちゃんの家まで・・こいつを持って・・走れ!」


カッキーは、僅かに動く手首に渾身の力を込めて恵方巻きをコウの近くまで放った。


「た、頼みます。スタグホーンさん・・」


カッキーの身体は触手に掴まれたまま、ヴォグムーアの頭上、傘の上へと持ち上げられてゆく。

そして、ヴォグムーアの頭上の傘の中心に裂け目が出来たかと思うと、そこに巨大な口が開いた。


「うわあああぁー!!!」


断末魔の叫びを上げて、ヴォグムーアの巨大口に飲み込まれてゆくカッキー。


迂回してコウの元へ駆け寄ってきたレーヌたちも思わず彼の名を叫ぶ。


カッキーを飲み込んだヴォグムーアの傘が、ひと回りムクムクと大きくなてゆくのがわかった。


「ユ、ユータさん・・そんな・・嘘だと言ってください! なぜ、答えないのです! ・・嫌! ユータァ!!!」


半ば半狂乱となったレーヌと、恵方巻きを拾い上げ呆然とするコウを、彩奈とタカが後ろへ引きずってゆく。

ヴォグムーアとの距離が開いたところで、霊獣スタグホーンの声がした。


『ひとまず撤退するのだ。少年の家まで、私がひと時力を貸そう!』


恵方巻きにセットされた鹿肉ソボロスティックより、霊獣スタグホーンのエネルギー体が飛び出してタカの身体に入った。


『タカよ、お前も以前経験があろう! レーヌは錯乱しておる、お前が皆を導くのだ!』


ウッキー!


韋駄天の能力が備わったタカは、コウと彩奈の手を握ると、彩奈にレーヌと手を繋ぐように促した。


「繋げってのか・・? それで、どう・・ドワ!?」


彩奈がレーヌの手を握るのを確認すると、タカは思い切り駆け出した。

戦線離脱、撤退、事実上の敗北である。


「彩奈! 離してください! 私は・・!」


「黙って走れ。あんま喚くと腹に一発入れて引きずってくぞ・・」


「あ、彩奈。。?」


「正しいと信じたことを躊躇わずにやっちまうってのはスゲーとは思うが・・まぁ、いい、とにかく今は私のために黙って走れ、いや走ってくれ・・頼む」


レーヌはこの時初めて気がついた。彩奈もまた泣き出しそうな顔をしている。

そういえば、恵方巻きにセットされていたスタグホーンの鹿肉ソボロ以外の霊獣は、すべてカッキーと一緒にヴォグムーアに呑み込まれてしまったのだ。


レーヌの口から次の言葉は出てはこなかったが、彼女の足並みは次第に揃っていった。


『ヴォグムーアを倒すだけなら、ユータが欠けても可能は可能だ。』


コウのおばあさんの家まで逃げ帰った一行は、お役目を果たしてソボロスティックに戻った霊獣スタグホーンと話していた。


『触手は厄介だが、それだけだ。あの柔らかな身体であれば、遠距離攻撃の手数押しでもいつかは勝てる。』


それくらい、ヤツの体そのものは脆い。だが・・


みんなスタグホーンの言いたいことは分かっていた。その体というのには、村の犠牲者たちやカッキーの変じた菌糸状のライカンスロープ体を含むのである。


『しかも、さっき離脱する前に感じたが、ヴォグムーアは唯一の弱点であった傘の部分を菌糸化させたユータで覆ってしまった。』


今やヤツの本体は全て人間たちに囲まれている。表面にヤツの本体が露出している部分は・・皆無。


どこからでも切り込める、が、同時にどこからも切り込めない・・選択を迫られることになるな・・


「選択って・・?」


コウが何かを察し、不安げな顔で聞いた。


『少年よ・・酷なことを言わねばならないが、お前も気が付いているのだろう? 数名の人間の命と引き換えに、ヴォグムーアを討つのだ・・もしくは・・』


このまま、ヤツの襲撃に怯え、いずれはその一部となって共に生き続けるか・・


「ダメだい、そんなの! 姉ちゃんや・・父ちゃんや母ちゃんが、また戻ってくるかも知れないって分かっちまった後じゃあ・・おいらもうあいつに攻撃なんて出来ない・・して欲しくない!」


おいらが、あの時ゆうた兄ちゃんの邪魔さえしなければ・・


打ちひしがれるコウの手に、レーヌがそっと自分の手を重ねる。


「コウ、あなたの気持ちはみんな分かっています。それはユータもでした。だからこそ、ユータはあなたを止めることを優先したのですから・・」


「・・・」


「あなたが、万が一にでも家族を傷つけることなどあってはならないと、ユータはあなたを止めに入ったのです。」


レーヌは、コウの目をしっかりと見つめて彼が頷き返すのを待ってから言葉を続けた。


「・・そんなユータのことですから、たぶん私たちに意思を伝えられたならこう言うと思います・・」


自分ごとヴォグムーアを貫き倒せ・・と・・


「・・確かに、あいつなら言いそうだな。」


ウッキー ウッキー!


『だが、ユータを失って、この後の旅がどうなるかまでは私にはわからないぞ?』


「・・ユータを召喚して、危険な旅に誘ったのは私です。彼に万が一のことがあれば、私が彼の意志まで継いで旅の目的を遂行させる・・その想いに揺らぎはありません。」


レーヌが決意の眼差しでザッと立ち上がる。仲間たちも次々とその後に続いた。


「彩奈、あなたには水切りという遠距離攻撃があると言ってましたね?」


「ああ、ある。水さえあれば、それを鉄より頑丈な刃に変えて敵に撃ち込む技だ。」


「まだ見たことはないのですが、その技でヴォグムーアに傷は付けられそうですか?」


「そうだな。切り刻むことに特化した技で、岩盤をも削るほどの切れ味だからまず楽勝だろうな。」


連射が効くので、バケツ一杯の水もあればたぶんヤツを細切れにしたってオツリがくる・・だが・・


「いいんだな? 私がやっても・・いや・・私がやるべきなのか? ・・分かった、引き受けよう。」


彩奈には分かっていたのかも知れない、カッキーを犠牲にしたとしても、ヴォグムーアさえ倒せば烏丸にはまた会えるだろうことを。

一片のキュウリのカケラでも残れば、烏丸はあのエロ河童と共に彼女の手に戻るのだ。

だとしたら、この仕事はレーヌではなく彩奈がやる方がいいかも知れない。

いや、レーヌにやらせるには酷すぎる。


じゃあ・・


「行くか・・」


「行きましょう・・」


ウッキー ウッキー


「コウ。今度こそここで待っていてください。必ずあなたの家族は取り戻してみせます。」


「・・ゆうた兄ちゃんに、おいらがありがとうって言ってたって・・」


「はい。きっと伝えます。」


何度も頭を下げて礼を言うおばあさんと、その手で肩を抱かれて見送るコウを尻目に、レーヌ、彩奈、タカは再び村の中央へ向かう。


目的地に着いてみると、果たしてヴォグムーアはまだそこにいた。


先ほど利用した空き家の入り口に陣取り、さまざまな声色で囁きながら、二階から降りられずに恐怖で震えている人たちをなんとか誘い出そうとしているようである。


彼らを無事に帰さなくてはならないという使命も、レーヌたちにはあるのだ。


レーヌは挑発するように、ヴォグムーアのはるか後方でエアロエクスプロージョンを発動させた。圧縮された空気ではないので、せいぜい大きな音を立てる程度の威力だが・・

空気の爆ぜるその音に、ヴォグムーアが気づいてクルリと方向を変えて迫ってくる。

まぁ、前も後ろもないような姿をしているが、一応今こちらを向いた側が前なのだろう。


レーヌの隣にはバケツ一杯の水を手にしたタカと、技の発動に備えて構えている彩奈。


予定通りの展開、彩奈がヴォグムーアの脳天、すなわちカッキーに雨霰のような水の刃を撃ち込む打ち合わせ距離まであといくばくとなったその時。


「彩奈・・」


突然、レーヌがポツリと彩奈の名を呼んだ。


「すみません。絶対に反対されると思っていました。でも・・どうしても、最後に試してみたい策があります・・」


「!? レーヌ、お前何言って・・」


「これは、確信が持ててるワケではないのです・・だから賭け・・です。」


いいですか、彩奈。私が呑まれ消えるその位置をよく見ておいてください。

もし、10秒が過ぎても・・『私たち』があなたたちに迫ってきたならば・・


「私を、私だけを撃ち抜いて欲しいのです。頼みましたよ、彩奈!」


「あ、待て! レーヌ!」


ホッキャー! ホッキャー!


訝しげにレーヌの言葉を聞いていた彩奈だったが、彼女が言い終わるのと同時にヴォグムーアに向けて駆け出したのには度肝を抜かれ、思わず声をあげた。


レーヌは駆け寄る勢いのままヴォグムーアに向かってジャンプ! 両手両足を広げたままの体当たりを敢行した。

ヴォグムーアは、何本もの触手でそれを抱きとめるようにしながら、その位置に口を開いて彼女を一飲みにする!


「お前、どうかしちまったってのか!?」


膝をつきそうになりながらも、レーヌに言われた最後の言葉を遂行出来るようにと懸命に前を見て立っていた彩奈は失意のカウントダウンに入った。


・・6・・5・・


・・レーヌか?


・・4・・3・・


。。柿崎ゆうたか?


・・2・・1・・


・・レーヌ・・柿崎ゆうた・・


彩奈の口元からギリッと歯を軋ませる音が、タカの耳に届く。


・・レーヌ・・わかった・・


その時だ。予想外のことが起こった。


ヴォグムーアの身体が、一瞬にしてバラバラになって地にバラ撒かれたかと思うと、そのカケラの一つ一つが人間の姿に変わっていったのである。

その中にはカッキーの姿もあった。


そして、痩せさらばえたヴォグムーア本体の正面に1人立っているのはレーヌだ!


「彩奈! ここです! ブランディングシュート!」


レーヌは身体を左側に躱しながら彩奈が狙い易いようにと魔法を放った。

ヴォグムーアに巻かれた簀巻きの、糸がむき出しになっている部分に光の✖️が縦一直線に並ぶ!


「よし! 任せろ!」


彩奈は左手をバケツに突っ込むと、右手の先からいくつもの水の刃を散弾銃のように撃ち出す!

その無数の刃たちは蛇行するような軌跡を描きながらも、一発の撃ち漏らしもなく目印に炸裂!

完全なオーバーキル気味に簀巻きを糸ごと粉々に砕いて両断した。


続いて、レーヌの右回し蹴りが簀巻きの外れたヴォグムーアの腹かどこか分からんが、とにかくクリーンヒット!

霊獣ヴォグムーアのエネルギー体を、魔獣体の外へぶっ飛ばした。


「魔法より、こっちの方が早いです! さあユータ! あなたの番ですよ!」


なんと、一連の動きの中でレーヌは起き上がってくるカッキーに恵方巻きの投げ渡しまで完了していた。


「OK、レーヌ! 準備は出来てる。ライトニング恵方巻きブレード!」


恵方巻きから伸びた雷の刀身が、ヴォグムーアの貧相な身体に深々と突き入れられる。

全身ビリビリに感電して数秒後、焼け焦げて煙を吹いた魔獣体はドサリと地に倒れこんだ。


かくして、誰一人の犠牲者を出すこともなく、レーヌたち一行はついに完全勝利を収めたのである。


ー後日談ー 茸は竹槍をライバルの親と思う


ヴォグムーアの虜にされていた人たちは、皆無事にそれぞれの家へと戻って行った。

多くの場合は、感謝された一行だったが・・

あの、作戦に利用した為に入り口に大穴を開けてしまった家の主人は泣くは怒るはで全員平謝りだった。

まぁ、その件に関しては、村の人が一行への感謝の気持ちとして皆で協力して修理してくれることになったのでなんとかことなきを得ることが出来た。


そして、もちろんコウの家族も・・

家族が戻ってきたことにも大変喜んだコウだったが、カッキーがみんなと一緒に帰ってきたことにも、同じくらい感涙してくれた。

ヴォグムーアの魔力によって作り出されていたドームもすぐにカサカサの干しキノコのようになって朽ち果て、一行が村を後にする時には多くの村人の1番前に、コウとその家族が並び立って幸せそうに手を振ってくれたのだった。



魔獣体からレーヌのまさかの力技によって叩き出された霊獣ヴォグムーアも無事に保護され、魔獣ヴォグムーアの丸焼きから切り出して煮染めた『煮椎茸スティック』に宿り、これまた全員無事に戻った霊獣たちとの再会を喜び合っていた。


霊獣ヴォグムーアがどんな性格をしているかというと・・


『・・・・・』


ん? 恥ずかしがり屋の、無口キャラか?

その影響もあったのか、魔獣体と合体していた時も一回叫び声あげただけだったもんな。

断末魔さえ上げなかったし・・


彼は『毒』を司っているらしいのだが、キノコと言えば食べられてからが勝負とのプライドがある為、合体している間も毒霧の噴出とか封印していた技があるそうだ。使われてたらかなりヤバかったよな・・

ドームが無くなって明るくなったらすぐに分かったケド、祠はコウのおばあさんの家のすぐ近くで見つかった。


『姿かたちなき 静寂の破壊者』


ふむ・・知ってからならまぁ毒のこと言ってんだと思えるかも・・?



さて、ところであの時なぜ菌糸状のキノコ人間にされた全員が突然人間の姿に戻れたのか?

これは、レーヌに聞いてみるしかない。


「実際のところ、何が起こっていたんだ?」


事前に言うとどうあれ反対されるだろうという懸念から、ギリギリまでその内容と決行を伏せていたことを謝るレーヌに、そんなことよりその秘密を早く知りたい彩奈はソワソワしながら詰め寄った。


「あれは、マジックキャンセラーです。」


「ほう? じゃあ、ヴォグムーアのかけたライカンスロープ化の魔法を、あの数秒で打ち消したということか?」


だが、あれは確か・・


「ええ、打ち消す魔法の仕組みを知らないと出来ません。なので、私はわざと捕まりヴォグムーアと同化しようと考えました。」


みなさんから聞いた情報から、ヴォグムーアが取り込んだ人の記憶を利用していることに気がついたんです。

それで、もしかしたら同化することによってこちらもヴォグムーアと意識や知識を共有できるのではないか、と・・確信ではなかったのですが・・


「よく、意識を乗っ取られる前に発動出来たな。」


「いえ、特に意識まで奪おうとはしていませんでしたよ。おそらく、こちらからの情報が得られないからではないでしょうか。」


それで、同化吸収されてる間にユータとも意思の疎通が出来たんです。

いくつもの意識を共有しているという感覚は、とても奇妙な感覚でしたが・・


おっと、そろそろ時間ですね。

レーヌさん、あとインタビュアーの彩奈さんもどうもありがとうございました。


おや、レーヌさん。なんだか嬉しそうですね? 何かいいことでもありましたか?


「そう見えます? ウフフ、ナイショです!」


では、みなさん。また第6章でお会いしましょう。

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