喪失
勢いと自己嫌悪の果てに純潔を散らした。
初めて入ったホテルのそれらしい内装をベッドの上から見つめて呆然とする。隣ではあまり素性の知れない男が心地良さげに寝ていた。
思ったよりも気持ちは良くて、思ったよりも何も変わりはしなかった。私の自己嫌悪も加速も衰退もしないまま、変わらない。
「あ、おはよー」
いつも通り学校へ行って、いつも通り友達と笑い合う。でもね、でも私、先週の私とはもう違うの。そう思ったのは後悔からだろうか。それとも優越感?
どこへ行ってもあの夜が私の後をついて回る。変わらない筈だった境界線が私を変えていく。
ふと廊下で視界に入ったのは、以前私に告白をしてきた人だった。あぁ、と思わずひとり声にしてしまった。きっと可愛くて綺麗な私を気に入ってたんだろうなぁ、と思って自嘲した。あの時彼と付き合えばもっと普通に生きられただろうか。いや、そんなことはないな。
夕暮れを電車の中から見つめる。いつも触っているスマホはポケットで電源を切ったままだ。
どこか茫然とした頭のまま、ふと気付けば終点だった。来たことのない駅。降りてフラフラと黄昏の街を歩いた。
本当は、知っていた。
私があの夜に何を喪ったのか。
潮の匂いに誘われ海辺に出た。もう日は天辺の少ししか見えない。海面に反射した太陽はゆらゆら揺れて、きっとあと数分で消えてしまう。ざざ、と波の静かな音が鼓膜を揺らした。ひとりだ。
「死にたい…。」
絞り出すように口をついた声は震えていて、それにつられて涙が溢れてきた。今ここで私が入水自殺をしたら、どうなるんだろう。
きっと学校の人達は驚くだろうな。だって今日一日、私は何にも変わりなかったんだもの。家族も驚くだろう。哀しむだろう。そんなこと安易に想像がつく。
でも溢れる涙に嘘はつけなかった。
「家族が悲しむ」「周りに迷惑」そんなことを思って死を遠ざけようとするたび、自分の感情を真っ向から否定したようで益々涙が止まらなくなったのだ。
真っ暗になった海を見つめて、ようやく落ち着いてきた嗚咽を飲み込んで溜息をついた。
このまま死ぬ勇気があれば、どれだけ幸せだったろう。
ひとり、心の中でそう呟いて立ち上がった。
スカートについた砂を落とし、踵を返す。
さく、さく、と海から遠ざかっていく。
これでいい。どうせ、自殺なんて出来やしない。
知ってる。でも知らないふりをして逃げていた。
私が喪ったのは、…喪ったのは、自尊心だ。もう二度と愛してやれない。この自分自身を、私は一生憎んで生きていくんだ。余りに大きな代償に思わず笑ってしまった。
胸に抱えた空洞に手をあてて、がたごと揺れる電車で目を閉じた。
初投稿です。よくわからないまま勢いで書き殴りました。フィクションです。ふふ