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(十八)局員出張所

 リリィーナはホリディを連れ、港町の片隅にある古びた建物を訪れた。

 ホリディは港を管理する港湾局か、地元警察に行くものと思っていたらしい。商店街の一角にあるありふれた民家の一軒に案内されると、あからさまに不審げな面持ちになった。


「えらくボロい家だな。これが本当に、あの有名な多次元管理局の…………出張所なのか?」

 築百年はとうに超えているだろう、二階建ての木造家屋だ。リリィーナが玄関のノッカーを鳴らすと、はい、と返事がしてドアが軋みながら開いた。


 迎えに出てきたのは、小柄な女性だった。見た目は五十代そこそこ。ひっつめた金髪に青いアイシャドウ、真っ赤な口紅が印象的な濃い化粧。服装は目が醒めるようなローズピンクのスーツに腰の線がばっちり出るタイトスカートだ。赤いハイヒールの細い(かかと)は高さ二十センチはある。

「ようこそ、いらっしゃい。待っていたのよ」

 おほほほ、と上品に微笑むおばさんを前に、ホリディは顔を引きつらせて後ずさった。


 リリィーナはホリディの背中を押しながら、お久しぶりですと、会釈した。

「まあ、可愛い男の子ね。この子がそうなの、リリィーナ?」

「ええ、ヒルダおばさんにお(あず)けします。とても元気な男の子ですから注意して下さい」

 ホリディは、何とも複雑な表情になった。


 子ども扱いするただの侮蔑(ぶべつ)なら、無視するのは簡単だ。だが、ヒルダおばさんの口調は十歳以下の幼い子供に対するような慈愛に満ちている。攻撃と悪態をつくことしか知らなかった幼い魔術師は、おばさんに対してどんな態度を取ればいいか、わからなくなったらしい。


 ついでにコイツもお願いします、と、リリィーナは、フェンリルを封じた水晶玉を差し出した。

 ヒルダおばさんは水晶玉を目の上にかざし、おかしそうに笑った。

「相変わらず浄化魔法は苦手ね。このフェンリルは性質上、浄化して消滅させる方が良さそうよ。やんちゃな男の子の扱いは得意だから、丁重に局へ送り届けるわ」

 すると、ホリディは、今世紀最大の驚きと言わんばかりに目を剥いた。

「このおばさんも局員なのか!?」

「そうなのよ」とヒルダおばさんはほがらかに相槌を打った。


 夜の遊びの国に囚われた子どもの運命は幾つかあるようで、じつは、二つの結末しかない。

 どんな形でも生き延びるか。

 あるいは、どんな形であっても人間としての死を迎えるか。


 リングマスターはホリディの魔力の素質に気づき、魔術師になるように持ちかけたのだろう。初めは誘惑だったかも知れない。だが、ホリディがリングマスターとの契約に応じた理由は容易に想像がつく。


 夜の遊びの国の暗い秘密を知り、恐れおののいたからだ。


 こういった長期にわたる誘拐がらみの犯罪事件は、さらなる悲劇を誘発する。

 ホリディのように、救出されるべき被害者が加害者にされるのもその一つだ。監禁された被害者が洗脳され、犯人の仲間になってしまう事件は他にも報告されている。恐怖と絶望のなかで、究極の選択を迫られた被害者は『生き延びる』希望だけを選び取るしかなくなるのだ。


 リリィーナに逮捕され、ヒルダおばさんの存在に戸惑っていても、ホリディの表情は穏やかだった。逮捕されてから数時間の間に、全身にまとっていた危険この上ない冷酷さが無くなった。

 ホリディは、自分がリングマスターの手先となり、多くの悪事に手を染めていたことをあっさり認めた。

 リングマスターの下でさまざまな悪行に手を染めながらも真の狂気に陥らず、正気を保ち続けたのは、たいした精神力と言えよう。


「今日一日はここでゆっくり休息したまえ。君の面倒はヒルダおばさんが見てくれるよ。それから君は、多次元管理局へ移送される」

 奥の部屋には留置所がある。家屋は普通の造りだが、ヒルダおばさんが守護する限り、境海の悪魔といえどもおいそれとは手が出せない聖域となる。移送用の乗り物と係官が到着するまで、ホリディの安全は保証される。


「境海の悪魔はいつでも、自分の手足となって働く人間を欲しがっているのよ。そしてあなたは夜の遊びの国という魔界で呪いを吸収して育ったわ。身につけた魔術はすべてリングマスターから発する呪いだったの。でも、それはあなたのせいではないのよ、ホリディ」

 ヒルダおばさんは優しく語りかけたが、ホリディの顔色は急速に青ざめていった。一度だけ、ブルッ、と大きく身体を震わせた。ヒルダおばさんと目を合わせるのが苦手なのか、ホリディはそっぽを向き、子供のようにむくれた表情になった。

「リングマスターは本物の境海の悪魔だぜ。お前たちだって人間だろ。人間に境海の悪魔の呪いが解けるのかよ」

 ホリディはうんざりしたように、リリィーナを眺めた。

「多次元管理局にはそのための知識と方法がある。行けばわかるよ」

 リリィーナがヒルダおばさんにうなずくと、ヒルダおばさんはホリディの右肘に優しく手をそえた。

 ホリディは歩きかけて、一度だけリリィーナを振り返った。なにかもの言いたげに口を開いたが、すぐに前を向き、ヒルダおばさんと奥へ入って行った。


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