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(十四)幻獣売り

 境海の大きな港の市場には、多くの世界からたくさんの人や物が集まってくる。

 人種の見本市のような商人たちが売るのは、異国の珍味はもちろん、日用雑貨から別世界でしか産出しない高価な宝石まで多種多様だ。

 そんな市場の外れは人通りも少なく、露天商たちの店がとぎれた先は倉庫街に続いている。


 その静かな一角で、動物を商う露天商があった。

 杭に繋がれているのは、馬、牛、ロバなどありふれた家畜が数十頭ばかり。店舗としている地面には頑丈な鉄の檻が並び、観賞用の金の羽の鳥やあでやかな翼を広げるクジャクなど、来客の目を引きつけずにはおかない派手な色彩の生き物が入っていた。


「何がお入りようで、旦那さま?」

 顔の下半分に黒い髭をびっしり生やした商人が、愛想よく声を掛けてきた。

「内陸を旅するなら、足の良い馬がおすすめですよ。重い荷を運ばせるなら、力持ちのロバもラバもおります。お安くしておきますが」

商人はモミ手をしながら近付いてきた。

「船旅だよ。わたしは魔法の生き物を探している」

 リリィーナの身を包む渋茶(しぶちゃ)色の長いマントは男女の別なく、旅装としてはありふれたもの。フードを深く引き下ろしているから顔立ちは判別しがたく、港によくいる境海の旅人に見えたのだろう。

 リリィーナが違う檻を覗きに行くのに、商人も同行した。商人が歩くと、ゆったりした白い服の左腰につけた檻の鍵束(かぎたば)がジャラジャラとうるさく鳴る。

「それはそれは、うちの店でようございました。ここにいるのは愛玩用のおとなしい動物ばかりですよ。ご予算はいかほどで?」

 動物の鳴き声は聞こえない。また、あたりには動物特有の獣臭さも排泄物などの悪臭も、まったく無かった。

 リリィーナは手近な檻を覗き込んだ。

 一角獣だ。伝説ではよく白い雌馬(めうま)(たと)えられる幻獣は、その特徴的な額に生えた(ねじ)れた水晶の一本角を、檻の隙間からリリィーナの方へ突き出した。一角獣の体躯は五十センチほど、頭の上までの体高は一メートルくらいだろう。華奢な骨格は、馬よりも牝鹿に似ている。たてがみと尻尾は銀を帯びた白色で、スリムな四本の足と純白の(ひづめ)は淡雪のように軽そうだ。リリィーナをじっと見返す目は黒い湖のよう。涙が今にもこぼれそうなほどに潤んでいる。

 商人はにこにこしながら近づいてきた。


「観賞用ですかな、それともコレクション? 魔法の生き物は少少お値段が張りますし、飼育が難しいですがね。その一角獣は遠い西の海にある小島から輸入したものです。どうです、美しいでしょう? これは子どもですが成長してもあまり大きくならない種類です。ペットにするなら手頃ですよ」


 リリィーナは背広の内ポケットから小さな革袋を出した。袋の口を少し緩め、中身が見えるように商人の方へ向けた。

 袋に詰まった金貨を見るや、商人の目の色が変わった。

「金は払う。他にもいろいろ欲しいんだが……」

 袋の口を締めるリリィーナに、商人は早口で説明した。

「翼のある飛び猫、小型の水竜、金の鳥などはいかがですか。変わったところではグリフォンやドラゴンの改良種などもございますが。ただ、エサ代が多少かかりますよ。なにしろ肉食の大型獣はそろいもそろって大食漢で、一日で雄牛一頭をペロリですから」

「すごいね! でも、そんな猛獣を買おうなんて物好きがいるのかい?」

 リリィーナが皮肉っぽく言うと、商人はわざとらしく両手を広げた。

「なにせ境海は広い。大金持ちのお客様はたくさんいらっしゃいます。わたくしどもは、そんな方方を相手に、真っ正直な商いをしているのでございます」

 幻獣や希少生物の乱獲を戒める国際的な協定は存在する。

 しかし、あまり機能していないのが現状だ。


 なぜなら協定が守られるのは、文明圏のみ。

 それも、多次元管理局を中心とした近代的な文化を享受している世界に限られる。幻獣や希少生物の棲息地は、ほとんどが境海の外側ともいうべき辺境だ。中央から離れるに従って、人人の生活文化も中世に近くなっていく。

 国際協定の威光も、水面に広がる波紋が外周では急速に薄れるように、境海の果てでは、あるかなきかのかそけき状態になっている。


「旦那さまは幻獣にお詳しいようですからご存じかも知れませんが、稀に、珍獣を剥製にしたがるお客様がいらっしゃいます。しかし、魔法の生き物は殺されると、魔法の根源である魂の力を消失します。そうすると肉体の方も、塵ひとつ残さずに消えてしまいますので。まぁ、一流の魔術師の手で生きながら加工されれば、別ですが。ですから巷に出回っているのは、九割がたが偽物です」

 商人はわざとらしい大きな溜め息をついて見せ、リリィーナは頷いた。

「だから、本物が存在したという証拠は、この世に残らない。幻獣の宿命だね」

「まったくで。せめて死体が残るなら、もっと商売の幅も広がるのですが、死なないように世話をするのに神経をすり減らす毎日で」

 商人はそう言って頭をかきながら、リリィーナのすぐ後をついてくる。

 檻の中から、幻獣たちの視線を感じる。リリィーナの歩みを見つめている。

「この店の幻獣は希少価値が高いものばかりだな。完全な状態で、すべて生きている本物だ。ごまかしがないのはかえって珍しい」

「なにをおっしゃいますやら、正直だけが取り柄の商売ですよ」

 商人は(ほが)らかに応えた。幻獣など目にしたこともない遠い国の都会では、子ヤギの額に外科手術を(ほどこ)して角を植え付け、一角獣と称して売るインチキな商人もいるのだ。

 リリィーナが低い檻の天板に手をかけると、商人の眉がぴくりと動いた。

「そいつは、プードル系の緑草犬(りょくそうけん)です。年中、全身が緑の芝生に覆われているのが特徴で、観葉植物代わりに人気がありますよ」

 むくむくした緑の小型犬は檻の隙間から鼻先をぐいぐいと押し出し、リリィーナの指先をペロリと舐めた。

「これは、すごい。私も文献を読んだだけで、本物を目にするのは初めてだ、というより、かつて目撃談を記した者以外、誰も本物は見た事がないだろうに。生態が謎どころか、棲息地を知る者すらいない生物だ。これまで捕獲された記録はなかったはずだが……」

 多次元管理局はその業務上、境海のみならず、あらゆる世界から情報を集めるが、その局でさえ、緑草犬を生きたまま捕らえたという記録は無かった。

「おやおや、お客様は入手方法に興味がおありで。ご自分の手で狩るのがご趣味ですか?」

「興味はあるね」

「そいつはだめだめ、私の企業秘密ですからね。ご購入は私の店でどうぞ。品質保証は万全です。幻獣とはいえ、命令には従順ですぞ。捕獲してすぐに専門家に預け、よく訓練されていますからね。庭に放って観賞するのにはもってこいです」

 商人は澄まし顔で言い、リリィーナはフンフンと指先の匂いを嗅ぐ緑草犬の鼻を軽くつついてから、商人に向いた。

「ここのを全部貰おうか。いくらだ?」

 商人は片頬を歪めて、苦笑した。

「ご冗談を。よほどの大金持ちでも、これだけまとめて買うのは不可能ですよ。一角獣一頭で金貨百枚はかかります」


「ずいぶんとふっかけるな。この子達の卸値(おろしね)は無料だろうに」


 リリィーナの声が響き渡ったとたんに、商人は口をつぐみ、あたりには冷たい沈黙の(とばり)が降りた。すると、これまで息すらひそめていた檻の中の幻獣たちが、あからさまに不穏な気配を漂わせ出した。リリィーナと商人の会話を聞き取り、理解しているがごとくだ。ただし、リリィーナを凝視する視線に感じられるのは敵意ではなく、澄んだ瞳には必死ですがるような色が(にじ)み出ていた。

 商人の眉間にきつく皺が寄った。

「不愉快なお客さまですな。ひやかしならご勝手にどうぞ。ただし、あまり長居をされるとこちらの迷惑になりますので、港湾局に通報しますよ」

 商人は少しずつつリリィーナから離れた。手に鍵束を持ち、数ある檻の中でも縦横二メートルばかりの大きな檻の前に回る。と、カチャリと鍵の外れる音がした。

 リリィーナはフードを肩に落とした。


「そいつに私を襲わせるのは、あまり賢い方法ではないな、密輸商人カルバト」


 檻の戸を開けていた商人の横顔が曇った。

 ゆっくりと振り返り、ふてぶてしい、あからさまな嫌悪の入り交じった表情で睨んできた。

「ふん、その顔は闇の手配書で知っているぞ。不思議探偵とは聞きしに勝る悪党だな。何の用かは知らないが、ここで店を出す正式な許可は港湾局に申請して取ってあるんだ。商売の邪魔をせず、とっとと消えてくれ」

 カルバドは鍵を持つ両手を後ろに隠した。

 リリィーナは左肩口のマントの留め金を外し、右側を肩のうしろにはねのけた。

「なら、お前こそ早く港湾局に通報すればどうだ? 彼らは違法に密輸された生き物を喜んで保護するだろう」

「その前に逃げてやるさッ!」

 サッと檻の戸が開け放たれた。

 虹色の影が、リリィーナの上に落ちかかった。


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