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(十三)探索の方向

 匠の館に戻ったラリゼルは、トイズマスターにコータローの一件を報告した。

 この件で、ラリゼルは、ひとつの結論を出した。

「脱出方法を探るためには、やっぱり王城を調べなくちゃいけないと思うの」

 作業台に向かって何か作業をしていたトイズマスターの手が止まった。肩を落としてラリゼルに向き直った顔は、あきらめを通り越して、平静だった。

 ラリゼルが外出していた二時間くらいの間に、トイズマスターは目の下に濃い隈を作り、頬をげっそりとこけさせていた。

 どうやら匠の館とは別の場所で何かを作ってきたらしいが、心配するラリゼルに向かっては、奇妙に生き生きとした表情で「もう何も心配はいらないから安心しなさい」としか言わず、普段と変わりない様子で工房の仕事を再開したのだった。


「あー、ついに言い出したか。あの王城の地下には、船着き場があるんだよ。満月の夜に帆船がやってくるんだ。ここで暮らす大人のための必要物資を荷揚げする為にね。日用品の中には魔法では作り出せない物もあるからね」

 それはラリゼルも気付いていた。

 遊園地で暮らす子供の衣食住は、基本的にすべて幻だ。

 なぜなら、普通の魔法では、無から有を作り出せないから。

 だが、ここの魔法は違う。

 大勢の子どもの衣食住すべてを賄い、人間が必要とする最低限度の栄養を与え、命を繋げる事ができる。そんなすごい魔力の持ち主となると限られてくる。伝説か神話に出てくる偉大な魔法使いクラスか、神仙か――――境海の神や悪魔とも呼ばれる存在か。

 しかし、ラリゼルのように客として庇護され、魔法の効果を受けない者には、何の滋養にもならないのだ。アイスクリームを食べてわかった。味わい、呑み込んだ感覚は確かにあったのに、胃に食べ物が入った感じがしなかった。

 それはトイズマスターも同じだ。匠の館では『本物』をピエロが運んで来る。だから、ここに住むピエロたちにも、本物が必要なはずだ。大人の彼らは魔術をかける側の人間だからだ。

「では、(ダーク)(ロード)は? ここへやって来た時と同じ黒い馬車では帰れないの?」

 トイズマスターは力なく首を横に振った。


「馬車を御することができるならね。私たちには無理だ。私の知る限り、帰還した子どもはいないよ。みんな、いつの間にか消えてしまうんだ……」


 そのニュアンスは微妙で、ラリゼルの胸の奥を冷えさせる含みがあった。

 夜の遊びの国は魔界の王国だ。被害者のほかに住むのは魔術師ばかり。世界のどこかにいる悪い魔術師の中には闇から魔法の力を引き出すために、人間の()(にえ)を悪魔や魔神に献げる者もいるという。


「消えるというのは……殺されるの?」

 ピエロに連れて行かれたコータローの顔がラリゼルの脳裡をかすめた。引き離されたときの寂しそうな目が忘れられない。今ごろ何処で、どうしているのだろう。

「いや、違う。殺人という行為は、どんな理由であれ、リングマスターが許さないからね。この島では殺される者はいない。つまり、その……」

 即座に否定はしたのに、トイズマスターは困り顔で続きを言おうとしない。

 嫌な想像を刺激するのに十分な間があいた。

 ラリゼルはごくりと唾を呑み込んだ。この遊園地にいる子供たちの運命はラリゼルの運命でもある。『最後』がどうなるのかを知らずにいられようか。

 そんなラリゼルの気持ちがわかったのか、トイズマスターは慌てて言いそえた。

「あ、いや、その、別の場所に連れて行かれるんだよ。ほかの子供とは接触(せっしょく)しないように隔離される、そういうことなんだ」

 それも本当だろう。だが、ラリゼルの知りたい最後の真実ではない。トイズマスターはうまく言い繕ったつもりのようだが、ラリゼルは気付いてしまった。

 この遊園地は地獄の代名詞だ。その主人たるリングマスターが、そう生温いはずはない。

「それなら、怪しいのはやっぱり王城ね。地下牢でもあるのかしら」

 トイズマスターの眉が跳ね上がった。

「どうしてわかるんだい」

 ラリゼルはお茶を飲み干し、カップを受け皿に置いた。

「いくら子どもだって、何人も閉じ込めておくには限度があるもの。殺されずに他の場所へ連れて行かれるなら輸送手段は例の馬車か、王城の地下にある船着き場の船だけだわ。馬車が子供を集める専用なら、島からものを運び出すのは船しかないでしょう。というわけで、これから行って、調べてきます」

 ラリゼルは部屋の南の窓辺に寄り、両開きの窓を大きく開けはなった。


 曇り空を背景に、白亜の王城がそびえている。

 東西南北に高い物見の塔があり、それらの屋根の先端には、境海世界の混沌を表す毒毒しい紫色の旗が風にひるがえっていた。


「待ちなさい、どこへ行く気だい?」

 トイズマスターは慌てて窓を閉めに来た。

「そりゃ、君なら王城のどこにでも入れるだろうが、調査というのは、もっとこそこそしてやるものだよ。ピエロにバレたらリングマスターもすぐに知るところとなる。そうしたら、本当に閉じ込められてしまうよ」

「だって、助けを待ってるだけじゃ、イライラが(つの)るばかりだわ」

「でも、君は王女なんだから、おとなしくしてしていないと……」

 こんな時までお姫さま扱いするなんて!

 ラリゼルはトイズマスターを睨んだ。


「わたしは魔法大学付属学院の学生よ。多次元管理局が局員を養成する学校の生徒がむざむざ誘拐されたうえ、救出を期待するだけで自分では何もせず、ボケッと助けが来るまで待っていたら、帰ったあと恥ずかしくて、クラスメートに会わせる顔がありません!」


 ラリゼルの勢いに、トイズマスターは窓を閉めた後もその場に突っ立っていた。やがて、すっかり毒気を抜かれた顔つきになって、お茶のテーブルに戻った。

「やれやれ、君もすっかり魔法大学の薫陶(くんとう)を受けたとみえる。そのうちリリィーナみたいになるんじゃないかと、ものすごく心配だよ。……王城はとても広いんだ。王の住居であり、別棟にはピエロの宿舎もある。どうしても行きたいのかい?」

「行くわ。お城の中はどうなっているのかご存知なの?」

「ただし、自由と言っても、地下の船着き場に入れるかは保証できないよ」

 トイズマスターは作業台からぬいぐるみの型紙に使っていた厚紙の切れ端を取り、えんぴつで簡単な図を描いた。

「王城の表は女の子たちが住んでいて、夜は舞踏会が開かれるんだ。十七階ある階段や廊下は迷路のようで、あちこちに目には見えない魔法の番人がいる。子どもが迷子になっても危害は加えられずに保護されるけど、どんな場所でも自由に歩けるのは王と、王城専属のピエロだけなんだ。専属でなければ、ピエロも行動が制限されているんだよ」

 ラリゼルは話の途中から、何か使えそうな道具はないか、室内を見回した。

「わたし、迷路は苦手だわ。迷子にならないためには、どうすればいいかしら?」

「私も迷路を作るのは得意だが、解くのは苦手でね。でも、これがある」

 トイズマスターは、サイドテーブルに置いてあった小さなピンク色のぬいぐるみを(てのひら)にのせた。昨日せっせと作っていたのは、これだったのか。

「わたし、蜘蛛(くも)はにがてだわ」

 ラリゼルはちょっぴり首をすくめた。ピンク地に小花模様のまるっこいデザインだが、苦手な蜘蛛にはまちがいない。

「迷宮の案内人アリアドネ・フローラだよ。中身は普通の綿ではなく昼の陽気から引き出した光が詰まっていて、長い長い光の糸を(つむ)ぎ出す。光の糸は道筋の目印になり、迷うことなく出口に案内してくれる」

 アリアドネ・フローラの前脚が一本上がった。ラリゼルに挨拶しているらしい。八つの透明な赤い目がキラキラしている。ボタンではなく、模造宝石のビーズを使ってある。

 ラリゼルは右手を差し出した。ピンク色の蜘蛛アリアドネ・フローラが、トイズマスターの掌からラリゼルの右手の甲へ渡ってきた。光の綿の詰まった足先は尖っていても柔らかかった。こそばゆい感触で腕を昇り、右肩に()まった。

「魔法のパペットなのね。でも、ここじゃ必要な材料がそろわないから、魔法の生き物は作れないって言ってたはずでは……?」

「彼らには、そう言っておかないとね」

 トイズマスターは片目を(つむ)ってみせた。


 魔法のパペットは、魔法玩具の中でも最高技術を用いた傑作だ。

 トイズマスターによって与えられた魔法の擬似生命は時として自我を持ち、幸運にも所有できた子供にとっては守護精霊とさえなり得た。『ぬいぐるみ妖精』と呼ばれる由縁は、そこにあった。


 ラリゼルは胸がわくわくしてきた。

「すぐに帰ってくるわ。脱出するときは、トイズマスターも一緒よ」

 トイズマスターは笑顔で頷き、ラリゼルを玄関まで見送りにきてくれたが、ひとつだけ話しておくことがある、と、背を屈めてラリゼルの目の高さにあわせ、こんな事を告げた。

「ここにいる間は、私には三つの禁忌が科されている。一つ目はここから逃げ出さないこと。二つ目は、君を連れて遊園地の外へ出ないこと。そして、リングマスターの正体を、君を含めた他の人間に喋らないことだ」

 いくら脱出方法を考えても、お互いが人質では、脱出は限りなく不可能に近くなる。ラリゼルの高揚した気持ちはいくぶんか低下した。

「どんな魔法だろうと、完璧な掟などありえないわ。(ほころ)びはあるはずよ。それを探すわ」

「くれぐれも気をつけるんだよ」

 差し出されたトイズマスターの大きな右手を、ラリゼルは両手でギュッと握りしめた。


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