第一話「ドライな変化球」
第一話「ドライな変化球」
貴広の妻は、ドライな女性である。
夫、貴広は仕事に疲れて帰ってくると、決まって「こんな事があった」と妻に話す。
おそらく、貴広としては「あら、大変だったね。」とか、「うんうん、いつもお疲れさま」とか
そんな言葉が欲しいのだろう。ときには、男涙を流したいほど傷つき帰ることもある。
そんな時には余計、愛する妻からのウェットな言葉が欲しいと思うのが、世の男性ではなかろうか。
貴広もマジョリティな夫の一員である。しかし、ドライな妻からお目当ての言葉はほとんど帰ってこない。
野球の世界ではピッチャーとキャッチャーは「夫婦」なんて呼ぶ人もいる。
この場合に当てはめれば、仕事帰りの夫から見れば、キャッチャーが夫でピッチャーは妻だろうか。
ここに投げてほしいと構えるが、構えたところには球は来ない。
「取引先のお客さんが、難しい人でさ~。変なことしてないのに怒られちゃったよ」
渾身のストレートよ!さぁ!ここに投げてこい!
「まぁ、良い人ばかりじゃないから。そもそも、変なこと、あなたはしてるつもりがなくても、相手が変だと思ったら変なんだよ。」
おぉぉ。そこそこのスライダーだな。なんとか捕球できた。
癒しの言葉に捉えられない貴広はまだまだお子ちゃま。
けれど、妻の「その通り」な投球は、貴広にとって取りづらく、扱いにくいものだったが
最近は捕球できるようになってきた。
妻のドライだけれど正論な意見は、自分を大人にしていく。そんな気がしていた。