八話 強盗風味の人たちとお話しよう
さて、衝撃的な初対面から、前世単位で十分ほどが経過しました。
今はお互いに地べたに座りながら、向かい合っています。
しかし当初は大変でした。
こっちが座って話しをしようと言っても、一向に座る様子は無かったし。
なので、ちょっと面倒臭くなって、良いから座れよ、と威圧的に言ったら、直ぐに座り出したけど。
威圧されて座るぐらいなら、こっちが優しい物言いをしている最初に座ってればいいのに。
――竜の眼前に座れというのは、人間には自殺行為に等しいのですが。
あ、そうだったの。
そんな事ことは知らなかったし。
ただ立ち話も何だからって、思っただけだし。
「あ、あのぉ~……」
「ああ、申し訳ないです。ちょっとだけ、考えを纏めてただけですので」
「い、いえ。そ、そんな。こちらこそ、申し訳ないです!」
初対面の人と会話すると、何でニートって「ですます」口調になってしまうのだろうか。
そんな益体も付かない事を考えつつ、相手をほったらかしにしていた事を謝ると、慌ててショタっ子も頭を下げてくる。
しかし六人居るパーティーで、俺と面と向かう一番前が、見た目完璧に後衛なショタっ子とは。
おい、そこの後ろに居る年長者ども。
恥ずかしくは無いのか、恥ずかしくは。
「あ、あのぉ~。余り、睨まないで欲しいのですけれどぉ~」
「いえ、睨んでません。これが普段の目付きなんですが」
「そ、そうですよね。へ、へんな事を言って申し訳ないです」
「人間にはそう見えてもしょうがないでしょうね。なんせトカゲな目ですし」
もしこの場に鏡があったとして、俺が今の自分の顔を見ても、恐らく睨んでいるように見えるのではないかと思う。
なにせトカゲの目というのは、何処か無機質な印象を抱かせるものだからな。
と勝手に自分で納得してるのだが、ショタっ子は俺が気分を害したと思ったのか、ガクガクと震え始めた。
若いのに竜と相対させられて可哀想にと、こっそりと後退さっているヘタレ両手剣士を睨んでおく。
「話が進まないので、本題に入りましょう。それで、彼方たちは何しに巣に入ってきたのでしょう?」
家と言いたい所だったが、屋根も無いしマグマもあるしと、完璧に『巣』な見た目なのでそっちを選択。
「は、はい。あのですね。そのですね」
「落ち着いて。話し合いの最中に、危害を加える事は無いです」
過呼吸気味に言葉を吐き出しているショタっ子に、俺は助け舟を出す積りでそう言葉を掛ける。
無論言葉に嘘は無い。心からの本音である。
これはショタっ子だけではなく、その後ろに居る情けない年長者どももそうだ。
竜になったとはいえ、人殺しはニートには少々ハードルが高いし。
「す~はぁ~。はい、その、ここに来た目的ですよね」
深呼吸をして鼓動を落ち着かせたらしいショタっ子が、真摯な目を向けてくる。
うーん。今世でも性別的には雄な俺なので、余り効かないが。
世の母性本能強めの女性なら、一撃必殺級の愛らしさである。
「僕らは、冒険者と言われる職業で。ここには調査依頼を受けてやってきたんです」
「調査依頼ですか?」
冒険者って、多くの剣と魔法の世界にある、テンプレ的なもので良いのかな。
――大よそ間違っては無いです。ランク的なモノが無く、実績が依頼を受け付ける考慮になっているのが違いです。
ランクがないなんて、色々と不便そうだけどなぁ。
実力を勘違いして、大物狙いであっけなく死亡とかは、実績考慮だから無いのかな。
だからって、依頼を出すほうもランクがあれば分かり易いと思うけど。
――冒険者になる人の下地が大幅に違うので、一律で最下級ランクからスタートというのも、生活が掛かってますし、色々と不便でしょう。
ああ、そういう考え方もあるのか。
そういう世界だと納得すればいいだけだし。
「はい、火山の活動が弱まった事を調べるのが、調査依頼の内容です」
「ふ~ん……あ、御免御免。それで、何で火山活動の調査が必要なんです?」
「それは、そのぉ……」
チサちゃんと会話していたから薄ぼんやりとした返答をしてしまったのを、慌てて言いつくろう様に尋ね返してみれば。
おやおや、ショタっ子が言い難そうにしているではありませんか。
ここは追求ポイントだな。
コマンド的には「ゆさぶる」で「待った!」と声を張り上げる所だ。
「ん。怒らないからいってみ?」
「え、その……理由はですね、鉱石の発掘を、するためです。火山活動が活発だと、出来ませんから」
ですます口調を止めて問い掛けてみれば、つっかえながらも答えが出てきた。
しかし聞いてみるとなるほどねと納得する。
鉱物資源は必要だものね。
剣と魔法の世界だと、武器や防具に金属が必要だから、鉄鉱石に石炭辺りは前世よりも需要ありそうだし。
――火山近くの土地には、金が産出される事が多いので、それを狙っている事もあるでしょう。
ああそういえば、日本も火山国だったから『黄金の国ジパング』と呼ばれるほど、金が取れたって何処かで聞いたことがあったな。
「火山活動の調査ですか。でもこの火山は、今でも活火山ですよ?」
「いえ、その。最近、噴煙の量も少なくなったし、感じる地震の数も少なくなったので、休火山になったのではないかなぁっと」
「噴煙や地震が少なくなったのは、俺が居るからですね。それにいまはマグマの追い炊き中です。でももうそろそろ、良い感じにマグマが煮える頃かと」
視線を火口に向けてみると、表面の黒っぽい溶岩石が下に迫り出しつつあるマグマに熱せられ、段々と赤くなっていくところだった。
それを見て、ショタっ子とその仲間たちが、慌てはじめる。
「どうしたんです?」
「あ、あの。普通の人間は、余りマグマの近くに居ると、死んでしまうのです!」
「ああ、そういわれて見ればそうでしたね。でも、登る時間は無いと思いますが?」
そう、ここは火山の落ち窪んだ火口部。
この山を脱出しようとするなら、ここから上へ登らないと、山裾には降りられない地形である。
「あわわわ、どうしよぅ……」
うろたえる姿も可愛いショタっ子と対照的に、その後ろに居る年長者どもは諦めの表情。
うろたえたところでどうしようもないと言えばそうなのだが。
しかしながら、ここで見捨てて目の前で焼け死んでも困るので、助ける事にしよう。
ニートとしては余り働きたくないが、救命活動は働くに入らないし、人命は優先されてもいいだろう。
「しょうがない、ちょっとうつ伏せになってて下さい」
とのっそりと立ち上がり、体の中に魔力を巡らせていく。
――彼らがやってきた村への直通ルートは、もう少し左です。行き過ぎました。はい、そこです。
チサちゃんのサポートを受けつつ、体を移動して狙いを付ける。
思いっきり体の中で回した魔力を、喉から口へと押し上げる。
そして口を大きく開けば。
カッっと開いた俺の口の中央部が、神々しく光ったと思ったら。
ビーム状の白い光が、山の岩壁に当たり。それを溶かしながら更に奥へと突き進む。
それは岩山を容赦なく穿ちながらも、周りを溶け固めて崩落を防ぐ、竜の吐息という天然のトンネル掘削機。
やがて、遠くの山裾辺りから爆発音が巻き起こったので、放出を止めて口を閉じる。
すると目の前には、壁がまだ赤熱しているものの、一直線に山裾へと通じる、人の背丈ぐらいの高さの一本の洞窟が出来上がっていた。
「ほら、これでいいでしょう。さっさと帰るといいです」
「は、はひぃ。わ、わかりまひた!」
うつ伏せになっていたショタっ子一行は、その洞窟を見るや青を通り越して白い顔色になる。
そして返事をしたショタっ子が、無理矢理仲間を両手で掴んで引き上げると、作ったばっかりの洞窟へと押し込んでいく。
その途端に、バタバタと慌しい足音が。どうやら駆け下りているらしい。
最後に残ったショタっ子が大仰に頭を下げ、さらに俺へと祈りのポーズをしてから、仲間たちに追いつく為に走り出した。
時折、まだ赤熱していた部分を踏んだのか「熱ッ!」という悲鳴が聞こえる。
――彼らの素早さなら、致命的な火傷を負う心配は無いでしょう。
というチサちゃんの答えを聞いて安心した俺は、湧き直ったマグマの湯船に、体を沈み込ませたのであった。