七話 初めての訪問者
この世界に生れ落ちて、早七年が経過していた。
自分の事ながら、竜になってまでなんでニートをしているのかと言う疑問はある。
しかし今ではこう思うのだ。
ニートこそ、俺の天職だったのだと!
と心の中で大声で宣言してみたものの、実際には知的好奇心が溢れすぎて、あっという間に時が過ぎたというだけだったりする。
だって、誰のどんな知識にすらアクセス出来るから、読み物には困らないし。
誰の秘匿している魔法ですら調べられて、竜の魔力で簡単に実現可能だし。
チサちゃんのサポートで、着々と魔力と魔法による身体強化は進んでいくし。
そんなこんなをしていたら、気が付いたら七年経っていたのだからしょうがない。
なに、生れ落ちて七年って事は七歳児ということだ。
前世だったら、学校はあれどまだまだ遊び呆けている年代。
許容範囲内、許容範囲内。
さて今日の俺は、珍しい事に火山の溶岩に浸かっていなかった。
なにせマグマから魔素を取り出すと、何故か冷え固まってしまう。
ここ最近――というかここ一年ほどは、使用する魔法の供給で根元から吸い出し続けていたため。すっかりマグマが冷えてしまったのだ。
つまり今は追い炊き待ちをしているのだ。
因みに追い炊きする前に溶岩に全身を潜らせたため、今の俺の見た目は岩が体中にくっ付いた小さな竜である。
――その姿、岩石竜に見えますから、引き剥がした方が良いですよ。
こんなバリバリに固まった溶岩石を引き剥がすって、かなり痛そうじゃん。
嫌だなぁ……
というか、岩石竜って何。竜にも色々と種類があるの?
――大きく分けて上位竜と下位竜があり、岩石竜は下位竜の更に下位に属します。
じゃあ俺って、そのどっちなの?
――ジョット様は、上位竜の中で中位の赤竜でした。
上位なのに中位とか、あれか、種族的な力の強さか。
ん? それよりも、でしたってどういう事?
というかジョットって誰よ。
――私と繋がっている貴方様がジョット様ですが?
いやいや、前世の名前は梃太だし。
こっちに生まれてからは名前が無いんだけど?
――ですから前世のお名前を使用しておりますが?
ん? ああ、ジョウタからジョットね。
ああ、まあ。名前とかはどうでもいいから、ジョットでいいや。
それで、赤竜でしたの、でしたってどういう事さ?
――了承、有り難うざいます。ジョット様は、生まれてから魔力による身体強化を実践してこられ、順調に位階を上げられております。
ああ、今まで自分に弱体化魔法を掛けた状態で魔力で身体強化したり、肉体を魔法で強固に作り変えたりしてたのはこの為だったんだ。
ということは、赤竜ではなくなったらしい今の俺は、何竜にカテゴライズされるのかな。
――今のジョット様は、紅竜ですね。通常は。
またまた何か変な言葉がでましたよ。
紅ってのは、赤の上位だと分かるけど、通常って何だよ通常って。
――怒らないで下さいね?
怒らないと約束は出来ないけど、怒らない努力はしよう。
――体を高活性させると……桃色竜になります。
はぁ?
なんで紅竜から桃色竜になるの?
なに、ピンクで可愛い感じになるの?
――いえ、ですので怒らないで欲しいと言いましたのに。努力するって約束しましたのに。
い、いやいや。コレは違うよ。
怒っているんじゃないよ。ものすんごい、混乱しているだけだよ。
紅竜だとカッコイイ感じになるのに、何で本気を出したら桃色って可愛らしい色になるのかって。
――仕方が無いんです。この世界の竜は、位階が上がると鱗の色が白に近付くんです。
つまり、位階が上がると赤色が段々と脱色していくってこと?
で、なんで俺が本気を出すと鱗の色が、その、白に近付くの?
――鉄が熱せられると、鈍色から白熱色になるように。竜の鱗も魔力を通すと、真の色が浮かぶのです。
つまり、俺の本当の鱗は桃色だけど。
通常は魔力を外に漏れ出さないように訓練しているから、通常時は紅色って事なの?
――その解釈で合ってます。
はぁ…………
それを聞いちゃうとさ、この岩を剥がすのやめた方が良いかなって思うんだよね。
桃色の鱗を他の人に見せるのは拙いし。
――そうですね。桃色の鱗を無闇に見せるのは大変よろしくないですね。
チサちゃんの許しが出たし、追い炊きが終わって溶岩に入れるようになるまで、剥がすのは無しにしよう。
って考えて一眠りして目を開けると、何故か目の前に六人程の人が居た。
全員、金属板を止め付けた皮鎧を身に纏い。手には剣や槍や杖やらの武器を持っている。
そしてその全員が、何か落ちている物を拾おうとしているのか、屈んで地面を見ている。
何をしているのかと見てみれば、この七年の間で俺が落としたモノ。
成長して脱皮し、剥がれ落ちた鱗。
下から生え出る歯に押し出されて、抜け落ちた小さな歯。
伸びすぎたから、歯で噛んで切り飛ばした爪の先。
そんなゴミを拾って、うひょうひょ言っている。
「ひゃっほー。火山の調査ってハズレを押し付けられたと思ったけどよ」
「そうだな。こんなに竜の鱗や歯が落ちているなんてな。売れば一財産だぜ」
前衛を担当するっぽい、共に男の両手剣士と大盾剣士が鱗に頬を擦り付けている。
人間にしたら垢を顔に塗りつけている様なものなので、思わず顔をしかめてしまう。
その時、顔に張り付いていた溶岩石がピシリと小さな音を立てる。
「しかし竜にしては鱗も歯も小さすぎです。先輩に見せてもらった竜の歯は、この腕以上の太さがありましたよ?」
「いえいえ。これは竜のモノで違いありませんよ。恐らく子竜のものでしょう」
「つーこったよ。ここにゃー、その子竜が居るってこっちゃろー?」
槍を持った少年が自分の細腕を上げてこの位はあったと、歯の大きさを示す。
杖を持った、少し知的な感じのする女性が訂正を入れる。
何も持っていない――いや、腰に短剣を複数刺している少女が、どこかの方言交じりの言葉で危惧するような言葉を投げている。
その短剣少女の言葉に、鱗を持ってウヒョウヒョ言っていた剣士二人が、ピタリと声を上げるのをやめた。
そして何か居ないかと、素早く視線を辺りに巡らせている。
しかしながら、俺の方を二人とも何度も見たというのに、何でスルーするのか。
もしかして俺ってそんなに存在感が無いのか?
それとも、彼らと同じぐらいの大きさがあるとはいえ、子竜の俺では小さすぎて目に入らないと言うのだろうか?
――子竜としては平均的な大きさですよ。
チサちゃん。フォロー有り難う。
「ふぅ~、驚かせるなよ。何にも居ないじゃないか」
「いやさー。そうちゃねーかって、話しだろー。びびり過ぎちゃね?」
「いえその、そこに竜が居ますよ?」
大盾剣士と短剣少女が笑い合いながらそう冗談のように言う傍ら。
最後の一人である、頭にサークレットを付けた、気弱そうな神官ぽいショタっ子が俺の方を指差す。
ほほぅ。つまり俺の存在感が薄いのではなく、他のヤツラの知覚が柔なだけだったか。
「おいおい、指の先には岩しかない……!?」
ショタっ子の臆病さを笑うように、両手剣士が俺の方を向いたので、目と目を合わせてやる。
すると、両手剣を抜いて俺の方に向けてきた。
それに呼応するように、他の面々も武器を構えて俺の方に向ける。
「な、なんで岩竜が居るんだ!?」
「こ、この岩竜が、この鱗と歯の持ち主ってことだろ!」
「だ、大丈夫ですよ。ま、まだ子竜じゃないですか。それに岩竜って最下級ですから勝てますよ!」
大分混乱しているらしい六人は、お互いを守るかのように身を寄せ合う。
しかしこの対応って、竜に対してどうなのだろうか。
竜の吐息か魔法の吐息で一撃だと思うのだけれど。
――下位竜は大抵、吐息攻撃が出来ません。岩石竜よりも下の岩竜に、使える者は皆無です。
なるほど、下位竜相手には普通の行為だったのか。
まあでも、今は湯上りでマッタリしているから闘いたく無いし、会話を試みようかなと思うんだけど。
ねぇチサちゃん。彼らの攻撃で、俺が怪我したりする可能性がある?
――通常時でも、彼らの持つ武器相手では傷が付きません。杖を持つ女性の魔法がちょっと痛い程度ですね。
それぐらいなら我慢しようかな。
俺はニートだから、戦いとかのやりたくない事をしたく無いし。
えーっとうん、この世界に来てから第一人間発見だから、ちょっと友好的に話しかけよう。
「え、え~。こ、ここ、ここに、な何の、よ、よ、用でしゅか?」
……お、思いっきり噛んでもうた!?
しょ、しょうがないんだ。
だって(今世に)生まれて初めて、人に話しかけたんだから!
チサちゃんのおかげで、会話出来るようになったとはいえ、異世界語だし!!
「うおぉ!? 岩竜が喋ったぞ、おい!」
「変異種か!? お宝の山から一転して、絶体絶命じゃねーか!」
「変異種かもしれないとはいえ、たかが岩竜の子供よ。私に任せなさい!」
お、どうやら混乱していたのは俺だけじゃないようだ。
そう安心していると、杖を持った女性から成人男性の大きさほどもある火球が、俺に向かって打ち込まれた。
って、冷静に解説している場合じゃねー!?
――大丈夫ですよ。貴方はマグマに浸かっても燃えない体を持っているんですから。
あ、そうだったね。
と安心した俺の顔に火球が当たって、打ち上げ花火が炸裂したような音がした。
「相変わらずの、高火力だねぇー。やったかねぇー?」
「こ、これならば、たとえ成体の岩竜だったとしても、イチコロでしょう」
「あ、あの、その。急いで此処から逃げたほうが……」
顔の前に粉塵が上がっているので姿は見えないが声から察するに、俺が無事だと分かっている様なのは、ショタっ子だけのようだ。
まあ、その前に「やったか」とか「~としても」とか、生存フラグ立てまくっているから、嫌な予感がしてもしょうがないとは思うけど。
そんなこんなで、目の前の粉塵が落ち着いてくると、俺の視界の先には冷や汗をかきながら武器を構える彼らたちがいた。
「あ、あわわわ。な、なんで赤竜が……」
「ひ、ひぇ。お、俺は攻撃してねぇから。してねぇからな!」
「ちょ、ちょっと、な、なんで私を前に押し出そうとしているのよ!?」
「あぁ、終わっちゃったねぇ。短い人生ちゃったよー」
「あ、諦めちゃ駄目ですよ。力をあわせれば逃げるぐらいは出来ますよ!」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
どうやらあの魔法で、体に張り付いていた溶岩石が吹き飛んだらしい。
そして顔色を青くしたり、人を盾にしたり、盾にされた相手を殴ったり、諦めて座り込んだり、周りを励まそうとしたり、必至に拝みつつ謝ったり。
随分と忙しい。
だけれども、相手が戦意喪失してくれたことは良かったな。
これで話し合いが出来る下地が出来たし。
「あ、あの~」
「ひぇええぇぇ!?」
口を開いて言葉を発すると、押されて一番近くに居た杖持ちの女性が、悲鳴を上げて座り込んだ。
そしてその足の付け根辺りから、じんわりと広がる液体が。
匂いからさっするに、まぁ、そういうことなんだろうけど、見なかった事にしよう。
「それで、彼方たちは何しにこんな所までいらっしゃったんですか?」
混乱する相手を見ると逆に冷静になれるという法則が発動し、今度は噛まずに言葉を掛ける事ができた。
しかし、目の前にいる人たちは何を言われたのか理解できなかったのか、ポカンとした表情を浮べている。
――人間相手に友好的な口調で話す竜は、喋れる中にはほぼ存在しませんので。
あ、そうなの。
ここでは威圧的な物言いの方が竜ぽかったのか。
対応まずったかな。
――大した事ではありません。逆に強者の余裕と受け取られる事もありますので。
それならいいや。
いや、前世からのニートの俺としては、壁ドンや床ドンは出来ても、面と向かって威圧的な態度は取れないしね。
相手に卑屈に下に出て、その後で影で罵るぐらいは出来るけどさ。
――最後の部分は聞かなかった事にします。それでこの人たちをどうするのですか?
ああ、それね。
そうだな。
先ずは再起動してくれるまで待とうかな。