十九話 何故かお呼ばれしてしまいました
お騒がせな竜の一団が帰ってから、三日後の今日。
何故か俺の目の前に、一体の竜が降り立っていた。
「先日の御無礼の数々。ジョット様には御寛大な心を持ちまして――」
真っ黒で艶やかな鱗を持つ竜が、とうとうと前口上を吐き出している。
その態度と体表の色で、何となく執事っぽいなと思ってしまう。
因みに俺は、その向上を相変わらず溶岩風呂に浸かった状態で聞いている。
「――つきましては、本日。貴方様を我が主、ヴェナリの住処にご招待したく。こうして参った次第です」
「ああ、そうなの。その程度の伝言なら、緑玉竜のグリバインに頼めばよかったのに。顔見知りなんだから」
「……かの者はただ今、住処で療養中でして」
ああ、恐らく頼んだ伝言の所為だなと、他人事のように理由を棚上げしておく。
「ここに来た理由は分かりましたけど、ここから出るつもりは無いんですけど?」
「そう仰らずに、どうか我が主の招待をお受け頂きたい」
「実に面倒なので、お断りという事で」
「……いいから来い、ッつってんだろが」
「なにか、小さな声で言いましたか?」
「いいえ、何も言っておりません」
いや、確り聞こえてたし。
やっぱり竜って脳筋というか、相手の力が上だと認識出来ないと、慇懃無礼な態度を取る癖がある様だな。
「いやね、普通に考えてみてよ。襲撃してきた相手の親玉に会えって、無茶言っていると思わない?」
「仮にこれが罠だとしても、それを破壊する実力があれば、気にする事でもありますまい。ジョット様はその実力があると、そう聞いております」
「罠って言っちゃってるよね。それで行くと本当に思ってるの?」
「ヴァリファル様にお会いする絶好の機会でもあるのですが。それを不意にしても良いと?」
「別に会いたく無いし。言い寄って来ているのは向こうなんだから」
「どうすれば招待に応じて頂けるのでしょうか。財宝や豪華な晩餐のご用意は、勿論ありますのに」
「いらないし。平穏な時間が望みなの。だから帰ってくれないかな」
「……では、今回の招待に応じて頂けたら、その時間をお約束するという事でよろしいでしょうか?」
ウンザリと問答を繰り返していると、意外な提案が。
平穏な時間を約束するって、実はニートの俺には結構良い条件なのでは無いだろうか。
口約束だからどの程度の拘束力が有るかは分からないけれど、騒々しさからは離れる事が出来る気がする。
あと、ニートはニートだけど、引き篭りじゃないから、この火山を出るのに躊躇は無いし。
あ、でも、今世の俺はこの火山から出た事なかったんだったっけ。
という事は、もしかしてこれが初お出かけになるのか。
「それで、返答は」
「その条件で良いですよ。じゃあ早速、行きましょうか。目的地は何処なんです?」
「我が主、ヴェナリの住処であるリーマルザイード山脈。その内の一つの広場です」
という事だけど、チサちゃん目的地の広場って分かる?
――この世界の事で分からないことは有りません。
流石、優秀なチサちゃんだ。
「じゃあお待たせするのも悪いので、ちゃちゃっと転移しましょうか」
「はい、畏まり……え、いや。いま転移するのですか?」
「その通りですよ。呼びにここに来るまで時間が掛かったでしょうから、首を長くして待っているはずですので」
「ちょ、ちょっとお待ちを」
「駄目でーす」
転移すると言った途端に慌て出したので、なにか怪しい事でも画策していたのだろうと、問答無用で転移魔法を使う。
勿論、この執事っぽい竜が魔法を抵抗する積りだと分かっているので、魔力を多めに使用する事を忘れなかった。
俺の住処であるブンボルガー火山から、一秒も経たずにリーマルザイード山脈にある指定された広場に転移してきました~。
さてその広場ってどんな場所かと見回す。
どうやら山の中腹に噴火かなんかで出来た、大きなくぼ地を埋め立てた、竜が使う巨大な運動場のような見た目の場所だった。
では景色はと目を遠くに向けてみたのだけれど。
この山は山脈の中ごろにあるのか、周りが山で囲まれていて、余り見通しは良くは無い。
標高は俺の住処の火山よりも高いのか、やや酸素と魔素が薄い気がする上に肌寒い気がする。
常時、溶岩の風呂に浸かっていたから、寒さに弱くなったのかなとちょっと考えてしまう。
――寒さは竜の数少ない弱点の一つです。ジョット様は長所を伸ばす強化をし続け、種族的弱点の克服を後回しにしたので、普通の竜と同じぐらい寒がりです。さらに貴方は弱体化魔法で、耐寒部分も弱くなってます。
となると、実はここって敵地という以外に、俺にとっては相性の悪い土地って事かな。
「は、はおぅ。本当にこの長距離を、転移してしまった」
俺が風景を楽しみ終わった頃、漸く執事っぽい黒竜の思考が再起動した。
なので俺は遠慮なく彼に抱いた質問をぶつける事にした。
「あのですね。ここが指定の場所だと思うんですが、誰も居ないのは何ででしょう?」
「こ、こんなに早く到着するだなんて、誰も思いません!」
「えぇ~~……モブ竜――ヴェリファルの婚約者候補未満たちを送り返したじゃない、転移で」
「それはそうですが、ジョット様お一人で転移させたなど、誰も信じていなかったのです」
いやいや。今世では俺って友達も居ないボッチだよ。
あ、チサちゃんっていう心強い味方は居るけど、生命体とはちょっと違うし。
――確かに生命体ではなく収束情報型知性体です。それと味方ではなく相棒として頂けると。
相棒ね。了解了解。
チサちゃんの万能有能さに、胡坐をかいちゃう相棒だけど、これからもよろしく。
――貴方のサポートをするのが、存在意義ですので。
これからも色々と頼りにしてます。
「あのージョット様?」
「はい、なんでしょうか」
チサちゃんと会話していると、此方を窺うように声を掛けられたので、顔を向けておく。
「この場に既に着いている事を、主に知らせにいってもよろしいでしょうか」
「別に構いませんよ。ここで待っていれば良いので?」
「少々お待ち下さい、直ぐに報告して戻ってまいりますので」
大慌てという単語そのものの慌てっぷりで、大きく翼をバサバサ鳴らし打って、黒竜は何処かへと飛び去っていった。
どのくらい時間が掛かるのだろうかと、丸まって眠る猫のような格好で、俺はその場で寝そべって待つ事にした。
一応敵地という事もあって、眠らずに索敵魔法で警戒しつづけていると、数十匹の竜の塊とそれを先導するように飛ぶ一匹の竜を捕捉した。
漸くかと欠伸が出るほど待たされたので、身体を解す意味合いを込めて全身を伸ばして、竜の一団の到着を待った。
俺が伸びて存在をアピールすると、先頭の竜のスピードが増した。
あっという間に後続を置いてけぼりにするそのスピードに、俺はそれが誰であるのかを察した。
やがて竜の目で視認できるほどの距離まで近付いたその竜を見て、その予想が間違い出なかった事を理解した。
「やっぱり、ヴァリファルか……」
「――――ォーッートー様~~~~!!」
遠くから竜語で叫びながら、ヴァリファルが俺の方へと突っ込んで来た。
薄々そうするんじゃないかと思っていたので、緩衝用に弱い防御結界を離して複数展開しておく。
ヴァリファルはその防御結界を破った反動で、スピードが緩み続け。
俺の身体に触れる頃には、優しく抱きつく程度まで勢いが殺されていた。
「ジョット様、ジョット様ぁ~~。お会いしとう御座いました」
「あのさヴァリファル。前はジョット『さん』って言ってなかった?」
「そんな他人行儀な物言いはもうしません。婚約者候補たちを完膚なきまでに叩きのめしたのですから、ジョット様がワタクシの婚約者で確定で間違い有りませんから」
なんと俺を抜きにして、もうそんなところまで話が進んでいるのかと、俺は驚愕した。
しかし俺のその驚きは、続いて降ってきた誰かの言葉によって、一先ずの終焉を迎える。
「娘の恋焦がれた相手であり、候補予定者を打ち倒した強者と聞いて見てみれば。なんてことは無い紅竜の若造ではないか」
腹の底にズシンとくる重低音ボイスの竜語に、俺はハッとしてその持ち主へと視線を向ける。
真っ白に見えるが薄っすらと青が入った鱗を持ち、二対四枚の翼を持って宙に浮き、王者然とした瞳で俺の事を見る一体の竜。
その容姿と発言から、彼がヴァリファルの父親である青白色龍のヴェナリ、その竜だろう。
彼の後ろにはその配下らしい、大小と色調様々な竜が宙に浮かんでいる。
この時この状態だと、人間の社会では双方の知人――今の場合はヴァリファルが、お互いを仲介するのが普通なのだけれど。
チラリと俺にくっ付いたままのヴァリファルに視線を向けると、何故か微笑まれてしまう。
「お父様にご紹介しますので、偽装を解いてくださいませ」
「偽装って?」
「もう、お惚けになって」
――弱体化魔法の解除と、魔力を押し込めるのを止める事のようですよ。
確かにその状態が真とすれば、今は偽りの姿といえばその通りだ。
そうだな。顔見知りの親に挨拶するんだから、部屋着状態よりも、背広姿状態の方が受けが良いか。
そう判断し、弱体化魔法を解除魔法で打ち消し、魔力を身体から漏らさない様にしていたの止める。
すると俺の体表の鱗の紅が段々と脱色され、薄い赤――桃色というかソメイヨシノな桜色の感じに変わる。
「お父様、こちらワタクシの愛しいお方。桃色竜のジョット様」
「初めまして。ブンボルガー火山に住む野良竜の、ジョットです」
ヴァリファルの発言に沿って、自己紹介をしてみる。
しかし当たり障りのなさ過ぎる自己紹介だったからか、ヴェナリとその配下の反応が薄い。
どうしたのだろうかと首をかしげていると、この場で一番上位であるヴェナリが代表らしく俺に声を掛けてきた。
「……紅竜ではなかったのか?」
「通常時は自分自身を弱体化させてますので」
「何故そのような事を?」
「えーっとそれは、強い竜に成長するのに必要な方法、なので」
チサちゃんのサポート任せでどういう意味が在るのか理解していないので、大まかにふわっとした説明をした。
「強い竜に成長という事は、生まれた時は桃色竜ではなかったと?」
「元は赤竜――だったと思います。直ぐに紅竜になったので、余り覚えてませんが」
赤竜だったのはチサちゃんと接続するまでの間だったし、その期間はどうにか魔力容量が上がらないかと試行錯誤の毎日だったので、あっという間に過ぎた感覚があったし。
実際にニート生活を始めてゆったりした時間を過ごす頃には、もう紅竜だったので間違いでは無いだろうと、勝手に自己完結しておく。
「むぅ、普通の竜は成長し切ってから色が変わるものなのだがな……」
「そうなんですか? それは知りませんでした」
これは本当の事。
子竜というか生まれて間もない幼竜の間は、チサちゃんの前身である幼年用の知識サポートが受けられるのだから、色の変化をしても良さそうなものなのにと思ってしまう。
――先ず生きようとする本能が先に立つので、色が変わるほどに生まれて直ぐ力を求める竜となると、劣悪な環境下で生まれた以外ではかなり稀です。
あれ、それが事実だとするともしかして。
この竜たち、俺の事を戦闘脳だと勘違いしてないか。
――そう見えてもしょうがないかと。
おいおい、それってニートととは、まったく逆方向の評価じゃないか。
あれよ。専守防衛ってやつよ。やったからやり返しただけだからね。
いや、待てよ。
今までの襲撃者たちは大した怪我無く、無事に転移で送り帰しているんだから。
そのレッテルを貼られるのには、未だ実績が足りないはず。
――自分の力に見合った相手では無いので、軽く甚振り遊んで、飽きたから帰したと思われてますよ。
オーノー!
なんてこったい。
俺はそんな危険人物じゃない。
非戦主義で、事なかれ主義な、真性ニートだというのに、理不尽だ!
「何を百面相しているのかね?」
「衝撃の事実に打ちひしがれていただけなので、気にしないで下さい」
「そう言うのならそうしよう。それにしても、キミが紅竜でなく桃色竜だと知れて好都合だった。ヴェリファルの婚約者に問題なく据える事が出来るからな」
「そうなんですか……って、婚約者!?」
うっかりと聞き流しそうになったが、聞き逃せない単語が耳に入ってきた。
思わず大声を上げてしまった。
「そうだ。単なる紅竜如きなら、方々から反対意見が噴出した上に、決闘が頻発しただろうが。なに、キミは桃色竜なのだからその点は問題ない。それに並み居る候補予定者をなぎ倒した実力が認められたのだ、嬉しかろう?」
「いやいや、まだこっちは子竜ですよ。流石に許婚になるのは早いんじゃないかと」
「何を言う。実力を認められた子竜だからこそ、婚約者止りなのではないか。成竜になったら即、番になれるようにとな」
「ふぁ!? つ、番って、まだ早いですよ。そ、それにこんな子竜相手だと、ヴァリファルだって嫌……」
「娘はキミを気に入っている様だが?」
でしたよね~。
ニートの俺の何処を気に言ったのか、ヴァリファルは俺にぞっこんだったのを、弁明の最中に思い出したし。
「いや、ほら。住処が火山なので、ここで育ったヴァリファルには、住み難いかなぁ~って思うんですけど」
「なに多少温かい方が、初孕みの母体としては良いだろう。ここの様に若干寒い方が、肌を寄せ合う機会が増えるので、繁殖行動が捗りはするがね」
「という事は、これからは火山で同居と?」
「番なのに同居せずに、どうやって子を孕ませるの――いやまだ婚約者だったな。まあ子作り可能な段階までは、竜なら直ぐ訪れるから時間の問題だな」
「いえそのやっぱり、まだ結婚――番になるには早すぎると思うんです。ヴァリファルと知り合ったのも、つい最近ですし」
「それならば通うのも一つの手だろう。キミは転移魔法が使えるし、娘は高速移動の使い手だ。距離は問題になるまいからな」
「そもそもですけれど、娘さんが俺と番になるの、反対じゃないんですか?」
「娘が強い固体と番になれるのを、喜ばぬ親が居るわけが無い……キミは我が娘が気に入らないのかね?」
うわぁぃ。睨まれただけなのに、なんだか戦闘形態のヴァリファル以上の力を感じるぞ~。
ここでウンと頷いた瞬間、超強力な竜の吐息や魔法が襲い掛かってくる未来が見える。
しかし彼是と逃げようと理由を付けまくったのに、まったく逃げられる気配が無い。
く、くそぅ。やっぱり前世からのニートは、説得力というか交渉能力が低いという事か。
こういう時は、奥の手だ。
チサちゃ~ん、お助けくださいな~。
――もう諦めて番になってしまいましょう。別にデメリットは有りませんよ?
待ってよ、チサちゃん。
結婚はね、ニートじゃなくても男性にとって、人生の墓場なんて言われてるんだよ。
一般男性よりもスペック低いニートが結婚なんてしたら、墓場を突き抜けて地獄に直行じゃないですか!
――でも、ヴァリファルはかなり乗り気ですよ。よしんばヴェナリを言い包めても、彼女の猛攻に耐えられますか?
……ああ、うん。無理だね。
あれは、ヤンデレ一歩手前の眼だよ。
漫画的表現だと、ぐるぐる瞳で俺の方を見ている感じのやつ。
ミサイル的表現なら、赤外線ロックオン完了して発射を待っている様。
この段階に至ってしまえば、俺に逃走経路が残されている訳は無い。
一時的に転移で逃げる事は出来るけど、住処は知れてる上に、あっちは大群でこっちは単体っていう無理ゲーだからね。
「…………婚約者の件、お受けします」
「そうかそう言ってくれて嬉しいぞ」
「ふふふっ。ジョット様がワタクシの婚約者」
ガックリと項垂れる俺とは対照的に、ヴェナリとヴェリファル親子は大変嬉しそうだ。
ヴェリファルに至っては、うっとりと夢見る少女の瞳で虚空を眺めている始末だし。
「ではこの目出度い日だ、宴会をせねばなるまい。皆のもの、狩場に行き食材を集めてまいれ!」
ぎゃーおぉーっと周りに居る竜たちから、威勢の良い声が出て辺りに響き渡った。
狩場が何処にあるかは知らないけれど、こんな声出したら逃げ去っちゃうんじゃないかと思うのだけど。
それともう一つ懸念材料があって。
「……えーっと、あのー。大変ありがたいのですが、生まれてから殆ど食事をした事が無いので。余り多く用意されても、食べられないかもしれないんですが?」
本当に申し訳無さそうな声をだして、ヴェナリにそう事情を話す。
いやね。前世で食べられない物や量だったら事前に言い、その後に出された物は全部食べろって、幼児教育受けててね。
こういう場合は、場の空気を壊そうとも事情を話す事にしている。
先ほどあれほどまでに盛り上がっていた竜たちが機先を逸らされて、若干しょぼんとしている気がするので、申し訳ないんだけどさ。
「なに、気にする事は無い。宴会では食べきれぬほどの料理で持て成すのが、此方の作法なのでな。仮に大量に残そうと、口うるさくは言わん。しかしだ、食べぬと言うのなら、どうやって生命維持しているのだ?」
「それは魔素で身体の成長と維持をしてます」
「なるほどな。その若さで桃色竜に成った理由に合点がいった……なにを見ているのか、さっさと用意をせぬかァ!」
内緒話の様にこそこそと話し合っていたのだけれど、ヴェナリはじっと動こうとしなかった竜たちに一喝して去らせた。
「ふむ、これでよい。それで婿殿、そこら辺をもっと詳しく教えてはもらえないだろうか。生まれ来る子竜の成長方針に組み込もうと思うのでな」
「それは良い考えです、お父様。ジョット様とワタクシの子供も、早い段階で白へと通じる事が出来るでしょうし」
「ええ、まあ。それ位なら構いませんけど……」
その後に行われた宴会の最中も、ヴェナリとヴェリファル親子の質問に、チサちゃんに教えても大丈夫かを尋ねながら解答を返していく羽目になったのだった。
余談だが、ヴァリファルは今までと同じく、俺が成竜になるまでは通い妻をやるらしい。
その方が「尽くしている気がするのです」との事だ。
順調に依存系ヤンデレの階段を上りつつある気がして、俺は日々を追う毎に戦々恐々の度合いが増えていく気がしている。
次回で終わりです。




