十八話 フラグが自動消滅したと思いきや、別のフラグが(後)
モブ竜たちからの魔法の威力を見て、俺は余裕を崩さなかった。
しかしその魔法が描く軌道を見続けて、この魔法の意味に気付いて少々驚く。
「なぁッ!?」
てっきり俺に向かって放たれると思った魔法は、その全てが火口とその周りの岩へと降り注いだ。
それは辺りの岩を吹き飛ばし、余波で溶岩の表面を波立たせる。
更には御丁寧な事に、俺が浸かっている付近の溶岩を、氷属性の魔法で冷やすという嫌がらせもしやがる。
「あはは、どうだ参ったか!」
その発言に反して、やっている事は単なる情けない嫌がらせだと気が付いているのか。
前世風に変えて想像して欲しい。
銭湯の湯船に浸かっていたら、悪ガキどもが無遠慮にお湯をバシャバシャと手で叩き出したり、冷水の蛇口を全開にされたりし始めたと。
ニートで堪忍袋の緒が脆い俺でも、まあ多少の短時間なら許せるし、その後は怒る事無く良いかと流せるだろう。
しかしそれが延々と続くと、ただでさえ少ない容量の怒りゲージが、急速に増えていく。
「なぁおい。これが竜がやることなのか?」
「溜め込んだ宝を目の前で吹き飛ばしたりの嫌がらせは、相手の余裕な態度を崩させるのに有効な手とされてます」
「……確かに有効な手だな。はっきり言って、ムカつき加減が急上昇中だ」
そうか。そんなに俺を怒らせて、喧嘩をしたいというのなら、その売買契約を成立させてやろう。
ヴァリファルを下した俺の実力を見て、自分の格と言う物を知った方が良いだろうしな。
選択する攻撃方法は、勿論竜ならばお馴染みの竜の吐息だ。
「なッ、回避!」
おいおい、引率の癖に指示を出すなんて、それってどうなの?
まあ、その指示が間に合わなかったけどな。
「「「ぐはああははぁぁ~~~……」」」
俺が薙ぎ放った竜の吐息は、射線上に居た三匹のモブ竜に直撃した。
弱体化魔法を掛けたままの、急速充填かつ高速発射の所為でかなりの低威力になってしまった。
そんな弱攻撃なので、当たってもせいぜい気絶するだけと、チサちゃんのお墨付きがあるため、逆に安心して撃つ事が出来るのだ。
でも真ッ逆さまに溶岩石の地面へと落ちていくのをみて、怪我しそうなので優しく軟着陸するよう、魔法をかけておこう。
「竜の吐息を放って弱っているはず、今が突撃の時だ!」
「残念でした~」
明らかに全力で撃っていないのだから、再発射を前提にしているのだと分かりそうなものなのに。
それでも無警戒に近付いてきたおバカなモブ竜たちを、無慈悲に狩って行きますけどね。
「ぐほほぉぉ……」
「ぐあ、ヤラレタ!」
「ぎゃおおぉぉ……」
一発射一撃墜で連射するのを念頭に、より低火力で、より急速充填で、最速射を続けていく。
口は開きっぱなしのままで、口腔内から竜の吐息の光を次々と放っていく。
俺が攻撃してきた途端、翼を打って回避行動に入るモブ竜たちだが、そのよろよろの動きでは、射線が合った瞬間に放てば面白いように当たる。
「こりゃぁ、七面鳥撃ちだな」
一度口を閉じてニヤリと笑いつつ、挑発の言葉を放つ。
何匹かはその言葉を聞いて、俺に向かってきた。
竜語なのに七面鳥ってよくあったなと、チサちゃんのサポート具合に感心しつつ、その無謀の何匹かのうちの二匹を打ち落とす。
「防御だ、防御しろ。速射なら威力が弱い――!?」
「……お前に当てるのは、最後にしてやろう。だから黙って待っていろ」
リーダー気取りで五月蝿いオルトブルの頬を掠るように放ち、その小五月蝿い口を閉じさせる。
俺の竜の吐息の威力に臆したのか、呆然とした状態になったオルトブルを無視し、残りのモブを全て片付ける。
「ヴァリファル様の許嫁候補予定に選ばれた十一匹の竜が、一分も経たずに全滅ですか」
グリバインは思わずと言った感じで、人の革新を題材にしたアニメ作品の、艦隊司令官のような発言を零していた。
俺が仮にそう指摘しても、こっちの世界だと通じないだろうなと、少し残念な気分になりながら、オルトブルへと向き直る。
「さてお前を最後にすると約束したな。図らずも、そうなってしまったが」
本当はモブ竜を片付ける途中で不意打ちして打ち落として、オルトブルを鼻で笑いながら「あれは嘘だ」ってやる積りだったんだけど。
余りにも余りな鴨撃ちっぷりに、あっけなくモブ竜が落ちてしまったのだからしょうがない。あの時点で、残りのモブ竜は三匹だけだったし。
「く、くそ、防御結界で守っているなんて卑怯だぞ。正々堂々と撃ち合いで勝負してみろ!」
「……卑怯? 撃ち合い?」
「同時に竜の吐息を吐き合い、撃ち勝ったものが勝者という決闘方法です」
首を傾げてみると、グリバインから補足説明が。
ほほぅ、それはなんとも潔い決闘方法だこと。
でも……
「それって撃ち負けた方の頭、爆発散華しちゃわない?」
「決闘とは、命を懸けて行うものですので。当然そうなりますね」
「お、おま、オマエ。もう勝った気で居るのか!」
思わずそんな事になった光景を脳裏に描いてしまって、実に痛そうだなと顔をしかめてしまう。
その表情をオルトブルがどう受け取ったかは知らないが、何故かこちらへエキサイトしてきた。
でも改めて考えると、勝った気というか、負けようが無いんだけれど。
仮に俺が撃ち負けたとしても、彼の竜の吐息は俺の身体の防御力を突破出来ない気がする。
それになりより。
「こちらは二度の変身を残している。この意味が分かります?」
「は、ハッタリだろう。竜の吐息の使いすぎで、バテバテだとこっちは見抜いているんだからな!」
「嘘じゃないですよ」
常時掛けている弱体化魔法を解くのと、その後に身体に魔力を十分に供給する事。
この二段階のパワーアップが残っているのは本当だし。
変身、って言ってしまうと、嘘になるかもしれないけど。
それに、あの程度の竜の吐息の連続発射なんて、軽く火山から魔素を取れば賄えちゃうから、バテるなんて有り得ないし。
まあ、実際に見てもらわないと実感してもらえないかなと、弱体化魔法を解除魔法で解いてみようか。
「ふむぅ……前より強靭になったかな?」
――ヴァリファルとの戦いの結果を受け、成長不足だと判断し、強化成長の仕方をやや変えました。
身体の具合を確かめる様に首を左右に動かしていると、チサちゃんからそんな報告が。
でもさ俺、チサちゃんからそんな事聞いてないんだけれど。
――内容を変更していた事は、ジョット様も御存知のはずですが?
あー、そう言えば、なんかちょっと変わったかなーっとは思ったんだよね。
チサちゃんは悪いようにしないし、従っていれば良いかなって、気にしなかったんだけれど。
――信頼の証だと受け取っておきます。
そうしてください。
いやほんと、手間が掛かるニートで本当に申し訳ない。
「それで、もう一度の変身も見てみる?」
チサちゃんとの御喋りと、身体の確認も終わったし。
オルトブルの方を見てみると、何故か驚愕した様な目付きをしていた。
「……ほ、本当に、変身をしたのか?」
「枷を外しただけ、とも言えるかな」
ニヤリと笑うと、オルトブルがブルブルと震え始める。
怖気づいたのかなと思いきや、彼の目が段々と怒りに染まっていくのが見えた。
「て、手加減していたとでも言うのか?」
「実際、ヴァリファルとやった時は、もう一段階上の状態で相手したから。手加減って言えばそうかも?」
「……ヴァリファル『様』ですよ」
グリバインの訂正が遅れたのは、彼も俺の変化に驚いたからだろうか。
「それで本当に決闘するんですか? 引き返すなら今ですよ?」
「や、やってやる。て、テメェなんて怖くないからなア!」
引いてくれるかなと淡い期待を寄せたのだけれど、どうやら発言の選択肢を間違えたらしい。
オルトブルが切羽詰ったように、俺に向かって竜の吐息を発射する態勢に入ってしまった。
グリバインの方をチラリと見て、本当に良いのかと問い掛ける。
すると何故だか、目を逸らされてしまった。
「よそ見したな、貰ったあぁあ!」
と雄たけびを上げて、オルトブルが俺に竜の吐息を吐きかけてきた。
防御結界――は撃ち合いだから、禁止なのかな?
じゃあと、ちょっと考えて――目の前で竜の吐息が炸裂する光を浴びた。
「勝った……? 勝った。勝ったぞ!」
勝ち誇ったかのように、爆発の煙の向こうで勝ち鬨を上げるオルトブルなんだけど。
そんな彼に残念なお知らせがある。
「いや、当たってないんだけれど?」
「な、な、なん……だって……」
オルトブルが向けた視線の煙が晴れた先には、無傷の竜――つまり俺が居た。
直撃したはずだと驚愕する彼に、親切にも解説してあげよう。
「俺は直撃する寸前。お前の竜の吐息と同威力の竜の吐息を、吐き返していたのさ!」
「相殺した。だから、無傷だっていうのか!?」
「そういうことだ、そしてお返しだ!」
俺は極低威力の竜の吐息を、オルトブルの顔に直撃させる。
するとその威力に意識を刈り取られたのか、オルトブルは他のモブ竜と同じく火山の溶岩石の上へと落ちた。
そして火山の河口付近にて、気絶した竜が死屍累々な様子を一瞥した後で、俺はグリバインへと向き直る。
「それで許嫁候補予定者たちは沈んじゃったけど、まだやる気があったりする?」
「……最終的には当方も討伐に参加する予定でしたが、どうやら勝てそうに有りませんし」
意外な事にあっさりとグリバインは白旗を上げた。
「いいの? 上司の命令だったんでしょ?」
「竜の社会では力ある者が上に立つのが流儀です。今の攻防でジョット『様』は、この場に居る竜の中では頂点ですので」
部下に成り下がったグリバインに、新上司の俺をどうこうする権利が無くなった訳だな。
「じゃあ用件は済んだようだし、お帰り下さい。あ、そこの邪魔なのも持って返って」
「申し訳ないですが、持ち帰れるのは精々二つまでです」
「それじゃらこいつらが起きるの待ちなのか。それは面倒だなぁ」
実際に本当に面倒なので、こっそりチサちゃんにヴェリファルの父親である、青白色龍のヴェナリの居場所を聞く。
意外に遠い場所かつ、魔法抵抗力の強い竜相手の転移なので、魔力が足りるかチサちゃんにお伺いを立てる。
――ほぼ全員が気絶しているので、抵抗されることは無いと判断します。なので容易く可能でしょう。
ほう、それは良い。じゃあ早速。
気絶している竜を全部、娘馬鹿親父認定したヴェナリのお膝元まで運んでやろう。
次々と消えていくモブ竜を見て、グリバインは何故か諦めた様な瞳を浮べている。
「どこに送ったかお伺いしても?」
「そりゃあヴェナリの目の前に。あ、様付けした方がよかったかな?」
「……いえ、今更ですね」
なんか意味深だなと首を傾げつつ転移魔法を使用し続けていると、魔法抵抗にあい魔法が成立しなかった。
意識を失っているんじゃないかと、抵抗した竜を見てみると、オルトブルだった。
「い、いやだ。ヴェナリ様の所へは。野良竜に堕ちたとしても、に、逃げて……」
必至に立ち上がり、逃げようと試みているオルトブルを、魔法力を上げた転移魔法で強制転移させる。
「嫌だ! 止め――」
「……非道ですね」
「殺さないだけでも、ありがたく思って欲しいですね」
転移させた結果、あいつ等がどうなろうと知った事か。
何故暴力を振るいに来た加害者に、被害者である俺が斟酌しなきゃいけないのか。
そんな面倒な事を、ちょっとでも考える積りすらない。
「グリバインも転移魔法で送って差し上げましょうか?」
「……いえ。元気ですので、飛んで帰ります。彼らをボロボロにすれば、ヴェナリ様も落ち着くでしょうし」
「そう。なら代わりにヴェナリに挨拶しておいて下さい。あと、あまり束縛すると娘さんに嫌われますよ、ともね」
前世では、ウゼェの一言で心が折れる父親が多かったらしいからね。
完全に余計なお節介だろうけど。
実際にグリバインは、いやそうな雰囲気を放ってきてるし。
「そ、それは――」
「嫌、なんですか?」
いま転移させるぞと脅すと、渋々納得してくれた。
うんうん。素直に聞いてくれるなんて、何てグリバインは良いヤツなのだろう(棒)。
その後にガックリと肩を落としたグリバインは、空の彼方へとゆっくりと消えていった。
ここに来た当時の速さから察するに、わざとゆっくりと飛んで帰り、時間を稼ぐ積りらしい。
まあどうでも良いかと、俺は慣れない喧嘩をした反動で億劫になり、弱体化魔法を掛け直してから、溶岩風呂に首まで浸かる事にした。
「ああそう言えば、お風呂に浸かりっぱなしだったっけ……」
竜の面目がどうのと言う話もあったと思い出しながらも、うとうとと寝てしまうのだった。




