十五話 今度は同族がお相手ですか
ある日から兵士や冒険者がぱったりと来なくなって、今日で通算一年が経過した。
俺がこの世界に来ての通算だと、十年が経過したことになる。
長らく封印していたこのモノローグを入れるのは、何も人恋しくなって厄介ごとを招こうと言う訳ではない。
ただ単に読み物としての人の記憶が、ここ最近戦争一色に染まってて面白くないからの愚痴なのだ。
俺は前世は余り戦記ものや戦争ものを読んでこなかった。
なにせ喧嘩すらしたことの無いニートの想像力が、どんな大戦争を読んだとしても追いつかないのだ。
ファンタジーの戦闘描写すら斜め読みといえば、どの程度の想像力かは分かると思う。
なのでニートである俺の娯楽が、一気につまらなくなってしまった為、日がな一日ゴロゴロしたり眠ったりするだけで暇なのだ。
人間の世界では大国同士が多数の小国までも巻き込んで、一大戦争を巻き起こしている中で不真面目感が凄いが、俺は暇で暇でしょうがない。
「くあああぁぁぁ~~~~うぅぅ……」
昼寝明けで大欠伸をしていると、流石はフラグ建設の雄であるモノローグさんだ。
早速誰かがやってきたらしい反応が、感知魔法に現れた。
果てさて、今日の客人はどんな人だろうと、感知魔法の情報を洗っていると、不思議な事に気が付いた。
いま、俺の感知魔法は、この山全体を通り越して、麓の村のその先まで覆う事が出来る様になっているのだが。
感知魔法に現れた反応は、麓の村の正反対からやって来ている。
そこには道らしい道は無く。険しい鬱蒼とした山の森が広がっているはずだった。
何かの間違いかと思って感知魔法を再起動させると、俺の魔法発動を感知したらしいその反応が、高速で一直線に俺の居る方向へと進み始めた。
これは人間業じゃないなと、火口から上空を見上げる。
反応は、あと五秒で火口へと到着する。
四、三、ニ、一……
と数えて待ってみると、上空を切り裂くように何かが通過した。
それは立ち上がる噴煙を撒き散らしながら通り過ぎ、そしてターンして戻ってきた。
「人間たちを混乱させた、お馬鹿な同族が居ると聞いて見に来たのだけれど。何よまだ子竜じゃない」
行き成りの悪態を吐いて、翼をバサバサさせてホバリングしているのは、薄青色をした鱗を持つ竜だ。
十年経ってもまだ全長で五メートル程しかない俺に比べて、薄青色の竜は十五メートルはありそうな大柄さ。
ちなみに喋っているのはこの世界の人間が使う共通語ではなく、竜独自の言語だったりする。
これは普通の人間が聞いたら「きゃぅ~、くぐぅー」見たいな声にしか聞こえない、圧縮言語という類の言葉である。
「どちら様でしょうか?」
こっちも竜言語を駆使して、相手に意思疎通を図る。
「あら、一丁前に言葉を喋れるのね。単なる赤鱗じゃないって事かしら?」
雌が使う語尾変化を使っているので、オカマじゃない限りはこの相手は竜の雌だ。
俺が竜言語を喋れるのが不思議なのか、興味深そうに縦長の瞳孔を持つ目を無遠慮に向けてくる。
「ですから、どちら様ですか?」
ニートは全て人の視線に敏感な種族なので、そんな目を向けられると居心地が悪い。
なので不機嫌そうな口調に思わずなってしまう。
「知らないとは蛮勇に通じる、とはよく言ったものね。いいわ教えてあげる。竜がひしめき合い生息する龍朴山に、燦然と君臨する偉大なる水晶竜ハルリィの息子である青白色竜ヴェナリの娘。薄青竜のヴァリファルとは、このワタクシの事です!」
あーあー。なんか固有名詞が沢山出てきた上に、ややこしい自己紹介でどれが誰かが分かり難い。
とりあえず、目の前の雌竜がヴァリファルと言うらしいことだけは、なんとか分かったけれど。
「それで、高貴なお生まれらしい薄青竜のヴァリファルさんが、どうしてこんな何も無い火口にやってきたんですか?」
「先ほど言いましたよ。お馬鹿なアナタを見に来たのだと」
「……おバカ?」
ニートである自分が馬鹿な事に異論は無いけど、態々見に来るほどの馬鹿を晒した覚えは、今世ではとりあえず無いはず。
前世ではネット上に限っては、色々と炎上させたり、逆に過疎化させたりと馬鹿さを発揮して、とある筋では有名だったけど。
「そうです。大王国と皇国の二国間の戦争の火種に油を注ぎ、人々から賢竜と邪竜と両極端に呼ばれる存在を、お馬鹿と称せずしてどう言えと?」
「……油を注いだ覚えが、まったく無いんですけど?」
「本当に無自覚と言うのは恐ろしいわね。大王国には竜牙の剣、皇国の勇者には超機能な魔道具を渡しておいて、全く身に覚えがないと言えるなんて。ねぇ?」
いや、ねぇ、って言われても、それがどうやって油を注いだ事になるのか、全く分からないんだけれど。
こういう時はあれだね。
教えて、チサちゃん!
――大王国では竜に騎士団が認められたと言っていた最中に、皇国では勇者が高機能の見たことの無い魔道具を渡されて、どっちが寄り強く竜に認められたかで、国家間の喧嘩に発展しました。
……いやいや。それはない。
だって、一介の、それも子竜だよ。
そんなのに認められた認められてないって、子供の喧嘩でももう少し高次元だよ?
――国家間の戦争の歴史では、より下らない理由で開戦した事もあります。会合で相手の皿の料理の方が、多く盛られていた等。
うわぁ。それに比べれば、今回はまだましな開戦理由だけど。
酷さはどんぐりの背比べだけどね。
「ふふっ。竜族誕生以来のお馬鹿さんなアナタでも。自分の起こした間違いに気が付いて、口も聞けなくなったようね」
「……ならもう用件は済みましたよね。お帰り下さい」
非常に不本意だが。俺が開戦の一つの理由である事は、覆しがたい理由なので憮然とした口調で言い放つ。
恥ずかしさから、口調が荒くなったわけではない。
勿論、誰も居なくなったら、何てこったいと、のた打ち回る事にするけれど。
「まさか、本当に一目見に来た訳が無いじゃない。ちゃんとした用件はまた別にあるわ」
トカゲの顔で分かり辛かったが、どうやらヴァリファルは俺に笑いかけたようだった。
はてな。どうした事だろうと首を傾げて、彼女の口に魔力が溜まって行くのを察した。
ああこれは、竜の吐息だろうなと当たりを付けて、自分が打っても耐えられる程度の強度で防御結界を展開する。
カッ――――
っとヴァリファルの開いた口から光が漏れた瞬間、俺の防御結界の表面に真っ白な霜が降りた。
結界が反らした竜の吐息ーーに似た魔法の吐息の余波で、火口に沸いていたマグマが冷えて固まり。更に凍りつく。
その威力に少しだけ驚き。そして行き成り攻撃してくるとはと、内心で冷や汗をかく。
「あら。子竜の癖に生意気に、防御結界なんて使えるのね」
「争いは好きじゃないので」
「争いが好きじゃないなんて、ますます竜ではありませんね」
くるるぅ!
っと喉を鳴らしてヴァリファルが魔法を発動する。
魔法の柔らかな光が彼女を包んだのを見ると、どうやら身体能力を底上げする強化魔法を使用したみたいだ。
しかし幾ら魔法で強化しても、この防御結界は破れないだろう。
そう考えていたのだけれど、これもフラグに成ってしまった。
「いきますわよ!」
翼を一つ大きく振ったかと思うと、一瞬にして俺の目の前からヴァリファルの姿が消える。
そして何かにぶつかったかのように、防御結界が大きくたわむ。
その光景に、まさか特攻攻撃かと警戒した途端に、ガラスが叩き割れれるような音がして、防御結界が破砕されてしまった。
結界を破られるという初めての経験に、思わず俺が固まってしまった瞬間、俺の体は溶岩風呂の中から、大きく後ろに跳ね飛ばされていた。
「ぐはぁッ!?」
この竜の身体になって初めて感じる衝撃と痛みに、頭の中は混乱で一杯になり、そして火口の岩壁に体を打ちつけられてしまう。
恐らくは俺の背中が奏でたと思われる、ずしんと重たい物を地面に叩きつけたかのような音。それが近くのはずなのに、少し遠くに響いた気がした。
「あらあら。たった一発で戦闘不能なの?」
バサバサと空を打つ翼の音に顔を上げてみれば、身体の至るところを氷の鎧で覆ったヴァリファルの姿があった。
「身体に氷を纏っての、体当たりなんて……」
「はしたない、なんて言わないわよね。ただでさえ強靭な竜の五体をさらに強化するなんてってね」
そんな事は言うつもりは無い。
良くそんな発想を思いついたと、逆に舌を巻いてしまったぐらいだ。
戦闘回避を念頭に置いて防御を主体にしたニートな俺には、防御を捨てたような特攻戦法用の魔法なんて思いつかないに違いないのだから。
だけどさ。手酷く痛めつけられれば、温厚なニートだって怒らない訳じゃない。
寧ろ、一定以上の攻撃してくる相手には、過剰反応とも言える防衛本能を炸裂させたりするのが、ニートという生き物だ。
「ふふん。まだやる積りですね。竜ならばそうでなくては」
自分の優位が揺るがないと、安全地帯で得物を眺めるようなその姿を見て、腹の底に黒々とした嫌な感情が渦巻いていくのが分かる。
「ぐるぅ……ぐおぉぉおおぉぉぉ!!」
怒りの雄たけびに乗せるのは、魔法効果解除の魔法。
その魔法に晒されたヴァリファルの氷の鎧は、雪が風で吹かれて飛ばされるようにして消えた。
「魔法解除など、もう一度掛けなおせば良いだけの話でしょうに」
無駄な事をと呟いて氷の鎧を纏い直すヴァリファルには悪いが、俺の目的はそっちではない。
「本当に、怒ったからな……」
心の中で吹き荒れる激情を伝えきれない、自分の語彙の貧困さに自身で呆れながら、身体の各場所に身体強化の魔力を流し、更には力を入れていく。
それは俺がこの地で生まれてから一番の力強さを見せる。
何せ、俺の体が内からの力に耐えかねるように、ミチミチと音を立てているぐらいなのだから。
そう、俺が魔法効果の解除で狙ったのは、ヴァリファルの氷の鎧ではなく。
俺自身に常に掛けられている弱体化魔法の方だったのだ。
「あ、アナタ、その格好は……」
俺の鱗が身体から吹き上がる程にタダ漏れさせた魔力に反応し、段々と赤い色が白く薄まっていくのが見えているのだろう。
ヴァリファルは俺が変化する様子を、絶句しながら見ているように見えた。
しかしニートである俺でも、その隙だらけの様子を見逃す事は無かった。
「体当たりのお返しだ!」
素早いヴァリファル相手で、前世から喧嘩をした事のない俺でも、体当たりなら当てられるはずだ。
短距離走のクラウチングスタートを、竜の身体で模して構える。
そして力いっぱい身体に強化魔法を掛けつつ、翼を大きく打ち振るわせた。
その一打ちで火口内に暴風が吹き荒れる事に成るのだが、いまの俺にはそれを気に掛けている余裕は無かった。
なにせもう目前にまで、ヴァリファルの氷の鎧を纏った身体が迫っていたのだから。
「げふッ!」
「きゃああああ!」
今世に生まれて初めて全力を出した所為で、思いっきり出力の目測を誤った俺は、半回転して背中からヴァリファルにぶつかってしまった。
結果、背中から思いっきり衝撃を受けて、思わず変なうめき声を上げてしまった。
だけれどもヴァリファルへと体当たりするという目標は達成できたようで、彼女は悲鳴を上げて山の上空へと打ち上げられた。
「やってくれましたね……」
相手も竜と言うところか、全力でぶつかったのにけろりとした様子で、ホバリングで空中に停止しながら俺の方を睨んできた。
いや一応は氷の鎧に皹が入っているから、ノーダメージという事は無いのだろうけど。
「最初にやったのはそっちだろうに」
枷を外した状態での人生初の自力飛行に、よたよたとしながらも、俺もそう悪態を吐きかける。
そしてこの状態なら、意外とどうにかなりそうだと安心した。
「しかし桃色竜だというのに、紅竜に偽装するだなんて。力を誇る竜にあるまじき行為でしょうに」
「力を殊更に誇ったって、意味なんて無いじゃないか」
そうさ、前世でも今世でも出る杭は打たれるの常識なんだから。
それにニートは無害無力を装って安全を確保し、日々気ままに生きる生物なのだから、偽装するのは当然の行為だ。
「ふん。子竜の癖に賢しらに物を語っちゃって」
「子竜だからといって、キミより物を知らないなんて事は無いんじゃないかな」
「……なんですって?」
おやおや、単なる屁理屈に怒るなんて。
もしかして、仲間内から常識が無いと言われちゃったタイプの竜なのか?
――思い込みが激しく、自己判断で物事を決める癖があります。ここに飛んで来たのも、彼女の独自判断です。
「そうか。どうせお嬢様だからと、周りからちやほやされて、自分は特別とか思っていたんでしょ。それで賢竜や邪竜と特別視された竜を倒して、自分が特別なのは間違ってないって実感する為に、こんな所まで来たんだ」
前世で中ニ病を発症した中高生が、自分は特別だと奇行をしてみたり、誰かを認めさせようと非行に走ったりするのと一緒。
それを力のある竜が行っているだけ。
そうは言っても、その標的にされたこっちにしてみれば、溜まったものではない。
完全なる、とばっちりだ。
態々ニートを相手にするんじゃなくて、もっと健康的で健全的な竜を相手にしろと言いたい。
「う、うるさい!」
そして言い合いを拒否するように直ぐに暴力に走るのも、この時期の典型症状だ。
こっちに向かって、もう一度体当たりしてくる。
それを俺の方からも、体当たりして迎撃する。
激しい音が響き、俺もヴァリファルも弾かれて別れる。
そのときに感じた衝撃は意外と軽かったので、もしかしたら俺って強いのかなと、思ってしまう。
「今度のは、全力ですわ!」
しかしヴァリファルも、竜の吐息か魔法の吐息を直ぐに放とうとしているので、単に竜の身体が頑丈なだけで、錯覚だったと落胆する。
だが、時間の有り余っているニートの妄想力と、チサちゃんのサポート力に、竜の魔力をもった俺には、吐息系の攻撃への対策があるのだ。
「口輪になれ!」
「むぐッ!? むぐむぐぅぅう!?」
俺が魔法を発動した瞬間、口が開けなくてヴァリファルが焦り始める。
つまりは無詠唱高火力が可能な竜の吐息のデメリットーー口を開かないと撃てない事をついて、防御結界を口輪状にしてはめ、口を閉じて開かないように阻害する事で、ヴァリファルの攻撃を無効化したわけだ。
女性に口枷をはめさせたと言い換えると、何やら危ない感じがするけど。
これでもヴァリファルが吐息を放つ瞬間に、目の前に隔絶障壁を張らなかった分、まだ紳士的なのだ。
例えで、もしそうやった場合は、放った竜の吐息が目の前で炸裂逆流し、放った竜の魔力にもよるけれど、最悪顔面が吹っ飛ぶ可能性がある。
ちなみにこんなデメリットと危険があるので、俺は竜の吐息を使用法を彼是探るのは棚上げして、早々に人間たちが使う魔法を学ぶ方へとシフトしたのだった。
無論、チサちゃんの賛同を受けているけどね。
「だけど、竜の吐息が使えないわけじゃないよ」
住処のブンボルガー火山に洞窟を生み出した時も使用したし。
ああ、今回は相手が空中居るから、地上の被害を気にしなくていいので、今の時点の俺が出せる全力全開の竜の吐息をお見舞いしてやろうと思い立つ。
丁度、ヴァリファルは、口輪を外そうと一所懸命で隙だらけだし。
そんな感じで調子に乗って、ぐぐっと口内の奥、喉のあたりに魔力を集中させて圧縮していく。
喉に食べ物が詰まったような圧迫感に、思わず嘔吐きそうになるのを押し留めながら、口を大きく開いてヴァリファルへと向ける。
「ぐぐぅ……やっと取れた、ってッ!?」
恐らく俺の使った防御魔法の口輪を爪で砕いたヴァリファルの目には、大口を開けて今まさに放たれようとしている竜の吐息の渦巻きが見えたことだろう。
「ま、待って!」
嫌だね、と心の中で呟いて、竜の吐息を発射する。
発射した圧力で、俺の体が後方に吹き飛びそうになるのをどうにか制動する。
俺の竜の吐息が直撃したら危ないと分かっているのか、ヴァリファルは自分の体の前面に分厚い氷の盾を四枚作り出した上に、射線上から逃れようとしている。
しかし俺の放った、ごん太ビームに見える竜の吐息は、あっという間に氷の盾を一枚二枚と破壊し、三枚目四枚目も数瞬だけ止まって突き抜けた。
その遅延した時間で退避が成功したのか、ヴァリファルの身体の横で翼の下という至近距離ながら、竜の吐息が通過していってしまう。
通り過ぎた竜の吐息はそのまま上空へと駆け上がり、通った場所を示すかのように空中で弾けるプラズマのレールを描いて、虚空へと消えていった。
「外してしまった……」
まさかこんな威力が出るとは。
外れて良かったような、当たらなくて残念なような、不思議な気分だ。
「はず、外してしまったじゃないでしょう。こ、殺す気だったでしょ!」
「そっちだって魔法の吐息を放ってきたじゃないか。それに」
「それになんですか!」
「いまは生きているんだから、それで良いじゃない」
鬱憤も大分晴れたので、誤魔化す意味も込めてニッコリと笑いかけてやると、失礼な事にヴァリファルは俺の方を見ながら絶句していた。
なんだ、こっちの世界には「死ななきゃ安い」って言葉は浸透していないのか?
「ふぅ……お馬鹿お馬鹿と聞いてましたが、大馬鹿だとは……」
首を傾げた俺をみたヴァリファルは、何かを納得したようにそう呟いている。
しかし馬鹿から大馬鹿にクラスアップさせるなんて。
「もしかして喧嘩売っている?」
「ち、違うわよ。ちょ、ちょっとだけ口が滑っただけ」
青白い鱗なのに、ヴァリファルの顔面が真っ青になったように見えた。
だけど失言する位は誰でもある事。
前世では失言に、空気が読めてないってバッシングされる事もあったが、失礼な俺は空気は読めるニートだというのに。
それは良いとして、自分がされていやな事は人にはやらない事が信条なので、優しい俺はスルーして上げるのだ。
今さっきみたいに、竜の吐息をやり返すのはどうなんだって?
それはそれ、これはこれだ!
……ごめん、実は思いの外強くなってたので調子に乗りました。
「それで、まだやる積り? こっちとしたら、もうこういうのは十分なんだけれど」
はっちゃけた気恥ずかしさから、ついつい早口で怒ったような口調に。
「うぅ……しょ、しょうが無いから、今日はこの位で勘弁してあげるわ!」
「ん? 今日は、勘弁してあげる??」
「い、いえ、その……ごめんなさい!」
ちょっと聞き返しただけなのに、ヴァリファルは言葉を残して逃げてしまった。
しかもなりふり構わない全力飛翔で。
「ふぅ……ああもう、今日は疲れたなぁ……」
竜の目でも追いきれない程に遠くに言った事を見届けてから、俺は重々しく溜め息を吐き出しつつ、溶岩風呂にゆっくりと身体を浸からせる。
そして消したままにしていた弱体化魔法を、自分の体に掛けていく。
「あ痛ッたたた。無茶をした反動かなぁ……」
日頃余り運動をしないニートなので、全力運転した身体に痛みが走る。
我慢できないほどの痛みではなく、軽い筋肉痛と同じく体を動かすとピリッと来る感じ。
これには回復魔法を使った方が良いのか、それともこのままの状態で、溶岩風呂に浸かって収まるのを待った方が良いのか。
――強化回復する方法があるので、それの使用を強く推奨します。
ああ、ハイハイ。
今回はチサちゃんの言う通りにして成長していたからこそ、ヴァリファルを退けられたからね。
無茶を言わないのなら、その方法を取る事にしますよ~。
あと、何てこったいと、のた打ち回るのはーー身体が痛いので、明日にしよう。
そしてそんな事があった翌日。
何故かまた、ヴァリファルがやってきた。
「何の御用でしょうか?」
「あ、あのですね……」
今回は争う積りは無いのか、溶岩風呂に浸かっている俺の直ぐ側の岩場に降り立って、大人しくしている。
しかし俺が用件を尋ねると、急にモジモジし始める。
全長十五メートルはある巨体でそういうことをすると、対比的に俺の三倍の体積だから、巨大な蛇を間近で見たような怖さを感じる。
「……用件が無いならお帰り下さい」
「いえ、その。用件はあるから、待って!」
身の危険を感じて、こっそりと溶岩風呂の中を移動しようとすると、ヴァリファルは慌てたように呼び止めにきた。
もう一体何なんだよと、引きかけていた身体を戻して、彼女の顔をじっと見る。
するとトカゲ面を百面相させて、終いには目の下――頬かな、を赤らめさせて熱っぽい視線を向ける。
その視線の意味にはてなと首を傾げていると、ヴァリファルは目をぎゅっと瞑って、口をくわっと開いて一息に言葉を放ってきた。
「ワタクシと付き合って下さい!」
その発言に、俺の思考回路が停止した。
余りにもニートである俺にとって、なじみのないフレーズだったからだ。
「……ショタコンは無いわ~」
そして思考力の余力動作で俺の口から出てきたのは、今世の自分の年齢を考慮したそんな言葉だった。




