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十四話 勇者一行とお話中

「どうぞ掛けてください。クッションが無いけどね」


 溶岩石を魔法で円卓と椅子の形に変化させたのを、話し合いをする事になった勇者一行に勧める。


「あのー、本当に彼方があの竜ですか?」

「目の前で変化してみせましたけど?」


 勇者一行の神官風衣装の女性の疑問に、俺は小首を傾げる。

 無論この首は竜の長い首ではなく、人間形態である少年の細首だ。

 俺のそんな仕草を見て、彼女は何故か納得がいっていない表情を浮べている。

 手も足も出なかった相手が、こんな年端も行かないような姿を取っているとなれば、そういう表情を浮べるのも理解できなくは無いとは思うけどね。

 というより、竜の姿だと怯えたり警戒したりで話にならないから、わざわざ人化したというのに、何という態度か。


「この姿形なんてどうでも良いでしょう。用件は素早く済ませるに限りますよ」


 でも俺は気が付いてませんよと言う風を装って、真っ先に自分で作り出した椅子の上に座る。

 勇者一行に椅子の高さを合わせたので、俺自身は椅子に飛び乗る羽目になったのは、ちょっとした誤算だったけれど。

 俺が先に範を示したからか、勇者一行も思い思いの場所に座り始める。

 戦闘と同じ位置に座るのかと思いきや、勇者ソゥラが俺の目の前に、その横には神官風の女性が。

 残った斥候少女と女騎士は俺の隣の席に座る。

 この席順の意味する事は、勇者が俺の問答の相手で。

 俺がもし実力を行使しようとした場合、斥候少女と女騎士が真っ先に対処するという事だろう。

 真っ先に俺の対面に座った勇者が、そう思っているかはちょっとだけ怪しいけれど。


「それでですね。ずばっと確信部分から尋ねますけど、どうして殺そうとしてきたんです?」


 本来なら茶の一杯でも出して、雰囲気が落ち着いてからの方が良いのだろうけれど。

 申し訳ない事に、俺は飲食物を出す魔法を学んでいないのだった。

 なにせ、俺個人は竜になってから飲食物が必要なくなったからな。


「それは、色々と事情があるんですが。強いて言うなら、皇帝の命令だから。でしょうね」

「皇帝って言うと――」

――ノースレッシュ大王国の隣にある、ガワンペラード皇国の王の事です。

「がわんぺらーど、って所だよね?」


 チサちゃんのサポートを、さも俺が知っているかのように口に出す。

 勇者たちがチサちゃんの声が聞こえないからしょうがないんだけれど、個人的に他人の成果を奪った様な気がして、酷く罪悪感があったりする。

 なので心の中でごめんなさいすると、チサちゃんは『――問題ありません』と返してくれた。

 マジ、チサちゃん。雌の生命体なら嫁にしたいほどの、良妻賢母っぷり。


「そうです。僕たちはそのガワンペラードに所属する勇者と、その仲間たちなんです」

「だから皇帝の命令を聞かなきゃいけないって言うのは分かるけど。どうしてこんな所まで、一介の子竜の討伐に? 大王国は兎も角、皇国に迷惑掛けた積りは無いんだけれど?」

「……確かに、直接的な迷惑は掛けられてませんね」


 その遠まわしに命を狙われるのは俺の自業自得と言いたげな勇者ソゥラの言葉に、思わず眉の間が寄ってしまう。

 俺の不機嫌さが伝わったのか、ほんの少しだけ斥候少女と女騎士が腰を浮かせて警戒した。

 

「身に覚えが無いのも無理は無いでしょう。なにせ竜である彼方が、人間の社会をどうこうという思惑は無かったのでしょうし」


 俺が不機嫌になったのを勇者ソゥラも感じたのだろう、俺の所為ではなく人間社会の受け取り方の問題だと訂正してきた。

 それを聞いて、前世の人間社会の複雑さを知っている身としては、そういう事があるよなと納得する。


「それで皇国が問題視しているのって、結局は何なの?」

「大王国に竜牙の剣が献上された事です」

「……待って。献上なんか、こっちはしてないよ。勝手に向こうが抜けた歯を持って帰っただけだよ」

「試練を突破した見返り、ではありますよね」

 

 そこまで聞いて納得する。

 要するにアレだろ。

 勇敢に挑んできた騎士団の栄誉をたたえ、竜牙の剣を授けよう。って感じのイベント扱いに、あのことを改竄されたわけだ。

 真実の一割ほどを抜き出して、残りの九割を嘘で塗り固め。これが国の見解ですってやるのは、前世でも今世でも同じらしい。

 こんなんばっかりしているから、人間世界の政治は魑魅魍魎の世界だって言われるんだよ。


「竜牙の剣の素材を渡したのは、事実だと認めるけど。それがどうやったら、皇国の問題に繋がるのさ?」

「大王国と皇国は表面上は仲良くしてますが。常に水面下では主導権や利権の奪い合いを行っているのです」

「それがどうしたの?」

「竜牙の剣は、竜がその国の軍事力を認めたという扱いがされ。それは軍事力をちらつかせた交渉に、一定の箔を付ける事になります」


 ここからは国の情勢に詳しいらしい、神官風の女性が説明してくれた。

 これは前世で、核兵器を持っているか持っていないかで、国際交渉力に一定の箔付けがされた様に。

 交渉の場で意見が決裂し、軍事力をチラつかせて要求を飲まそうとした時に、明確な基準を示せる方が強気に出られるって事なのだろう。

 騎士団や魔法使いがどれ程の規模居るとか言うより、竜に認められた証の剣一本の方が明確だし、持ち運びが便利で実物を楽に見せられるし。

 

「それでも、大王国の領内に入ってまで、子竜を殺しに来るのは逆恨みというか、余りにも短絡的じゃない?」

「いいえ。私たちが勇者一行とは言え、一介の少人数パーティーで討伐可能な程度の竜からの贈り物なら。弱い竜に軍事力を認められても無意味と、言い退ける事が出来るのです」


 ここまで聞いてきた皇国の事情は、ニートな俺からしたら面倒臭いなオイという一言に尽きる。

 前世では社会進出にすら失敗したのに、その上位互換である政治の世界の理屈など、俺からしたら支離滅裂にも程があった。


「皇国の事情は良く分かりました。しかしよしんば討伐したとして、それで彼方たちに何か利点があるんですか?」


 確かに命令されて俺と対峙したのだろうけど、彼らからは何が何でも討伐しようとする気概は無かったように見えたのだ。

 皇帝の命令至上主義者なら仲間の命を犠牲にしてでも、俺を討とうとしたはずだ。

 もしそうなら今なんて、至近距離に居るんだから暗殺か自爆しようとしても可笑しくは無いし。

 しかし勇者ソゥラは事ある毎に仲間の命が大事そうな行動をするし。その仲間たちも勇者ソゥラの事が大事そうだったしなぁ。

 最終局面では勇者が迷わず命と引き換えに仲間の助命を頼んだし、今も俺が何か動きを見せる素振りをする度にお互いを守ろうとしてるし。

 どうにも、命令だけでここまで来たという気がしなかった。

 

「竜を討伐した暁には、僕個人の問題の解決を約束してくれたんですよ」


 ここからは再度勇者ソゥラの番らしい。

 しかし彼個人の問題と言い放った瞬間、彼のお仲間の機嫌が著しく下降した事に、彼は気が付いたのだろうか。


「僕はそもそも、この世界の住人では無いんです。こことは別の世界から飛ばされて来たんです。その際に元の世界では持って無かった特殊技能に目覚めたり、皇国内で人助けや魔物退治をしていたら、何故か勇者と呼ばれるようになってしまっていて……」


 気が付いた様子も無く独り語りを始める勇者ソゥラ。

 どうやらこの青年は、俺の前世で言う所の『異世界転送チート系勇者』な立ち位置らしい。

 そもそも人の良さそうなイケメンで、ハーレムっぽい仲間を侍らせていながらも朴念仁ぽいとは思っていたけれど。

 まさか本当に、前世の小説なりに出てくる主人公様とは思わなかった。

 となると、本当にまさかだけど。


『もしかして、君は日本人なのかい?』


 某竜退治の初代主人公な鎧の兜の隙間から覗く黒髪と黒い瞳を見て、まさかと思いながら日本語で話しかけてみる。

 するとビックリしたように、勇者ソゥラは目を見開いて俺の方を見つめてきた。


『あ、彼方も、日本人なんですか?』

『人ではなく、前世の記憶がある竜だけどな』

『あ、そうでした。竜でしたよね……』

 

 しょぼんとする勇者ソゥラに、俺は日本語で気にするなと伝えた。

 行き成り聞きなれない異言語で話し始めた俺たちを、勇者ソゥラの仲間は困惑したような瞳を浮べていたのだけれど。


「こっちの世界の言葉に戻すけれど、という事は君の名前はソゥラではなく」

「はい。ソラ=ホシワタリ――いえ、星渡宙と言います」

「で、元の世界に帰る方法を探して、知っているという皇帝の命令を受けたと」

「うッ……はい、その通りです」


 この見た目も手伝ったのか、元の世界と繋がりのある人物を殺そうとした事に、急に罪悪感を覚えたように、ソゥラ――宙くんは項垂れてしまった。

 前世ではよく物語り上で読んだ内容なので、別に気にしなくてもいいのにと、自分本位なニートの俺にしては寛大な気分になっている事に、自分自身で驚いた。

 恐らくは、同郷の人物を見て、長い間会ってなかった友人に出会った時のように、気分が高揚しているのだろうと結論付ける。

 まぁ、前世でもニートな俺に友人なんて、片手で数えられる程しか残らなかったんだけど。

 一瞬、暗い過去を思い出しかけて、慌てて思考を切り替える。

 宙くんの身の上話が創作の物語りと同じなので、実は皇帝は帰る方法を知らないって言うのが、お話のテンプレなんだけどなと考えてしまう。


――皇帝は帰還方法を知りません。皇国内にも知っている人は存在しません。

 チサちゃんの答えを聞いて、やっぱりだなと納得してしまう。

 年中政治に頭を捻っている連中が、異世界から人を呼び出す方法を編み出しはしても、異世界に帰す方法なんて確立する積りは無いとは思っていた。

 なにせ送り帰すぐらいなら、不必要に成ったら消すと方針を決めていれば、帰還法を生み出す手間も労力も金もかからない、というのがテンプレなのだから。

 そんな残念なお知らせを宙くんにする前に、個人的な興味としてチサちゃんに帰還方法は無いのかを尋ねてみた。


――目的地を設定した異世界間移動には、多大な魔力が代償として必要です。この火山を枯らす程の魔素を集めれば、貴方なら可能かもしれません。

 なぜかチサちゃんは俺が自分自身に使用するかのような物言いをしてきた。

 いや、確かに前世の物質文明に焦がれる事はあるけど。ここの生活を投げ出してまでは、前世の世界に行く積りは無い。

 なにせ一日中ゴロゴロするニート生活を送っても、こっちでは誰も文句を言わないしね。

 とまあここまでで知った事実を、色々と誤魔化しながら宙くんへと伝えてみた。


「……あはははっ。そうだよね、そんな甘い話がある訳無いよね」

「ソゥラ、元気出して」

「そうだぞ。魔力さえどうにか出来れば、帰れるって分かっただけでも良かったじゃないか」

「私たちは、ソゥラを帰してみせます」

「みんな……」


 落ち込む宙くんを勇気付けつつ、決意を新たにする勇者一行。

 それを蚊帳の外に置かれた状態で見ていた俺は、ちょっとした思い付きが出来るかをチサちゃんに尋ねた。

――可能ですが、それに何の意味が在るのでしょう。

 帰りたい欲求の慰めにって感じだね。

 チサちゃんのサポートを受けつつ、俺は溶岩石の塊を足元から取り出して、それに魔法で加工を加えていく。

 余分な部分は削ぎ落とし、変化させる部分は変化させていく。

 最後に魔道具を作る要領で、魔力の通る回路を中に刻めば出来上がり。


「ふぅ、ニートなのに仕事してしまった」


 ちょっとした敗北感を感じながら、手の中で出来上がったものを眺める。

 それは真っ黒な板の上にガラスのような透明な板をはめ込んだ物。

 つまりは前世の情報端末機械を中身共々模した、欠けたリンゴが描かれてそうな見た目のスマフォ型魔道具だった。


「そ、それって、もしかして……」

「プロバイダーの設定しないといけないから、ちょっと頭出して」


 対面に座っている宙くんの頭に、身体を伸ばして手を当てて、彼がどの時間列の何処の日本に居たかを読み取る。

 その情報を逆の手に持ったスマフォ魔道具へと、魔法で書き入れていく。


「ほい、これで君の居た世界と繋がれるよ。操作法は同じだけど、電力じゃなく魔力充填方式だからね」


 電源ソケットの位置に指を当てて魔力を流すのを、目の前で実演した後で手渡す。

 それを怖々といった手つきで受け取って、指をゆっくりと這わせていく。


「こ、これ、電話だけじゃなくて、ネットにも繋げられるじゃないですか。い、一体どうやって?」

「説明するの面倒なので、不思議パワーとでも思っておいて」


 実際に作った俺ですら、そこのところは曖昧なので、聞かれても困ってしまう。

 大半のがチサちゃんのサポートから得た知識を、サック&ダンプで成り立っているしね。

 万能の合言葉、異世界ファンタジー万歳、で納得すればいいと思う。


「ねぇねぇ、ソゥラ。それって何なのさ。なんか随分と扱い慣れているようだけど?」

「ああ、これは僕の居た世界に似た機械があってね……ほら、これが前言っていた銃の画像だよ」

「ソゥラ、ソゥラ。お菓子の画像は無いのですか。あの、ミルクレープというケーキがあると」

「待て待て。ここはソゥラの居た地元の風景を見るのが先だろう」


 すっかりとオモチャを手に入れた幼子の様子で、四人仲良く片寄せあって、きゃっきゃとはしゃいでいる。

 いや、良いんですけどね。喜んでくれているんで。

 でも、もう何というか。俺の真面目ゲージは売り切れなので、もうそろそろ帰って欲しい。

 そんな俺の願いは空しく、四人がスマフォ型魔道具の熱狂から冷めたのは、太陽が中天から進んで地平線へと隠れるまで続いた。

 しかも彼らが帰る時には、皇国の中でも僻地な村へと、俺が転送する羽目になったので、今後暫くはダラダラと過ごしたいと切に思う。




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