十三話 異世界のテンプレは竜と勇者の戦闘ですか?
王宮からの使者だった騎士団を王城に送り返してからと言うもの、何故かパタリと冒険者たちが来る事が止んだ。
それを少しだけおかしいなと思いつつも、静かに生活出来る事に気にしないようにしていた。
そもそもあの調子で冒険者が頻繁にやってくる様なら、火口をぐるりと囲むように結界で隔離しようかなと、本気で考えていた矢先だったので。この状況は、俺個人的には大変好い感じだ。
なので今日も今日とて、異世界ネット検索で面白そうな他人の記憶を読みながら、チサちゃんの指定する方法で身体を強化している。
今日の読み物は、あの竜牙の剣を上げた冒険者のその後のお話である。
どうやら彼はそれなりに名の知れた冒険者だったらしく、剣を手に入れてからと言うもの、俺以上の引っ切りない頻度で腕試しを挑まれているのだ。
更にはその腕試しで勝ったら竜牙の剣を寄越せという挑戦者が多いらしく、そういう人たちは見合った物を賭けなければいけない様にしたそうだ。
戦績は今読んでいる部分までだが、危なげなく全勝している。
それこそ何処の俺TUEEE系のお話かと言うほどの、危なさの無さなのだ。
その圧勝の影に、俺が作った竜牙の剣の活躍があるからこそ、俺はこの物語を読み続けているわけなのだけれどね。
いやー、どんな剣を相手にしても一刀両断出来るのだから、流石は俺の牙で作っただけはあるよね。
――防御結界を使用してください。
おや、変な訓練のオーダーがチサちゃんから。
まあチサちゃんの指示に従っておけば、身体強化プランは完璧だからね。
ちゃちゃっと、自分の出来る最上級の防御結界を張る。
勿論無駄に大きく張る必要性は無いので、俺の竜の体に添った形ながら一回りほどの大きさで展開する。
するとコンマ秒も置かずに、防御結界の表面を雷が舐めていく。
それに少し遅れて、雷の鳴った音がこの火口内に木霊した。
それを間近に見ていた俺は、突然の事に目をぱちくりさせてしまう。
別に雷に驚いて目を瞬かせた訳ではない。だってこの山の上空は、噴煙の関係で常時パリパリと雷の音がしているぐらいなのだ。驚くわけが無いじゃないか。
では何に驚いたのかと言うと、件の雷が俺の方に直進してきた事。
そういう事もあるだろうと思うかもしれないが、すり鉢状の底に位置する火口まで、雷が到達する事はほぼ無いからだ。
大体はここに来るまでに、すり鉢の側面に当たる部分の岩に落ちるし。
加えて、もし自然の雷だとしたら、チサちゃんが俺に防御結界の展開を要請する事は無い。
この鱗はそんな程度で、焦げたり感電したりはしないのだ。
なのでこの雷は、誰かの――目の前に居る青年の攻撃という事なのだろうと結論付けた。
「チッ、奇襲は失敗か」
何時の間にやら目の前に居た青年は、背負った剣を鞘走らせて抜き、俺の方へと向けてくる。
その顔の造詣は、前世でとあるアイドル事務所にスカウトされても可笑しくは無いほど整っている。
しかしその身体を包むのは、煌びやかな衣装とはかけ離れた、某竜退治の初代主人公の様な全身野暮ったい鎧姿だった。
「ちょっと、何で先走っちゃうかな!」
「そうだぞ。お前の隣には、このアタシが立つのだという事を忘れるなよ!」
「皆さん、何時もの調子なのは安心しますが。竜が相手という事をお忘れなきように!」
彼の後ろへと上空から飛来し、着地してくる三人の女性。
文句を言いつつ青年の左隣に陣取ったのは、短く髪を切り揃えた少女。皮鎧でスレンダーな身体の要所要所を覆ってはいるが、その姿はホットパンツにチューブトップブラな格好に似た、大胆に肌が覗く軽装で、腰には鞭や短剣などを挿している。その姿から察するに、ファンタジー内職業での盗賊や斥候と言った所だと思う。
青年の右前に足を踏み出したのは、頭を兜で覆った二十代の女性。見事に鍛え上げられた身体を誇るように、なんとも大胆なビキニアーマー姿である。思わず損な防具で色々と大丈夫なのだろうか、と心配したくなる。手には大きい盾と剣を持っていることから、兵士や剣士もしくは騎士という職業だと予測する。
最後に三人の後ろにやや離れて立つのは、サラサラの長い緑の髪を持つ女性。大きくゆったりとした白布で作られた服を着て、手には装飾過多な造詣の杖を持つという、見るからに神官職だと分かる格好をしている。その服越しにも分かるように、豊満な肉体を持っていて。普通の人間の男性ならば、一目見た瞬間に生唾を飲み込む――それは言いすぎだけれど、少々歳を取っている感じもあるし、割合的には十人中八人程度は目を奪われるだろう。
とまあこんな感じの一人の青年に三人のお供の女性の組み合わせで、異世界の物語に出てくるのはというと、もう決まったようなものだ。
「ハーレム勇者が何か用ですかー?」
前世からモテたためしのないニートな俺の口調が、思わず四人の姿を見た途端に険を含んだ物になってしまった。
そんな不機嫌な様子が相手にも伝わったのだろう、あからさまなまでに俺を警戒し始める。
「フンッ。誤魔化そうとしてもそうは問屋が卸さないぞ!」
「そうだぞ、この世界に仇成す邪竜め。勇者様が成敗しちゃうんだからな!」
全身から正義は我に有りと宣言するかのように、自信満々な様子で俺に紫電が走る剣を向けてくる。
彼に追従して発言するのは、お調子者らしさが口調に出ている斥候少女。
成敗されちゃうのか、怖いなーと考えつつも、視線は剣を向けている青年に。
それにしてもどうやらこの青年は本当に勇者らしい。
雷の魔法とか使えるのだから、それっぽいなーとは思っていたが、まさか本当にその通りとは。
「でも取り合えず、戦いを挑むのなら試練を受けてもらわないとね」
「ぐおぉぁ――!?」
「きゃぁ――!?」
「はぁう――!?」
はい、何時も通りに弱体化魔法を掛けてあげましょう。
すると勇者は土下座するように、斥候少女は尻餅を着いて寝そべるように、女騎士は盾の重さに引っ張られる用に横向きに倒れてと。三人はそんな面白い格好で地面に這い蹲った。
意外な事に無事だったのは、一番体力が無さそうな神官風の女性だった。
この弱体化魔法は、一律で幾つ下げるのではなく、割合で下げるタイプなので、総体数が少なければ引かれる割合も低いのは当たり前か。
「この魔法なら解除可能です。ここに発動している全ての魔法よ、その効果を全て魔素へと還元せよ。魔法解除の法!」
と納得していたのは俺の勘違いだったらしい。
どうやら神官風の女性は魔法使いでもあったようで、俺の掛けた魔法を対抗魔法で消しそうとしているのだから。
つまりはあの女性は、俺の魔法へ対抗するために魔法を予め掛けていたか、もしくは単純に魔力での抵抗に成功したのだろう。
「助かった、これで戦え――!?」
自分に掛かっていた魔法が消えた事を実感したらしい勇者が、俺の方を見て何故か顔色を青くする。
一体どうしたのだろうか?
――広域対抗魔法で、貴方が自身に掛けていた弱体化魔法も解除されてます。
ああ、なるほどね。
つまり弱体化してない俺の威圧感に参ってしまったと。
ふふふっ、へタレニートの俺が誰かを怯えさせられるなんて、これは完璧にチサちゃんのサポートのお陰だな。
――成長プランに齟齬が出るので、早めに再度弱体化魔法を掛ける事を推奨します。
はいはい。チサちゃんのいう事は絶対デスヨっと。
「なッ。まさか、その状態でも俺に勝てると言うつもりなのか?」
ちゃっちゃと自分に最大級の弱体化魔法を掛けた途端、何故か勇者が変な事を言い出し始めた。
いやいや、そういう積りでは無いからね。
そう言葉で訂正しようとする前に、ブルブルと身体を震わせていた勇者が、徐に俺の方へと飛び掛ってきた。
「その傲慢さがお前の命取りだ! 食らえッ! サンダーヴォルティハンドスラッシュ・ハイアンペア!」
「勇者を援護だ! 檄・真奥翔斬覇断剣!!」
「サポートします! 仲間の戦いに祝福あれ。戦果をこの手に掴むために。戦闘効果増加の理!」
「状態異常を引き起こすのは任せろー!」
斥候少女の言葉の後に、魔法効果が追加された勇者の剣が大きな稲妻を纏い、バリバリと大きな音を奏でるのを聞いて。俺は思わず心の中で「止めてー!」と叫んでしまう。
――十分に防御結界で対応可能ですが?
いやいや、これは「任せろー!(バリバリ)」に対する様式美だからねと、チサちゃんの疑問に答えながら防御結界を展開。
通常のでも対応可能と太鼓判を押されてはいるけれど、やっぱり攻撃されるのは怖いので、気持ち四割増しで魔力を注いでより強固な結界にしておく。
そして結界に先ず当たったのは、女騎士の放った飛んでくる斬撃。それは当たっても結界上に留まり続けて、あわよくば結界を削ろうとしてくる。
この程度なら魔力で強化する必要は無かったな、と安堵した俺の心をあざ笑うかのように、その斬撃に重なるように勇者が稲妻を纏った剣を振り下ろしてきた。
まったく同じ場所に時間差での、高威力の二連攻撃。
しかも先に防御力を減らす飛ぶ斬撃を放ってから、後に魔法で増幅した本命の一発をという抜け目無さ。
さらにはそっちに気を取られて対処に集中すると、どうやって斥候少女がやったかは知らないけれども、俺の背後から飛んでくる劇毒が塗られた投げナイフの対応が疎かになるという二段構え。
並みの魔物相手なら、楽に屠れる良い連携だ。
「だけれども、無意味ですね」
そう。へタレニートの俺の肝の細さの所為で、何時も以上に厚く張られた防御結界相手には、その攻撃は全く歯が立っていないのだから。
それを勇者も感じ取ったのか、離れる為に防御結界を蹴り付けて後方宙返りをした後で、三人の女性の下へと降り立つ。
俺に向かい合う四人の表情は、先ほどの連携攻撃に自信があったのか、少々暗くなっていた。
「あの防御結界が邪魔だな。対抗魔法で消せないか?」
「そうだよ。防御結界さえなけりゃ、陰投擲で毒ナイフをブスって刺してやれるし」
「だ、駄目ですよ。対抗魔法で消してしまうと、アレが自分に掛けている弱体化魔法まで解けてしまいますから。きっと鱗に剣やナイフは阻まれてしまいます」
「ではどうしろと言うのだ、このままオメオメと全滅しろとでも言うのか?」
こそこそと話し合っている積りなのだろうけど、丸聞こえなんですけれど。
ここはあれか。竜であるこっちが気を利かせて、聞こえない振りをしてればいいのか?
「……ここで僕が足止めするから。皆は移動魔法で逃げるんだ」
「それは駄目ですよ。ソゥラ」
「そうだよ。帰るなら皆が一緒じゃなきゃ」
「そうだぞソゥラ。お前の世界に渡る方法が見つかったら、この全員連れて旅行するという約束があるのを忘れたのか」
「覚えているよ。だけど、今はそれを言える場面じゃないのは分かるだろ」
「いいえ、分かりません。ソゥラの世界の甘味処、楽しみにしているんですから」
「そうだよ。見た事の無い飛び武器があるって。ジュウっていうのを撃たせてくれるって言ったもん」
「その通りだ。武芸の試合を一緒に見ようと硬く誓っただろう」
「み、みんな……」
あー、はいはい。
絶体絶命な場面で過去の約束を持ち出し、悲壮な決意の元に逆転するパターンですね。パティーンですね。
というか、別にこっちは殺そうとなんてしてないんですけれど、そこのところはどうお思いでしょうか。
勿論、空気の読めるニートな俺は、話し合いが済むまで黙ってますけどね。
「そうだね。皆でこの場面を乗り切ろう。そうなれば、全ての力を一撃に込める、ギャザリングマルチパワー・デッドエンドストライクを使用しよう」
「そ、その技は。仲間全ての体力と魔力を集めて放つという、失われたはずの勇者専用の決死の秘奥義。まさか、完成させていたのですか?」
「いや、未完成だよ。自分と仲間の体力と魔力を集めきれずに、放っても誰も死ぬ心配が無いっていう欠陥があるんだ」
「あははッ。それはソゥラらしい、優しい欠陥だね」
「ふふっ。在りし日の勇者が悩んで、そして辿り着けなかった欠陥だな」
って四人して盛り上がっているけどさチサちゃん、ギャザリングマルチパワー・デッドエンドストライクってそんなに危険な技なの?
――過去の勇者が使用し、仲間の命三つと引き換えに、強大な魔力を持った魔物を打ち倒してます。
で、ソゥラとかいうあの勇者が俺に使うと、どんな感じ?
――弱体化魔法を止め、全力で防御結界、魔法障壁、身体活性をすれば、傷一つ付きません。
ん、つまり今の状態で防御結界だけだと?
――ざっくりと切り傷が付き、血が出ます。死にはしませんが。
そ、それってやばいんじゃないの?
嫌だからね、血が出るのとか。
ニートは痛いのとかキツイのとか、ゲーム以外のバイオレンスなのは駄目なんだから。
「よし。じゃあみんな、僕の持つ剣に手を載せるんだ」
「「「いいですとも!」」」
あ、ちょっと、俺が待ってたんだからそっちも待っててよ。
ああもう、こうなったら、この決戦の気配を有耶無耶にしてやろう!
「攻撃の準備が出来上がるのを待つか。食らえ、深床に招く家妖精の誘香!」
「ぐッ、まさか状態異常の魔法をこの場面で……」
「これは、眠りの。対抗魔法が間に合わ……」
「痛みを持ってすれば、この程度の睡魔な……」
「ご、ごめんよソゥラ。後で怒っていいから……」
ふぅ。竜だって眠らせる、睡眠魔法が効いたようだ。
全員折り重なるように地面に倒れて、寝息を立てている。
ふふふっ。今頃この勇者一行は、お日様に干されたふかふかの布団の中で眠っている程の寝心地を味わっている事だろう。
なぜそんな事を知っているかって?
勿論、俺が朝寝と昼寝に夜寝にと、あっという間に寝入る為に用いているからだけど、なにか?
「さて、迷惑な勇者一行を、さっさと――」
転移しようかと思っていたら、寝ているはずの勇者たちから視線を感じた。
はてな、と良く見てみると、勇者が眠そうな目をしょぼしょぼさせながら必至に開けていた。
「くっ。ナイフを足に刺してもらわなかったら、あっけなく寝てしまうところだった」
勇者は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、小ぶりのナイフが刺さった左腿を押さえながら立ち上がってきた。
そのナイフは、攻防の中で毒が塗られていたモノとそっくり。
という事は、刺さっている場所も含めて考えるに、どうやら斥候少女が眠る前に勇者を刺したのだろう。
まったく、なんという執念だろう。
いやまて、それよりも、なぜ勇者の腿を刺しているんだよ。自分の太腿刺せよと言いたい。
――自分の綺麗な太腿に傷跡を残したくなかった、そうです。
なんという我侭な。
まぁ、伸びる太腿には確かに傷跡は無いし。手入れされているように、艶々と滑々な張りのある肌をしているけどさ。
「竜よ、頼みがある」
と余所見をしていると、何故か勇者ソゥラが眠そうながらも真摯な目を向けてきていた。
一方的に攻撃してきて頼みとは、随分と身勝手なと普通なら怒るところだ。
だけれど、対人スキルの低いニートの俺に、人に対して文句を言える度胸は無く、目で発言を続けるようにと示唆するだけが精一杯です。
「俺はどうなっても良い。八つ裂きにされようとも、拷問されようとも。だが、この三人は助けてやって欲しい」
「そんな事を頼まれてもしょうがないんだけど。元々殺すつもりは無いんだし」
人殺しなんていう高いハードル、ニートが越えるには高すぎるよ。
そもそも端から殺す積りだったら、態々防御結界で守らずに、竜の吐息を吐きかけるので十分だったし。
そんな思いを乗せて喋ってみると、唐突に勇者が笑い出した。
「ははっ。麓の村で聞いた通り、彼方は良い竜らしい。皇帝に殺害を命令されていたとはいえ、彼方の本性を見抜けなかった自分自身が恨めしい。初っ端から選択肢から外した、話し合いという道もあっただろうに」
肩を落とし、自分の道化っぷりを嘲るような笑いを漏らした。
そんな疲れた中年のような佇まいに、こっちが居た堪れなくなってしまう。
なので助け舟を出す積りで、こちらから提案を出す。
「まぁ、今でも話し合いなら応じるよ。なにせどちらも怪我してないんだし。こちらも聞きたいことあるし」
「そうか。そう言ってくれると嬉しい」
「じゃあ話し合いをする事に決定。ということで、そこのお嬢さんたちも起こそうか。起っきろ~~」
声に少しだけ魔力を込めて、彼女たちの根源から魔力を揺すって覚醒を促す。
すると全員が無理矢理起こされる不快感からか、少しだけ呻きながら寝ぼけ眼で上体を起こす。
「じゃあ皆でお話し合いといきましょう!」
「「ひぃい!」」
ニッコリと笑って喋りかけてみると、何故か全員から悲鳴があがった。
失礼なと思ったが。自分が竜の姿のままだった事を忘れていた。
至近距離でトカゲが笑ったら、そりゃ恐ろしいわな。




