十二話 大王国のお使いがやって来た
今日も今日とて、一日中面白そうな読み物(他人の記憶)を読んで過ごす。
もう何日後や何ヵ月後なんてモノローグは入れない。
だってそれが何かのトリガーの様に、面倒事がやってくるのだから。
それでなくてもここ最近は、気合の入った冒険者が山を踏破してやって来て、勝負勝負と五月蝿いのだ。
大体は怪我をしていたり、装備がボロボロになっているのを理由に、それらを直してから転移魔法でお引取り願っている。
極稀に、怪我もせず装備も万全で登ってくる相手には、俺が自分自身に常日頃掛けている弱体化魔法をお見舞いしてやると、立てもしなくなってギブアップする。
魔法で弱体化など卑怯だ何だと寝そべって言う相手に、俺自身にその魔法を常に掛けていると言えば、心をポッキリと折る事が出来るので、この魔法は前以上に重宝している。
前に一人だけ、弱体化魔法を掛けても動ける人が居たけれど。
人間の子供姿の俺にワンパンで沈められて涙していた。
敢闘賞として俺が暇で抜けた牙で作った、出来損ないの片手剣を進呈して慰めて、麓に転移魔法で送っておいた。
「で、今日はまた冒険者とは違う人が来たみたいだ……」
知覚魔法の範囲に入ったのは、全身を金属鎧で覆った二十人規模の人たち。
冒険者は大体五人六人のパーティー編成で来る人が多い中で、二十人規模の相手はあの盗賊紛いでやって来た人たち以来だった。
しかも金属鎧という部分まで一緒である。
もしやリベンジに来たのかなと、少々身構えてしまう。
やがて火口部分から見上げる位置に出てきたその人たちを見て、それが前に来た人たちとは違う事を理解する。
何というか、前のが実力を含めて盗賊団相当だとすれば、今回のは正騎士団相当に当たる実力差が見ただけで分かるのだ。
装備も見た目は地味目な色調なのだが、俺の竜の目には魔力が巡っている事を示す湯気に似た揺らぎが見えるのだから、一線級の魔装だと分かってしまう。
鞘に納まっていたり、手に掲げている槍も、恐らくは魔剣や魔槍の類だろう。
弓や矢には魔力の揺らぎは見えないが、もしかしたら付与魔法で矢を放ってくるかもしれない。
そう考えると、何時もは人間の姿でお出迎えするのだが、今回ばかりは竜の姿のままでいる事にした。
防御力的に、鱗の無い人間姿の時は、大体竜の姿のときの半分以下になってしまうのだから、順当な選択だろうと自負する。
内心そんな風に戦々恐々としていると、俺の目の前に騎士団(仮)の代表らしい一人のイケメン剣士が歩み出てきた。
「この山に住まう竜殿とお見受けする。我が名はリキャルト・メルカイドゥ。この領地を含む地――《ノースレッシュ大王国》の近衛騎士団、第一大隊長である」
「……あ、はいどうも。この山に勝手に住んでいる、ジョットです」
新しい単語のオンパレードに、一瞬返事が追いつかなかった。
ニート相手に役職名とか言われても、縁が無さ過ぎてすんなりと理解できないのだからしょうがない。
というか、このリキャルトさんという人は大隊長らしいけど、大隊と言うほどの人数は連れてないように見えるのだけれど?
――大隊の中から、精鋭を選りすぐって連れてきたようです。装備品にも限りがあるので。
なるほどね。この人たちが着ている装備品がこの世界にゴロゴロしていたら、ここに来た人たちの中にも、もっと持っている人が居てもいいはずだしね。
と、チサちゃんと脳内会話をして時間を潰していたのだけれど、リキャルトさんはムッツリと黙ったまま此方を見ている。
何か用があるなら、さっさと用件を言って帰ってくれないかなと、視線を向けてみる。
しかし相手は相変わらず黙ったまま。
これはつまり俺が水を向けろって事か。
前世で読んだ戦略モノには、この時の発言の順番でどうとか書いてあったが、頭がこんがらがるので読み飛ばしていたな。
だってニートに、そんな事を気に掛ける頭脳は無いし、そんな事を気にする立場になる気も無かったのだから。
「……それでこんな火口の縁まで何の用でしょうか?」
「うむ。我が主、ノースレッシュ大王国大王であらせられる、キューベィナ・ノースレッシュ十四世大王から、この地に住まう竜殿にお願いの儀があり。我が名代として参った次第!」
俺が根負けする形でそう言うと、リキャルトさんは満足そうに用件を伝えてきた。
お約束な感じに、お願いと言う割りには随分と偉そうな態度なのは、異世界に居る騎士のデフォなのだろうか。
それにしても大王国の大王様が、一匹のニート竜に何の御用でしょうかね。
というか、こっちは用件の内容を尋ねたのに、誰からの要望かしか言って無いし。
「そのお願いって何でしょう?」
「おや、お分かりになられないので?」
ふふん、と何故か得意げなリキャルトさん。
おいおい、初対面の相手の用件なんて、普通は尋ねなきゃ分からないだろうに。
それを知らないと言って勝ち誇るのは、いかがなものだろうか。
俺は異世界ネットを検索出来るから、一発で理解する事は出来るけど。
それにしたって目の前に内容を知る人がいるのに、なんで一々俺が検索という労力を払わねばならないのか。
ニートは基本的に、楽に生活したい生物なんですよ。
手順は短く、楽しみは長くがモットーなんですよ。
でもまあ、話が進まないようだから調べますけどね。
――どうやら一介の冒険者が、竜牙の剣を貰った事が気に入らず。自分も欲しいと大王が駄々をこねたのですね。
ああ、敢闘賞で渡したやつね。
あんな素人仕事の半端モノが欲しいだなんて、大王って呼ばれている割に変わっているな。
上げる気は無い――というよりは、モノが無いんだけれどどうしようかな。
「ならば此方の用件を伝えよう。この度、我が大王さまが――」
「いえ、竜牙の剣は在庫切れなので、手渡せませんよ」
「なァ!?」
前口上を含めて台詞が長くなりそうだったので、そうそうにリキャルトさんの発言を遮る。
すると驚いた様子で閉口してしまった。
それは周りの騎士たちもそうだったようで、全員驚いた様子で俺の方を見ていた。
いやいや。俺が知っているかと試すような事したじゃないか。
それで用件を知っていたら閉口するって、かなり失礼じゃないか?
「で、では。竜牙の剣の速やかな作成を、お願い申し上げる」
「嫌ですよ。もう竜牙の剣を作るのは飽きちゃいましたし」
「…………」
ぽかんとした様子で、今度は口を開けたまま黙ってしまう、リキャルトさん。
それは要請を断られてというよりか、断る理由が飽きたからという部分が思考の範囲外だったために見える。
周りの騎士たちはというと、俺の発言を吟味するかのように、横に居る人とこそこそと話し合いをしている。
「い、今、あ、飽きたと言われたか。それほどの数を作成したと?」
「いえ、作ったのは二本だけですよ。一本は作っている途中で折れてしまったので、溶岩に投げ入れて。作成に成功した二本目は、冒険者の人に上げました」
偏屈鍛冶オヤジの話を読んで、試しに一本キチンと作ろうとは思ったけれど。
剣術を学んだ事も無い俺が、どうせ使うわけも無いので、素人仕事ながら形に成ったその一本で満足してしまったのだ。
そんな俺の答えを聞いて、何故かホッとした様子でリキャルトさんは息を吐き出している。
周りの騎士たちも追従するように、溜め息を静かに吐き出している。
その態度に俺は首を傾げる。
むしろ大王の要望である竜牙の剣が大量に流通していた方が、手に入りやすいと思うのだけれど。
「それならば問題は無い。では再度、竜牙の剣の作成を要請する」
「ですから、飽きたから嫌ですってば。そもそも竜が素人技で作るより、そちらが鍛冶師を用意して作らせればよろしいでしょうに」
「うむむぅ……大王の命は竜牙の剣を持ってくる事……なれば、鍛冶師に作らせるのも……」
俺の素朴な疑問に、リキャルトさんは腕組みし眉を寄せて、ブツブツと大きな独り言を呟き始める。
どんな結論にリキャルトさんが達しようと、俺が竜牙の剣を作るつもりは無いので、静観を決め込む事にした。
そのまま数分間悩みに悩んだ様子を見せた後、俺の方に視線を向けてくる。
「竜牙の剣とは、そも人の鍛冶師が作れるものなのであろうか?」
「作れますよ。偏屈な鍛冶オヤジ――じゃなくて、鍛冶師の~」
――名前はメッキョーガです。大王国の王都にお住まいの。
「王都に居るメッキョーガさんが、作れるはずです」
「ほほぅ。あの者が……変な武器を作るだけではなかったのか……」
声を潜めた積りでしょうけど、もともと声が大きいから、後半部分も確り聞こえてますから。
というか、あの鍛冶オヤジ。騎士団の大隊長が知っているって事は、実はかなりの有名人だったりするのだろうか。
「ふむ。ならば問題は無い。牙の提供をするだけで良い」
「牙の提供ですか?」
「材料が無ければ作れぬだろう」
「それはそうですけど……」
生え変わりで抜けた牙――人間で言う所の犬歯の二本は、片手剣サイズの牙剣を作るのに消費しちゃったし。
その他のも前に抜けた牙でも、大きさが剣サイズには届かないし。
いや、他の小さめの歯なら幾らでもあるんだけれど。
「提供出来ぬと申されるのであれば。我が騎士団、身命を賭して貰い受ける所存!」
俺が困り果てて黙り込んでいると、何を勘違いしたのかリキャルトさんが剣を鞘から抜いて向けてきた。
周りにいた騎士たちも、それに追従して剣を抜いたり槍を構えたり、弓に矢を番えたりし始める。
交渉の途中ともいえる段階で実力行使に行くあたり、随分と脳筋な人たちである。
まあ剣と魔法の異世界のお話では、テンプレかと納得する。
「まあ牙というより、歯の提供なら良いですよ。掃除した時にその岩陰に押し込んでますので、必要量を勝手に取っていってください」
「おお、そうかそうか。ならば早速――」
「ですが、試練は受けてもらいます」
「ぐはぁ……」
ウキウキとした様子で俺の指し示した方へと向かおうとするリキャルトさんに、俺が自分自身に常時かけている弱体化魔法を同倍率で掛ける。
すると鎧や剣の重さに耐え切れなかったかのように、リキャルトさんは先ず四つんばいになり。続いて地面にうつ伏せに倒れてしまう。
いやさ。素材とはいえ、すんなりと渡しちゃったら、この弱体化魔法を耐えた敢闘賞の冒険者さんに悪いしね。
「ぐぬぬぬぅ……なんのこれしきぃ……」
「大隊長! 貴様、何という事を!!」
這ってでも岩陰へと向かおうとするリキャルトさんを見た騎士たちが、俺の方に敵意の視線と手にある武器を向けてくる。
が、相手をするのも面倒に思った俺が放った弱体化魔法によって、彼らが尊敬しているであろう大隊長と同じ格好にしてあげた。
するとリキャルトさん程のガッツは無かったのか、全員が地面の上でもがく事も無く静かに横たわった。
「皆の屍を踏み越えてでも……」
いやいや、殺していませんからねと、撃沈した騎士たちを見て感想を呟いたリキャルトさんに、内心でツッコミを入れておく。
その間にもズリズリと這って進むリキャルトさんだったが、軽量化するためか鎧や剣を外しに掛かる。
確かにその行動は正解なのだけれど、俺の使ったのは重力魔法ではなく身体の弱体化魔法なので、鎧を外すと赤ちゃん並みの防御力になってしまう。
なので素肌で溶岩岩の地面の上を這おうものなら。
「ぐおおぉ、負けぬ。負けぬぞぉ……」
両手足どころか、腹の部分もボロボロになって出血しまう状態に。
痛そうだが、一々摩って出血する度に治療魔法を掛けるのは面倒だし、何だかんだともう少しで到達するので静観して待つ事にする。
「大隊長……もう少しです」
「そのまま……真っ直ぐに」
「頑張って下さい、大隊長……」
リキャルトさんの奮闘振りを、地面に横たわって横目で見ていた騎士たちから、弱々しい声援が発せられる。
見てみると、中には自分の不甲斐なさからか、目に涙を浮べながら必至に応援している騎士もいた。
そういう体育会系のノリに、ニートな俺は気持ち悪いものを見た時のような感覚がした。
楽な方に楽な方にと流れるニートにとって、苦難を甘んじて受けようとする体育会系の姿勢や、頑張れと無茶を言う応援などは相容れないものなのだ。
思わず、お前らマゾなのかサドなのかハッキリしろと罵りたくなる。
「取った、取ったぞぉ!!」
便所に居たゴキブリを見る目つきで騎士たちを見つめていると、岩陰からそんな声が。
ハッとして見やると、リキャルトさんが身体の前面血だらけの状態のうつ伏せで、彼の指程の太さと大きさしかない歯を掲げているのが見えた。
チッ、諦めなかったか。
まあ約束だし、頑張ったで賞という事で、騎士たちのを含めて弱体化魔法は解除してやろう。
「う、動けるぞ」
「だ、大隊長、大丈夫ですか!」
「「大隊長ーー!!」」
「大丈夫だ。それより、この場にある牙を集めるのを手伝え」
「「了解です!」」
そして解除した途端、始まる暑苦しい体育会系のコント。
騎士全員がリキャルトさんへと走り寄って抱え上げようとするのを、彼は手で制して剣の素材である歯を拾う事を指示する。
それを男泣きに潤んだ瞳で敬礼して受領した騎士たちは、自分のマントを外して、その中に素材を溶岩石ごと入れていくのだ。
いやいや、命令だからって血だらけの人を放っておくのはどうよ。
そもそも、溶岩石は剣作りに必要ないんだから選り分けろよ。
それよりなにより、このコントの笑い所ないし、泣き所は何処にあったんだよ。
次々と浮かぶツッコミの言葉を内心で吐き出しながらも、ニートには触れ難い雰囲気の彼らが満足するまで放っておく。
そのまま数分間待っていると、リキャルトさんと騎士団一行が俺の前に整列しはじめた。
リキャルトさんは、怪我の手当てもしないで血だらけの様相のまま、脱いでいた鎧を着直して先頭に立っている。
残りの騎士団たちは、マントに素材を包んだ状態で、同じ様に立ってこちらを見ている。
しかしその目に浮かぶ感情は違っている。
リキャルトさんは達成感と尊敬を、騎士たちは侮蔑と怒りの目を俺に向けている。
俺がやった事を鑑みれば、騎士たちの方の視線は良く分かる。
むしろリキャルトさんの浮べている感情の方が理解できない。
というか、騎士たちの中にはちゃっかりと鱗を隠し持っているのが居るが、鱗を渡すとは言ってなかったはずなんだけれど。
「では竜のジョット殿。竜牙の剣の素材、在り難く受け取って行く」
「用件は終わった様ですので、この場から直ぐに立ち去り――いえ、送りましょう。王命という事なので、謁見の間に直接に」
チサちゃんのサポートを利用して、整列した状態のまま転送してやる。
勿論、リキャルトさんの怪我は完治させておくのと、鱗は上げる約束をしていないので転送せずにおく事は忘れない。
全員送り終えてホッとした時に、一つだけ忘れていた事を思い出した。
「リキャルトさんの服をクリーニングするのを忘れてたよ」
血の汚れって中々落ちないんだよ。
こっちの都合で汚しちゃったし、綺麗にしないといけないよな。
と言う訳で、遠距離の魔法行使の方法を利用して、リキャルトさんの服に付いた血を綺麗にしよう。
――新品同様に綺麗になった事を確認しました。
うむ。これでよし。
もうどうせ今日は誰もこないだろうし、後はのんびりと寝て過ごすとしよう。




