十話 生け贄って、要らないんだけど?
傍迷惑な大勢な盗賊が来てから、早一ヶ月が経過した。
こうモノローグを入れる時期になると、なんか事件が起こる気がするので、ここ最近気をつけていたのだが。
やっぱり、また招かれない客がやってきた。
――今度は村人風の人たちです。先頭に着飾った女性が居ますよ。
冒険者、盗賊ときて、今度は着飾った女性とは。
何故前世と同じくニートをしているというのに、こうも千客万来なのか、理解に苦しむ。
何はともあれ、竜に着飾った女性を宛がうという事は、あれかな。美人局ってやつかな。
取り合えず、知覚魔法でこの山全体を走査し続けた結果は、その女性とお供の人以外に人間は居ない事が分かった。
ふ~む、これは取り越し苦労だったかな。
と感想を入れてから、洞窟を歩く人たちがたどり着くまでまだ掛かりそうなので、最近気に入っている読み物(記憶)の『偏屈鍛冶オヤジの鍛冶のイロハ』と勝手に命名したのを読んでいく。
偏屈な鍛冶オヤジが、傲慢な貴族の無茶な要求に見事に応え、その上の貴族に次の無茶な要求をされた。
まで読んだ所で、洞窟の中を歩いてきた一団が俺の目の前に現れた。
一本道の洞窟とはいえ、山裾から山頂ほどの距離を、延々揺るやかに登り続けて来たからか。
その一団は大分くたびれている様に見えた。
因みに、いまの俺は、溶岩風呂の縁に顎を乗せたという、寛いだ状態でそれを見ている。
「あ、あのー。竜様、いらっしゃいませんか~……」
怖々とした態度と言う見本のような見た目で、着飾った女性――年齢的には、十代前半の少女といった感じの人が、火口内で先細りの声を上げている。
どうやら俺に用があるらしい。
しかしこの火口で、今世に生まれてからずっとニートをしている俺に、ただの村人が何の用なのだろうかと首を傾げてしまう。
「あ、あの、あのぉ! 竜様、出てきていただけませんか!」
俺が目立った反応を返さなかったからか、着飾った少女に周りのお付きらしい人たちが突付いて、もっと大きな声を出させた。
しかし出るも何も、ほぼ目の前に居るというのに、何故気が付かないのか。
――溶岩石が顔に張り付いているので、周りの風景に溶け込んでます。
ああ、そういえば、今日は潜水――潜溶岩の記録をつけようと変な思いつきで、一端溶岩の中に潜ったんだっけか。
ならしょうがないと、縁から顎を持ち上げて、着飾った少女の方へと顔を向ける。
「それで、何の用でしょう?」
ニートの俺にしては頑張って、出来るだけ平静を装った声を出す。
すると少女とそのお供たちは、何故かざわつき始める。
「あの、あの。赤い竜様ですよね。御尊顔をお見せいただいてもよろしいでしょうか?」
如何したのだろうと首を傾げてみると、こっちの態度を刺激しないように配慮した様な、怖々とした声で少女が喋りかけてきた。
御尊顔と言うほどたいした顔じゃないけど、いま見せているだろうにと更に首を傾げる。
その時、顔に付いていた溶岩石がピシリと音を立ててひび割れる。
そこで漸く、溶岩石を外して顔を見せろと言いたいのかと納得する。
なので一度溶岩の中に潜って溶岩石を柔らかくしてから、顔を出して滴る溶岩を手で顔を拭う。
「ふぅ……これでいいかな?」
お風呂の中で顔を洗ったときのように溜め息を吐き出してから、少女に向かって言葉を掛ける。
すると少女とそのお付きの人たちは、驚いた様な納得したような、それでいて何かを隠しているような表情を浮べていた。
何だろうと、チサちゃん経由で記憶を覗こうと画策する寸前に、それに気が付いたわけでは無いだろうが、少女が喋り始めた。
「この山に住む、偉大な貴方様に。心ばかりの貢物を持ってまいりました」
頭を下げながら放った言葉に従うように、お付きの人たちが持っていたであろう様々な品物が、少女の横に並べられる。
それは酒樽だったり、煌びやかな装飾品や武器防具だったり、猪や鹿に見える四つ足動物の死骸だったりした。
しかしそれを積み上げられても、個人的に困ってしまう。
「貴女たちから、それらを貰う理由が無いのですが?」
と当たり障りのない物言いをして拒否してみるが、実際問題として俺はその貢物が要らないのだ。
というより必要性を感じないと言った方が正確か。
ニートな俺にとって酒は縁遠い存在だし、装飾品や武器防具は人間用だから竜の俺には必要無いし。生まれてこの方飲食をした事が無いので、動物の死骸を貰ってもしょうがないのだ。
そもそも、いまの俺って飲食物を食べても大丈夫なのだろうか。
余り長い間、物を食べていないと、胃が受け付けなくなると言うし。
――内臓は正常に機能しているので、食べる事は出来ますが、娯楽の側面が強いです。
つまり、竜にとって酒もタバコも食べ物も同列という事なのだろう。
まあ、酒もタバコも食物も、ある意味で依存性があるから当たり前と言えば当たり前か。
「いえ。これは我々からの捧げ物ですので、見返りなど求めてはおりません」
俺の発言をどう取ったのか、無理矢理にでも押し付けようとしてきた。
いや、本当に要らないんだけど。
うーん。ここは先ず少量の何がしらを、口に付けるなり受け取るなりして。
残りはそちらで処分してくれと言って、持って帰らせるのはどうだろうか。
――そうですね。貴方が受け取るまで、この人たちは帰らないでしょう。
となると話は早い。
取り合えず溶岩風呂から出よう。
ざばっと音が出そうな勢いで俺が火口の縁に這い出る。
そして体から炎を吹き上げて、体に纏わり付くマグマを消し炭に変える。
その時、余りの熱量に少女もお付きの人たちも顔を背けていた。
これは悪い事をしたなと、ちょっとだけ反省しつつ、今度は自分に魔法を掛けていく。
「……えっ?」
子竜とはいえ、全長は三メートル以上、全高は一メートル半はある竜が縮んでいく様に、少女から驚きの声が上がる。
さらに縮み続けて、大体小学校低学年生ほどの背の高さの人型まで変化する。
そう、俺が自分自身に掛けたのは『人間変移』の魔法だったのだ。
「さて、これで話がし易くなりました」
ショタな見た目の状態でニッコリと笑いかけてみるものの、何故か少女の視線は俺の顔と下半身を行ったり来たり。
何故だろうと、少女の視線が下半身に再度向かったのに合わせて視線を下げてみると。
可愛らしいゾウさんが。
「うひゃ。は、裸だという事を忘れてた!」
慌ててぱっと両手で股間を隠し、そして魔法を周囲に掛ける。
すると、岩から糸のようなものがスルスルと伸び、あっという間に少し艶のある素材で出来た貫頭衣が出来上がる。
それを慌てて頭からすっぽりと被り、袖から腕を通す。
ちょっとだけ形成に失敗した様で、服はブカブカで裾が踝辺りまであるが、まあ初めて作ったにしては上出来だろう。
因みにこの衣服の糸は、前世で言う所の石綿――アスベストを糸状にしたものだ。
まあ、それ以外の素材――例えば、草や動物の毛は火口には無いから、しょうがない。
「こほん。改めて、ジョットです」
「え、あ。この山の麓の村に住む、ミバリィです」
チサちゃんが命名した此方の世界での名前を告げる。
俺が自己紹介したと当初は気が付かなかったみたいだが、着飾った少女――ミバリィも自己紹介を仕返してくれた。
「それで、その貢物を頂けるという事ですけれど?」
「は、はい。御遠慮なくお納め下さい」
ミバリィは顔を伏せながら、積み上げられた貢物を手で指し示す。
顔が伏せられるまでの一瞬の間に、何故だかミバリィの表情に負の感情の様なものが浮かんだ気がしたが、余り気にしない事にした。
何せ紅竜とはいえ、いまの見た目はチビのガキなのだ。
そんな相手に貢物を上げようとするのは、大人としては面白くないだろう。
少女であるミバリィが大人かどうかは、ここが異世界であると言う前置きの前に、棚上げする事にはしたけれど。
しかし貢物を目の前にしたのだけれど、あまり食指が動かない。
でも貰わないといけないのだから、ここは竜っぽく金ぴかな装飾品、いや先ずはお酒だろうか。
「うーん。この見た目だから、あまり気は進まないけど」
「あ、あの!」
「どうかしましたか?」
「い、いえ。な、なんでもありません」
ミバリィが俺が酒樽に手を触れた瞬間に、静止するような声を上げたので顔を向けてみた。
しかしお付き中から一人の男性が、ミバリィの手を引っ張って発言を止め、俺の方に愛想笑いを浮べてきた。
ああ、これは何かあるなと感づいた。
感づいたが、取り合えずスルーする事にした。
その理由は簡単で。この酒の中身を簡単に知る事が出来るからだ。
――酒飲みでも一口で撃沈する《五臓殺し》という酒の中に、酒を甘くする代わりに酔いの回りを促進する《宵明け草》が入ってます。
頼りになるチサちゃんの回答が来た。
という事は、竜である俺でもこれを飲んだら拙いって事か?
――貴方は様々な強化をし続けたので、多量の毒物でも問題は無い身体になってます。
わお。チサちゃんの言う通りにして生活していたら、何時の間にやら身体チートになってましたよ。
まあ、デメリットは無さそうだし、結果オーライと納得した所で、その《五臓殺しの宵明け草漬け》とかいうお酒を飲みましょうか。
「んぐんぐんぐ……」
お付きの人の一人が樽から木のジョッキへと酒を入れてくれたので、それを遠慮なく飲んでいく。
味は甘くて美味しい。薄めの蜂蜜みたいな甘さに、ほんのりと花の様な香りと味がする。
酒の度数はかなり高いのか、飲むたびに喉がカッと熱くなる。
しかし俺の体は本当にチートらしく、その喉の熱さも一秒後には無くなってしまう。
体の中にアルコールが入り脳へと回り、酩酊感も確りと感じるものの、ある一定以上には決して上がらない。
これがザルという状態なのかと、子供の小さな口で酒を飲み干しながら感慨深く思ってしまう。
「ぷはぁ~~……一人だけだと何ですから、皆さんも飲んだらどうです? あ、その四つ足動物も丸焼きにして、つまみとして皆で食べてしまいましょう」
ジョッキを空にして、俺がそう周りにいた人たちに声を掛けると、全員の顔色が青くなった。
まあ、酒飲みでも一口で撃沈する酒は飲みたくないだろうけどね。
しかし俺に一服盛ろうとした人たちの事を気にする積りはない。
なので、猪っぽい四つ足動物の死骸を手で持ち、宙に浮かせる。
そして口から竜の吐息を弱めに吐きかけて、猪をゆっくりこんがりと焼いていく。
「いやいや、見事な飲みっぷりです竜様。ささもう一杯」
「はい、ありがとう御座います」
竜の吐息の息継ぎに差し出されたジョッキを持つと、俺は一気にその中身を飲み干していく。
そして空になったのを差し出してきた男へと手渡し、丸焼きの行程を続けていく。
そんなやり取りが五度ほどあり、猪っぽいモノの丸焼きが完成したので、ドヤ顔をしつつ視線をミバリィとそのお付きの人たちに向ける。
するとお付きの男の一人が、指を咥えた状態で地面に倒れこんでいた。
人間以上の嗅覚の鼻で匂いを嗅いでみると、どうやら酒に浸した指を舐め、速で撃沈したらしい。
普通の人間が無茶しやがって、と虚空にビシッと敬礼した後で、焼き終わった丸焼きを掲げて見せる。
「さあ皆さんで、食べて飲みましょう!」
そんな俺の言葉に、ミバリィとそのお付きの人たちは、まだ飲んでも居ないというのに、吐きそうな程真っ青な顔をしていた。
その後、お猪口一杯程度の酒でほぼ全員酔いつぶれたので、転移魔法で住んでいる村まで送ってやった。
生き残ったやつ等も、丸焼きを食べ進めて食い倒れたので、村まで転移してやった。
しかし意外な事に、ミバリィは酒はコップ一杯程度まで持ったし、丸焼きも大の大人分は食べたので、人の範囲では十分酒豪で大食漢だったのは驚きだった。
しかし上気した肌を持つ、衣服が肌蹴て眠りこける少女が目の前に居るというのに、手を出すどころか、劣情すらも催さなかったのは、俺が竜になったからか、それともまだ子供だからか。
まあ、ニートには女性の相手は早いって事だろうと、勝手に納得しておく事にして、ミバリィと酒以外の全ての貢物を村へと送り返す。
ちゃんと返礼として、石綿で作った布に『貢物は確りと受け取ったから、残りは好きに処分するように』と手紙を添えておいた。
――貴方は甘いですよ。もう少し竜という上位存在という事を自覚してください。
とまあチサちゃんに言われるまでもなく。
村人の本当の狙いが俺の身体――鱗とか牙とかが目当てで、酔い潰して殺そうとしていた事は分かっていた。
しかし火口に住むニートな俺が、一時の楽しい時間を過ごせた事を鑑みて、今回は目を瞑る事にしたのだった。




