九話 もっと強い強盗がやってきた
さて、あのショタっ子パーティーが去ってから、凡そ一ヶ月が経過した。
その間は特に何事も無く、異世界ネットを利用して悠々自適に自堕落に暮らしていた。
なのだが、今日は朝っぱらからガシャガシャと、金属同士が奏でているであろう、五月蝿い音で目を覚ます破目になった。
――あの洞窟から人が大勢やってくるようです。
何だよ五月蝿いな、と心の中で文句を言っていると、チサちゃんからの報告が。
というか、何で大勢の人がここにやって来るんだか。
最近は人が来ないように、マグマを冷え固まらせない様に気をつけて、魔素を収集していたっていうのに。
これじゃあ、意味が無かったじゃないか。
いやそれより、なんでマグマが沸いているのに、人がここに来ようとしているんだろうか。
――赤竜の鱗を狙っている。つまりは、貴方を狙っているようですよ。
うわぁ。それって結構ヤバイんじゃないか。
どうしよう。
ここから逃げた方が良いのかな?
――逃げなくても、その場所から竜の吐息を浴びせ掛ければ一発ですよ。
そうなのか、それは安心。
じゃなくて、人殺しはしたく無いの。
俺ってほら、ニートで豆腐メンタルだから、人殺しの罪の意識に苛まれるとか、一発で胃に穴が開くだろうし。
そもそも平和の国の住人だったから、争い事は嫌いなの!
――では死なない程度に、強制的にお帰りいただくというのはどうでしょうか?
ううぅ~ん……それなら、いいの、かなぁ……
取り合えず、方法を聞いてもいい?
――魔法で多量の水を呼び出し、洞窟に流します。後は麓まで流れていく事でしょう。
いや、それって大丈夫なのか。
あれだよ、台風の日に用水路を見に行くのと同じ位に、死亡フラグ立ってそうだよ。
絶対、岩壁に頭打ちつけて死ぬ人居るよ。
――では進行を阻む様に、魔法で洞窟を土で埋めてしまえばよろしいかと。
うーん、それしかないのかな。
じゃあ、ちちんぷいぷいの、えいぃぃい!
っとこんな感じで、大体洞窟の三分の一程度を土で埋めてみた。
生き埋めに成った人は居ないよね?
――大丈夫です。土が覆われたのは、先頭を歩く人の更に先ですので。
ほっ、これで取り敢えずは大丈夫かな。
――土で洞窟が埋まった事が知られた様です。それと、魔法使いが一気に土を消し飛ばす魔法を使うようですね。
そ、それってどれだけやばい魔法なの?
俺の竜の吐息ぐらいやばい奴だったり?
――いえ、柔らかい土を消し飛ばすだけなので、竜の吐息よりはやや弱いですね。
で、でもそれって危なくない?
洞窟からこっちに、その魔法が飛んでくるって事だよね。
――そう上手くは行かなかったようですよ。洞窟を見てください。
洞窟って、さっき土で埋めた状態のまま変化は……
あれ。なんでか土がどんどん崩れて下へと向かっていくんだけど?
――魔法の射出に失敗して、洞窟の壁面に当たり魔法が横滑り。その衝撃で、残った土が雪崩のように彼らを襲っているのです。
え、それってつまり、逃げ場の無い状態で土石流に直撃されたって事?
――石はなく土だけですが、おおむねその通りです。
ああ、それはそれは、ご愁傷様です。
いや、俺の所為じゃないしね。
俺は土で洞窟を塞いだだけだし。
――魔法使いが失敗しなければ、この様な状況にはならなかったと推察出来ます。
そうだよね、俺悪くないよね!
うんうん、自業自得自業自得。
でもちょっと嫌な気分なので、首の根元まで溶岩に浸かってマッタリしようっと。
そのまま一時間ほど、マッタリとした気分でストレスをやり過ごそうとしていると、また金属音が。
まさかと思っていると、洞窟から何人もの人間がまろび出てきた。
その全員が土濡れで、元は綺麗な金属鎧だっただろうに、かなり薄汚い格好へとなっている。
「て、テメェ。行き成り土で押し流そうっとするとは、殺す気か!」
「そうだぞ。障壁魔法が無きゃ、全員死んでたところだ!」
「というより、行き成り洞窟を土で埋めるな!」
溶岩に浸かってののほんとしていた俺が許せないのか、洞窟から出てきた瞬間から俺に罵詈荘厳を浴びせ掛けてくる。
そのどれもこれもが自分本位の、こちらの事を全く考えていない物言いなので、少々腹が立ってきた。
あれだよ。ニートといえど、怒るときは怒るんだからな。
と、静かに怒りを燃やしている俺を余所に、洞窟から人が出て繰る出てくる。
どれだけ居るんだよと、思わず怒りを忘れて呆気に取られてしまう。
――総勢四十八名ですね。大多数が大盾使いですが、その次に多いのが魔法士です。
だから土石流にも耐えられたんだな。
盾と障壁での、防御二枚重ねってやつだ。
「これからテメェをぶっ殺してやるからな。さっさとそこから出て来いや!」
そのリーダーぽく元不良っぽい、中年の両手剣士が俺の方に剣先を向けて言ってくる。
いやしかし、その発言は変だろう。
なんで殺されに近付かなければならないのか。
そもそもニートは争い事が嫌いなのです。
「あ、テメェ。火口の中心に行くんじゃねぇ!」
ふふん。悔しかったらここまで来てみろ。
人間が溶岩に足を浸けられるならなー。
そんな心の声を相手でも感じられる様に、あからさまに鼻で笑ってやる。
「いいぜ。テメェがそういう積りなら――魔法士、溶岩を固めてやれ!」
おやおや。そんな方法があるんですか?
ぱっと俺が思いつくのは、マグマの魔素を奪って固める方法だけど。
でもそうしても、冷えたマグマが人にとって熱い事には代わらないんだけど。
と、ぼんやりと考えていると、頭の上から何かをバシャっと掛けられ、次に間近で爆発した様な衝撃を受けた。
まあ爆発と言っても竜のこの体相手だと、前世でちょっと手で強めに押された程度の事しか感じられないのだけれど。
だけど、ちょっとだけビックリして、目を彼らの方へと向けようとして、なんか蒸して息苦しいような感じがした。
――魔法士が水魔法を使用し、マグマに水を掛けました。
ああなるほど、だから水蒸気が充満して蒸している感じになっているのか。
え、ということは、さっきの爆発は?
――高温のマグマに水を掛けた事による、急速膨張。つまり水蒸気爆発ですね。
ははぁ。アレが噂の水蒸気爆発か。
ファンタジーの物語によってはかなり強力で、火竜相手の切り札になったりするんだけど。
この世界の竜相手には、あまり効果が無い様だね。
――普通の竜なら効いたりしますよ。
え、じゃあ何で俺は効かないの?
――知識サポートが正式利用出来る様になってから、魔法による身体改造を繰り返した結果です。
ああ、つまり、俺が赤竜だった頃なら効いたけど、紅竜になったから効かなかったって事?
――その認識でおおむね正解と言えるでしょう。
なんだか曖昧な応答だなっと感想を抱き、意識をチサちゃんから洞窟からやってきた人たちへと向ける。
すると、何故か大多数の人たちが地面に仰向けに倒れていた。
な、なんぞこれ?
――離れた場所で起こったとはいえ、水蒸気爆発に巻き込まれたようです。
いやでもさ、魔法士と大盾使いがガードに入らなかったの?
――魔法士は水魔法を使ってましたし、大盾使いは貴方が悠々とマグマを泳いでいたので気を抜いてましたから。
ははぁ、つまりそこに水蒸気爆発という、未知の自爆攻撃が炸裂してしまったと。
随分と間抜けな人たちだなぁ。
「ぐっぐぅ、ひ、卑怯な……」
いやいや、そこのリーダーぽい人。
これは俺の所為じゃなくて、アンタが水魔法を選択したのが間違いの結果なんだからな。
そんな恨みがましい目で俺を見ないで欲しい。
――ほぼ全員が戦闘不能になったようなので、追い払ってしまいましょう。
追い払うってどうやるのさ。
俺ってアレだよ、前世から生粋のニートだよ。
追い払われた事はあっても、追い払った経験も、相手を脅した事も無いよ。
――大丈夫です。可能な限りの大声を、魔力を乗せて放てばいいだけですから。
そ、それならまあ、出来るかな。
う、うう゛ん。
あーあー。喉の調子は良いかなぁ~。
では、行ってみよう。
「すぅ~~……がああああアオオオオオオオオオオオオオ!!」
って、途中で声が裏返っちゃった、恥ずかしい。
やっぱりニートで余り声を出さないから、声帯も貧弱なんだよな。
あー、なんか叫んだ所為か、喉がイガイガする。
魔法で少量水を生み出して、口の中に入れる。
「ガラガラガラガラガラガラガラ……」
うがいをしてから、ぺっとマグマに。
あ、やばっと思った瞬間、水蒸気爆発が巻き起こり、火口内を吹き荒れる。
だけど、まあ少量だったし、許容範囲内、許容範囲内。
そんな風に心の中で言い訳しつつ、チラリと倒れている人たちの方を向くと、マグマの側だというのに寒いのか、ガタガタと震えている。
――魔力を含んだ咆哮と威嚇音による恐慌状態です。最後の水蒸気爆発が駄目押しになった模様です。
いや、うがいは威嚇じゃないから。
というかガラガラいうのは、トカゲじゃなくて蛇だし!
「ひぃぃぃい!!」
と抗議しようとリーダーぽい人の方を向くと、何故か盛大に怯えられてしまった。
「あの~」
「ひいぃぃいやぁ!」
「いや、だからですね」
「ひひいぃぃいううぅ!」
「話し聞けやこら」
「やだぁああぁぁ、ママぁぁああああ!」
人間が見せてはいけない表情と台詞を吐きながら、人前で出してはいけない液体と半固形物を垂れ流すその姿。
それはリーダーぽい人だけでなく、その他の老若男女ほぼ全てが、腰を抜かして汚物を垂れ流しているし。
なんというか、汚情けないその姿を見たら、俺が悪者の様な気がしてくるから不思議である。
あっちは住処に押し入った強盗で、こっちは押し入られた住民だというのに。
しかも殆どが強盗の自滅という。
だって、こっちは叫び声を上げただけだしね。
それにしても、なんというか、超絶面倒臭くなってきた。汚物を垂れ流しているから、実際酷く臭いし。
「さっさとここから帰れ。追いかけたりしないから」
と、今生み出せる精一杯の優しさを込めて、俺がそう言葉を掛けると、全員が脱兎の勢いで洞窟へと向かっていく。
腰を抜かし過ぎて立ち上がれない人たちは、這って洞窟へと向かっていく。
そうして全員が洞窟の中へと姿を消したのを確かめ、漸く静かになったと溜め息を付いた瞬間、溶岩石の上に残った汚物が視界に入り辟易とさせられる。
どうしようかコレ。
炎で焼くのもいいんだけど、焼いたら臭いが立ち登るし。
ここは順当に水で流した方が良いのかな。
と、チサちゃんの応答を待たずに、魔法で大水を出して汚物を洗い流そうとする。
そしてその水がマグマに流れたのを目にして。
「あッ!?」
この日、三度目の水蒸気爆発。
しかもそれが悪い事に、その衝撃が溢れる程の水を洞窟の中へと向かって押してしまう。
それは水洗トイレの排水を見ているかのように、洞窟の穴へと多量の水が流れていくのだ。
それを見て、内心冷や汗をかく俺。
――水に流されて壁に衝突しないように、保護魔法を掛けた方が良いですよ。
だよね。魔法掛けないと死んじゃうよね。
と、溜め息を吐き出しながら、保護魔法という面倒臭い魔法を掛ける破目になってしまった。
ああ、もう今日は何にもやる気が起きない。
マグマの縁に顎乗っけて寝ちゃおう。




