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二〇八〇年。R&Hインダストリアルが開発した汎用ヒューマノイド・ロボットSV1型は、人間に替わる機械の労働者として、瞬く間に普及した。
強化プラスチックとスポンジラバーで成形された体長二メートルを超えるボディは、人間の肉体よりいくらも頑丈で、振動板からなる発声装置で人間や同種のヒューマノイドとも音声言語によるコミュニケーションをとることができる。
SV1型は工場や土木建築業においてその労働力を偉観なく発揮し、人間の暮らしに大いに貢献した。
「見よ、彼らは人類のよきパートナーだ。われわれ人間よりも強靱で忠実、それでいて献身的にわれらの生活ために尽くしてくれる」 街を歩けば高層ビルのディスプレイからR&H社の社長であるバリントン・レイク氏の演説が聞こえてくる。都市上空を巡回するSP型ロボットも高層ビルを警備するGF型ロボットも全てR&H社製だ。
ここ、マンハッタン・シティでは人間の暮らしにロボットの存在が深く根づいていた。
二〇八五年。SV1型の後継機として、SV2F型ヒューマノイド・ロボットが開発された。
SV2F型は特殊シリコン繊維によって成形された外皮を持ち、発声装置もセレン振動板を採用しているため、見た目も声もまさしく人間そのものだった。
SV2F少年型個体ロビィが最初に目覚めたのは出荷前の最終調整をおこなう簡易ベッドの上だった。この小さな部屋は消毒液のにおいがした。嗅覚センサーでにおいの成分を分析してみると、すぐにそれが出荷前に自らの肉体に付着した不純物を落とすためのものだとわかった。
愛らしい少女型、筋肉隆々の男性型、彼よりも小柄な少年型、この小さな部屋には彼以外にも様々なSV2F型ヒューマノイドの姿がある。彼らの肉体を網膜デバイスでスキャンしてみると、これから彼らがどのような労働現場でどのような仕事に就くのかは容易に想像できた。
すると、一人の技術者が彼の元へとやってきた。
「やあ、今から君にいくつかの質問をする。その質問に対して、なるべく正確に答えてくれるかね?」
「はい、わかりました」 ロビィの声は無機質でこそあるものの人間のそれのように有機的で、SV1型のような金属質なものではなかった。
「まず、君の名前を聞かせてほしい。君の名前は何だね?」
「はい、わたしの名前はSV2F型ロビィです」
「よろしい。君は何のために作られて何に喜び、これから何をしようとしている?」
「はい、わたしは人間に替わる労力として作られました。人間の喜びがわたしの喜びです。わたしはこれから、この肉体が動かなくなるその日まで、人間社会の次なる発展に貢献し続けます」
ロビィは音声ソフトのように一字一句誤ることなく淡々と答えた。技術者の男は顎をさすり、「ふむ」と、満足げな笑みを浮かべた。
ロビィの完成度に人間が喜んでいる。ロビィはその感情に適した表情を作り、人間に応えてみせた。
それからいくつかの質問が続けられ、ロビィはそれら全てに答えた。どれも思考回路に誤りがないか、人間に対する忠誠心は正常かを計るためのものだ。
全ての質問に答え終えると、技術者の男はロビィの首の裏に手を回した。彼の主要回路のコンソールが開かれて男の手が触れたことでロビィの意識は遮断され、再び深い眠りについた。
次にロビィが目を覚ましたのは人々の喧噪の中だった。上体を起こして辺りを見回すと、彼を囲んでいた大勢の人間達が一斉に歓喜の声をあげた。黄色いヘルメットをかぶった男達だ。
ロビィは自らが出荷され、労働現場で人間の手によって起動させられたことを認識した。いつの間にか真っ白だった記録が更新されている。その更新データをアップデートすると、どうやらこれは今からおこなう仕事に必要な知識や技術、指示を請うべき人間についての詳細などが与えられているようだ。
巨大なクレーン車のアームを目で追うようにして建設途中のビルを見上げると、多くのSV1型達が単管を運び、クランプで繋ぎ留めて足場を築いていた。彼らSV1型と共に人間の補助をおこなうのがロビィの仕事だ。
彼は立ち上がり、アップデートした記録を元に現場監督官に向き直り、握りしめた右手を左胸に当てる礼をした。これはロボットが人間への忠誠を示すための礼だ。
「わたしの名前はロビィです。マスター、わたしに指示をください」
こうして、ロビィは無事に出荷先で起動し、人間達の中で働くこととなった。
彼の労働力は目を見張るもので、SV1型よりも軽く小柄な肉体は高い足場にも難なく登ることができた。彼が成果を上げると人間達は大いに喜び、それが彼にとっての喜びでもあった。
わずか二ヶ月でロビィがSV2F型の有用性を証明したことで、この現場にも新たな同型が配備された。テレビのニュースを観ると、マンハッタンじゅうの労働現場に次々とSV2F型が導入されている。
SV2F型は人間の役に立ち、人間はSV2F型の労力を必要としているのだ。ロビィはそれが嬉しくてたまらなかった。
だが、ある時彼は気づいてしまった。この労働現場にSV2F型が増えるにつれて人間の労働者が一人、また一人といなくなっていくことに。
「マスター、クロード様の姿をお見かけしませんが、彼はどちらに行かれたのですか?」
ロビィは現場監督官にたずねた。
「クロードか、あいつは仕事が遅いから先日クビにしたよ」
クロードは誰よりもロビィのことを誉め、こまめにメンテナンスをしてくれる人間だった。
「では、パウエル様やアンダースン様はどこへ行かれたのですか?」
「あいつらもクビだよ。今や人間よりもSV2F型のほうがコストがかからずよく働いてくれるからな。おれも近々クビになるだろう」
現場監督官は、悲しそうにそう言った。いつしか労働現場に人間の姿はなく、SV1型とSV2F型ばかりになっていった。
それでもロビィは働き続けた。今ここで喜んでくれる人間はいないが、きっとどこかで彼の働きを喜んでくれている人間がいると信じて。
だが、ある日彼が次に指示された労働現場へと向かう途中で、何やら騒がしい人々の群を目にした。人々はフリップを掲げて何かを訴えているようだ。
ロビィが網膜デバイスでフリップの文字を拡大してみると、「SV2F型反対」や、「人間の仕事を返せ」などと書き殴られていた。
人々の中にはクロードやパウエルやアンダースン、現場監督官の姿もあった。SV2F型が普及したことによって職を失った人々のデモであることがすぐにわかった。
それから少したって、労働者団体がR&H社に対して起訴をおこした。結果、SV2F型は販売からわずか一年で全て回収されることとなった。
かつて技術者の男から様々な質問を受けた消毒液のにおいがする小部屋にロビィはいた。
「わたしは、わたし達はただ、人間に喜んでほしかっただけなのに、どうしてこのようなことになってしまったのですか?」
「それはね、人間達は君達が思うよりもずっと弱かったからだよ」
と、技術者の男は答えてくれた。
「わたし達SV2F型はこれからどうなるのですか?」
「おそらく、これから少しの間眠ってもらうことになるだろうね。でも、何も心配することはない。すぐに、君達にふさわしい仕事が与えられるさ」
「その仕事は、人間達に喜んでもらえる仕事ですか?」
「ああ、きっとみんな喜んでくれるさ」
技術者の男は優しくほほえんで、そう答えた。ロビィは安心して眠りについた。
二〇九〇年。残りわずかとなった資源をめぐり、世界各地で戦争が勃発。再びロビィが目を覚ます日がやってきた。
第一章 われわれは危害を加える力を持っている。




