君と私と雨
「雨って、鬱陶しいよな」
外をぼんやり眺めて、彼はつまらなそうに言った。
「……急にどうしたの?」
生憎彼の鬱陶しがる雨空とは程遠い、梅雨時には珍しい爽やかな快晴。言っている意味が分からない分、彼の方が鬱陶しいのでは。
彼は窓の外から目をそらさない。いつもの丸い目は薄く、細められている。表情からも、退屈そうな様子が窺えた。
「雨が降るとさ、君が寒い思いをする」
「そうだね」
珍しい。彼が私中心の発言をするなんて。明日は土砂降りにでもなるかもしれない。
「君が、濡れるとか髪がぼさぼさになるとか言って駄々を捏ねる」
「仕方ないじゃん」
癖っ毛にとって深刻な問題なのだ。というかやっぱりそういう理由もあるのか。
「傘を持ち歩かなきゃならなくなる」
「傘ないと濡れるよ」
けれどまぁ荷物になって面倒だと言うのは同じ意見だけども。
「君が、傘を差して歩かない。濡れると文句を言うくせに」
「……」
荷物が手一杯なのが嫌だから仕方ないんだ。そこは見逃してほしいのだけど。
「風邪引くって言っても、ちっとも聞かない」
「……実際引かないもん」
「俺、しょっちゅう会える訳じゃないんだから、心配かけさせないでよ」
外を見ていた彼は情けない顔を此方に向けた。
「……ごめん、でも」
君に心配してほしくてやってる訳じゃないのにな。そんな生意気な言い訳が頭に浮かぶ。言いたいのはそんなことじゃないのに。
「私は雨、好きだよ」
「なんで?」
「君を横取りする太陽が隠れて、君が私を見てくれるようになるから」
晴れの日より、素直になれる気がする。心無しか、程度だけど。
君はあっけに取られたような、間の抜けた表情を此方に向けた。そんな顔をしたまま固まるものだからとてつもなく居心地が悪い。
しばらくして、彼はもう一度窓の外を見た。春ほど穏やかでもなく、夏ほど暑くもない、爽やかな快晴。
そんな空と同じ、溢れんばかりの清々しい笑顔を浮かべた。
「でも、やっぱり俺は晴れてる方が好きだな」
「そうだろうね」
晴れ空の下で元気いっぱい動き回る彼を思い浮かべる。その彼は今と同じ笑顔をしているもの。
「でも、君が素直になってくれるなら、雨も好きだな」
嬉しそうに私を見る彼が、少しだけ憎く見える。なんでそんなに素直なんだろう。なんでそんなこと口に出来るんだろう。
「もし、雨が降ったらさ」
ぽつり。キラキラと笑う彼から目をそらして呟いた。
「うん?」
「いっぱい、いっぱい話そうよ」
「うん。楽しみにしてる」
「じゃあ、てるてる坊主つくろっか」
「素直じゃないなあ」
君が好きな晴れの日も、笑顔が見れるから好きなんだけど。
これは、雨が降っても言えないかもしれない。