08
「それで、お願いってのはなんだ?」
館の二階にあるテラスにて、テーブルを向かい合い、レミリアと弘毅は椅子に座っていた。
レミリアは、説明するのを面倒くさそうな顔をする。
「そう焦らないでよ。……っていっても、人間は寿命が短いんだっけ」
そう皮肉を言って、肘を曲げたままカップを持った。そのままレミリアは紅茶を飲んだ。
彼女は言葉を続ける。
「そんな、【モノ】頼りの人間風情が白黒とマジメに戦えたって聞いて。ちょっと一戦交えたいな、ってね」
吸血鬼と戦うのが嫌で、話し合いで解決する形にするために霊夢に頼み、レミリアと話す機会を設けてもらった弘毅。
そんな弘毅に興味本位で戦いたいという理由のみで頼むレミリア。
流石に、弘毅も乗り気ではないようだが、
「……はあ」
弘毅は、一度ため息をついてから、カップをテーブルに置き、椅子から立ち上がる。このような時は諦めなければならない、と今回の依頼を通して悟ったのだ。
なんとも嫌な悟りである。
「よし。それじゃ……始まりよ?」
レミリアはそう言って、傘を持って、テラスから飛びだした。直後、羽を羽ばたかせて空を飛び、傘を差す。
弘毅はその光景を見て、申し訳なさそうな顔をする。
「えーと、レミリア、さん? 俺は空……飛べないんだが」
弘毅は空を飛べない。鬼々は飛べるのだが、弘毅自身、飛行能力を持っていない。
札に乗って空を飛ぶことはできるが、燃費が悪く、実用性がない。
「え? ……ちょっと待ってて」
空を飛べないということが、彼女には予想外だったようで呆気にとられていた。
少し経って、レミリアはテラスに戻ってきた。咲夜にお茶を頼んで、いらついた様子で椅子に座る。
弘毅もそれを見て、反対側の椅子に座った。
「なんか、呆れられてる?」
「…………使えないわね。あー。今日は空で戦いたい日だったのにな……」
頬を膨らませるレミリア。
レミリアが、弘毅を一瞥して言った。
「あ、もう帰っていいわよ」
「!? いや、色々話しとかあるからきたんだが」
「そんなの昨日、咲夜が信用できる人って認めたから今更ないよ」
「そうなのか!?」
弘毅が咲夜の方を向くと、咲夜は微笑んだ。
「今日、誘ったのだって、いつもと違う人とスペルカ―ド戦したかったからだし……」
うー、と唸っているレミリア。弘毅はそんな姿を見て、
「……えーと、咲夜さん。どうすればいいですか?」
助けを求めた。咲夜ならこのようなときの機嫌の取り方を知っているだろう、と考えてだったが……
「しばらく、お待ちください」
諦めよ、というお言葉であった。こうなってしまっては、咲夜にも収集がつかないのだ。
「あのチャイナにグングニルでも当ててやろうかしら」
まさかの八つ当たりである。
「……お嬢様。まずは事態は収拾しなければならないのですが……」
渋々とレミリアを促すメイド長。
「ああ、もう。わかったわよ! 皆を連れてきて」
イラついた様子で、叫ぶレミリア。弘毅、咲夜ともに苦笑いせざるを得なかった。
●
「……これで全員かしら」
咲夜がポツリ、と言葉を漏らす。
「多分、全員だと……」
そんなに広くないテラスに、七人が集まっていた。そのうち二人は気を失っている状況だったが。
弘毅は護衛の青年に念のために質問があるかを聞いた。
「僕は大体美鈴さんに聞きました。なので、大丈夫です」
ここにきても動じていない姿を見て、予想がついていたのか、弘毅は頷き返すだけだった。
「咲夜、お茶ー」
「はい、かしこまりました」
「……お前はどんだけ飲むんだよ」
最初の威厳はどこへ行ったのか、だるそうにテーブルにもたれかかっている姿は、先程までの主の雰囲気が微塵も感じられない。
「吸血鬼……。これが……。あの紅霧異変の犯人…………」
早速、青年がこれ呼ばわりをする。それほどまでに、威厳は感じられなかったのだろう。
「では、早速このあとどういう風にするかを話し合いをしましょう、咲夜さん」
「そうね。さっさと終わらせて妖精メイドたちにも働いてもらわないと」
「あれ、全然そういう奴らは見かけなかったけど?」
「面倒事は避けたいから隠したの。どうせ暇をつぶすなら、有意義に暇をつぶしたいのでしょ?」
紅魔館が変に散らかっていたのは、妖精メイドが急いで、隠れようとしたから、荒れていたのだ。
「それであんなに散らかっていたんですか」
「雇った時の予想より使えない子達だったのよ……。というより、聞いてなかったけど、名前は何?」
青年に咲夜が思い出したように聞いた。
「え? 晴間、ですけど」
「晴間さんね。良い名前ね」
「ありがとう、ございます。……いや、まあ苗字ですよ?」
咲夜の変なお世辞に、戸惑いながら礼を言う青年……晴間。
「うん、良い苗字ね」
レミリアが妙なタイミングで話に参加した。
「ん、何だ。先祖とかでなんか話でもあるのか?」
弘毅は苗字に由来があるのか気になったのか。レミリアは真顔で言葉を返した。
「ないわね。ただ、響きが気に入っただけ」
『それだけ!?』
弘毅と晴間の同時の叫びだった。
「あら、太陽が雲の間から光を射す。って意味合いはいい感じじゃない?」
「おー、いいわね。流石は咲――」
「それじゃ、レミリアは丸焦げだけどな……」
「………………」
弘毅の言葉で静まる場。
「…………ええと、話は進めないんですか?」
『あ』
●
その後、依頼の話は簡単に収束し、終息を迎えた。
というのも、
「ホント、すいませんでした!!」
「ご、ごめんなさい!」
事情を知った依頼人と馬鹿な護衛が、全力で謝りだしたのだ。
「……秋雨君も言ってくれればいいのに」
「いやあ、断りづらくて。言い出せる雰囲気ではなかったですし」
「たしかに、そうかもね」
過去を思い出しながら答える依頼人。弘毅に同行を頼みに来た時、強制的だったのを思い出したのだろう。
「ああ! もういいから。とりあえず、帰っていいわよ」
シッシ、と手を振るレミリア。咲夜曰く、お嬢様はそろそろ限界でもう眠りたいの事だ。
弘毅が息を吐く。
「なんか、二日を無駄にした感じだな」
「結構大勢巻き込んだ割には、事態は小さかったかしら」
「ごめんなさい……」
「あら、弘毅さん。なんで謝るのかしら? 私は楽しかったけど?」
どうやら、紅魔館組は暇を潰せて、満足らしい。
「ならよかったよ。さて、ぼちぼち帰るか……」
「あ、弘毅君には今度報酬をあげないと」
依頼が終わって、思い出したのだろう。慌てだす依頼人。
「いえ、要らないですよ。それで貰っては詐欺みたいなものだし」
「ううん。迷惑料みたいなものとしてもあげたいんだ。頼むよ」
依頼人の言葉に、しばらくして、弘毅は頷いた。
「ええと、さっさと帰ったほうが身のためかと……」
美鈴がレミリアの方を見て言った。
「……そうだな。それじゃあ、帰るか」
●
こうして、各々が各々の家などに帰っていき、依頼は終わりを迎えた。
広げに広げた絨毯を乱暴に畳むように、雑に大雑把に。
「うーん。美鈴さんに会いに行こうかなあ」
しかしそこで生まれた関係は変わらずに今もあり、
「おーい、弘毅君! 魔法とやらを見せてくれー」
彼らの未来を少し変えている。
「咲夜、お茶ー。」
変わらない日常を紡ぐ者も勿論居るが。
少し変わった日常に、幻想郷のよろず屋は、日常を生きている。
「……今度の宴会。よろず屋さんも誘ってみようかな」
「おお! それはいいな、霊夢!」
……少し変わった日常で苦労事は増えそうだが。
はい。序章、最終話です。
最初は、これで完結の予定だったんですが、色々と僕の妄想の結果、続けることになっています。まあ、あんだけの伏線を投げっぱなしはダメですよね。
未だに、プロット段階ですが、付き合っていただければ、幸いです。