10
「う……ん……、魔理沙?」
未だに昼前なので朝寝――二度寝の様なものから目を覚まして、上体を起こす、弘毅。
フランとのスペルカード戦が相当辛く、早く自分が強くなりたい、という思いで博霊神社まで転移してきた弘毅だったが、早々にしっかりと疲れをとっていた。
「おー、弘毅がやっと起きたぜ、文」
魔理沙と文は、寝ている弘毅の面倒を見ていた。面倒といっても、床に寝てる人間を放置しているほど、何もしていなかったが。
単に様子を見てただけ。二人は、気楽にお茶菓子を食べながら、お茶を飲んでいた。
「本当ですね、おはようございます、弘毅さん」
返事をしながら、ゆらゆらと弘毅が二人の元に向かう。
「……おはよう。ってなんでここに居るんだ?」
弘毅の記憶が正しければ、彼の寝る前には霊夢だけが居たから、疑問を抱いたのだろう。
文は新しいお茶を弘毅に渡しながら言う。
「それは、私たちの台詞なんですがね」
「……? って熱い!」
弘毅は急いで机の上にお茶の入った湯のみを置いた。少々乱暴だったので、お茶が揺れて畳にこぼれてしまった。
「霊夢さんに謝らないとな……」
「大丈夫そうだぜ。――で、霊夢は?」
「……? さっきまで居たよな?」
その言葉と共に、弘毅は周りを見渡すが、霊夢の姿はなかった。
「いませんよ。私たちも探しました」
うーん、と弘毅は言いながら、お茶を一口だけ飲む。
「俺はここで休ませてもらって、気づいたら今って状況なんだが……って」
そこで弘毅は、自分の服をぽんぽんと叩いて、ある事に気づく。
「……鬼々もいない」
「そう、なのか? ただ喋らないだけじゃなくて?」
弘毅は頷く。弘毅服のの懐に、鬼々の入る隙間を設けていて、常ならそこにいるはずだった。
「ということはつまり」
文が手を叩いて言う。
「霊夢と一緒に居る可能性が高いですね」
魔理沙がなにか気になった様に、弘毅の方を向く。
「訊こうと思ってたんだが、……あの鬼々って奴は、なんでお前と一緒に居るんだ?」
文も興味津津の態度を示す。
弘毅は、そんな二人を見て、げんなりとした雰囲気でぼそり、と。
「……また、か」
そんな愚痴に
「覚悟しとけ、だぜ」
口の端をあげる魔法使いと、
「まあ、霊夢さんに鬼々さんならほっといても心配ないですし、ね?」
逃げ道をふさぐ烏天狗。
弘毅はその様子を見て、過去の事を鮮明に思い出して、盛大にため息をついた。
「……えーと、あれは丁度二年前のことだったか。鬼々が家の前――玄関の前に落ちていたんだ」
こうして偶然か必然か、同じタイミングで霊夢と文と魔理沙は弘毅と鬼々の出会いを聞いたのだった。
●
弘毅と鬼々の出会いは、今から二年前の夏に遡る。時期で言えば、弘毅が万屋を始めて半年程経った日である。少しだけ慣れてきた万屋の依頼をこなして、弘毅が家に帰った時に二人は出会う。
夏の暑い夕方。――日が沈みかけ、空が暁に染まり始め、空には豊旗雲が彷徨っていた、そんな綺麗な日。
弘毅は依頼が終わり疲れ切っていたまま家に着くと、ふと鬼々の存在に気づく。――当時は家の玄関に落ちているただの札と思い込んでいたが。鬼々は自分の記憶では、初めて見た生物である弘毅に話し掛ける。
――鬼々は記憶喪失だった。
何故、自分が札なのか。何故、ここに居るのか。何故、喋れるのか。鬼々には自分の名前以外わからなかった。そんなよくわからない札に、弘毅は興味を持った。まあ、突然札が喋れば無理はない。
しばらく二人で話して仲良くなった時に、鬼々は言った。
「契約せんか?」 と。
鬼々は自分の魔法の様な力を知っていた。――本人曰く、記憶はないのだが身体が理解していたのじゃ、らしい。その力を基に鬼々は契約を促す。
弘毅はは万屋を始める半年前までは霧雨の家にお世話になっていた。が、誰も居ない元の秋雨の家を売って人里の外れにある空き家を買って、一人で万屋の生活を始めていて、一人の生活に不安を感じていたのだろうか。
彼は迷うそぶりを見せずにすぐに頷いた。
二人は互いに力を合わせて、生活を始めた。
弘毅は、鬼々の力を自分の仕事の役に立て、そして一人の寂しさから逃れるために。
鬼々は、弘毅と共に自分の記憶を取り戻して、自分を知るために。
●
いつのまにか博霊神社から姿を消した霊夢と鬼々の二人はというと、二人で仲良くある場所に訪れていた。
「それにしても、相変わらずしけたところねえ」
周りが石の壁に囲まれた空間――洞窟を見ながら言う霊夢。
「まさか、地獄に来るとはの」
鬼々は呆れながら、呟いていた。
「旧、ね。もう目的の場所に着くわ」
間違いを訂正して、他の岩とは違うレンガ造りの場所を指さす霊夢。
「……それは、サトリ妖怪じゃろうか」
鬼々は自分がここに連れてこられたことから予想をしていた。
すんなりと霊夢は自分の意図を喋る。
「そうよ。心を読まれるのは気味悪いから、私もあまり近寄りたくないけど」
ため息混じりに吐き捨てる声。過去にここに訪れたときに、あまり良い思い出がないそうだ。
「……なら、何故来たの?」
霊夢の言葉に反応して、話題の人が言葉を発する。
「あら居たの。久しぶりね」
「初めて久し振りなんて言われたわ、心から。……あと、誘いは嬉しいけど、別に宴会に行く気はないわ」
そんな不思議な会話を聞きながら、鬼々は言った。
「というかの、サトリ妖怪と会うとは思うてなかったのじゃが」
「自分のことを知っているかもしれない者に会いたい、って言っていたでしょ」
鬼々としては、今は色々な依頼を通して記憶が少しでも戻ればいい、と思っていた。だが、妖怪や神様に精通している霊夢と一緒に行動できるチャンスがあったために、霊夢に聞いたのだ。
わしのことを知っているような者は居ないか? と。結果として、二人は旧地獄まで来ているが、鬼々の想像とは違かったようだ。
二人の心を読んだのか、古明地さとりは肩をすくめて言った。
「残念だけど、役に立てそうにないわ。……心は見えるけど、記憶は見えないわ」
「……そうかの。感謝するぞ」
その言葉に鬼々はやはりと納得したが、一方で焦る霊夢。
「ちょっと待って。それじゃわざわざ足を運んだ意味がないじゃない。なにかないの?」
さとり妖怪はあくまで相手の心を読めるだけだ。記憶と心は同じではない。記憶を見るためにはそれこそ、過去を思い出すほど強い思い出の品を用いたりする必要がある。
鬼々にはその過去の物がないために、その手段を用いるのは難しい。
「なにか……ああ、そのお札には人間や人間以外の動物に似ている、不思議な精神を感じるわ」
「はあ? どういう意味よ?」
「そういわれても。そう感じるのだから仕方ないでしょ?」
「……どいつもこいつもわけわからんことを」
霊夢が不機嫌そうに喋る。旧地獄まで来て、目的に近づく物がないのがとても悔しかったのだろう。
「所詮、妖怪と人間じゃからの。わけわからないことは――」
少し怒っている霊夢を見て、会話をまとめようとする鬼々。それは逆効果だったらしく、霊夢は頭を手で抱え半ば自棄に叫ぶ。
「あんたが一番わけわからないわ! なんで記憶を失っているのよ!?」
「そういわれてもの……記憶はないのだから仕方ないじゃろう」
そんな鬼々の言葉が、辺りを包んだ。
●
「ということなんだけど」
「……なるほどなるほど」
「だから弘毅は鬼々と一緒に居るんだな!」
すらすらと手帳に弘毅の言っていた事を書き込む文。
驚きの表情をせず、鬼々が記憶喪失ということも魔理沙も文もすんなりと納得様子だった。
「そういえば、先程弘毅さんを探していると思われる……名前はなんでしたっけ。――氷精をみかけましたよ」
それに覚えがあるのか、魔理沙は名前を言う。
「ああ……チルノだぜ」
チルノ。氷の妖精である。氷精の名の通り、氷を操る力を持っている。
「あいつはチルノって名前なのか」
名前を知らなかった弘毅の言葉に魔理沙は頷く。
「チルノにもちょっかい出されて、今の疲れはフランが原因、だろ? 一気にこっち側の人間だな」
ドンと肩を叩いて笑う魔理沙。
「あまり笑いごとじゃないんだけどな……」
「妖精としては破格の力を持っている氷精に追われて、吸血鬼の妹とスペルカード戦したって、おいそれとできませんよ」
文の言うとおり、チルノは妖精の中でも最強の部類に入り、普通の人間では危険な相手である。
「……いらない体験してこの身が壊れそうだよ……」
三日間の感想をぽつりと漏らす弘毅を、魔理沙は笑った。
「……弘毅さん、今がこの調子じゃ、これからずっと妖怪に絡まれそうですねえ」
その言葉に、弘毅は反論の為に口を開けるが、言葉が出てこなかったのか、口を開けたまま止まった。
言い返せない自分が悲しくなって、項垂れる弘毅であった。
加筆とかしたいので、夏休みだけれど遅くなりそうです……。