01
では、幻想郷のよろず屋さん、始まります。
幻想郷。
現代の世界の人々に忘れ去られた、妖怪や幽霊の類い、又はそれらと深く関わりを持つ人間等が住む世界。
幻想郷の人の集落である町――通称は人里――のはずれには一つのよろず屋があった。
よろず屋とは多様の商品を扱い、頼まれれば何でも仕事をこなす、要は何でも屋である。
その何でも屋に一つの依頼が来た。大抵は力仕事や探し物等とお手伝いのような依頼なのだが、今回の依頼は一味も二味も違かった。
その依頼内容とは、
――妖怪退治である。
●
よろず屋の店主は呆れていた。
妖怪退治の依頼人は、人里でそれなりに力を持っている権力者の男。依頼内容は、紅魔の吸血鬼を退治すること。依頼人が言うには、紅魔の吸血鬼と博麗の巫女仲良く神社の方へ歩いていっているのを見たとのことだ。
それをどうしてしまったのか、博麗の巫女である博麗 霊夢は紅魔館の主の吸血鬼に操られている、と思ったらしい。
「ったく……阿呆か」
紅魔館や永遠亭、冥界等の妖怪達、はたまた神様などが博麗神社に集まって、日々飲み会をしていることを、店主は何でも屋の仕事を介して知っていた。だが、里でも有名な話なのだ。
それを、依頼人に言いたい店主であったが、如何せん。相手は人里での権力者である。そんなことを言って、逆鱗に触れても面倒である。
結果、勢いと会話の流れで、その依頼を承けてしまった。何でも屋と言うが、吸血鬼を倒すなんて無茶苦茶である。如何に平等と謳われているスペルカードルールでも、生半可な力では負けてしまうだろう。
だが、店主は諦めた。
「しょうがないか……」
ぼそりと呟く。請けてしまった仕事に愚痴を言ってもしょうがない、と思ったのだろう。
「ああ、しょうがない」
姿は見えないが、何処からか声が聞こえた。
「鬼々、助言は……ないんだったな」
鬼々とは、店主の相棒の様な存在である。姿は見えないというより、ないといったほうが正しい。最も、ないというより、人の姿をしていない、ということなのだが。
「お前さんと契約した時から、助言等は一切しないと約束しただろう。忘れたのか?」
鬼々の言う契約とは、鬼々が店主に力を貸す代わりに、店主も鬼々に力を貸す――約束の様なものだった。その契約の時の条件の一つが、鬼々は助言をしない、ということだった。
「……いや、ダメもとだよ。ダメもと」
店主もそのことをわかっていたのだろう。一度、ため息をついて、店主はもう一度考える。さて、仕事なのだから吸血鬼の退治をしなければならない。だが、どうやって吸血鬼を倒す……? そう思考する店主。
そこで店主は、一つのことに気づく。
「あれ、吸血鬼を倒す必要はあるのか?」
「うむ、ないな」
やっと気づいたかたわけ、と言う鬼々。あくまで依頼人は霊夢を助けてほしいという感じだった。やけに、退治という言葉を強調していた気もするが、大丈夫だろう。
「和解した振りが、手っ取り早いよな。……なら、博霊の巫女さんとこに行くかな」
「そうだな。それがいい」
鬼々も賛成だ。要するに巫女に頼んで、吸血鬼と和解したことにして、適当に巫女が解放されたことにしてしまおう、という考えだ。
●
よろず屋の主人……秋雨 弘毅は、よろず屋の扉に『出払い中』の看板を掛け、扉を開けて外に出た。
「どこに行くんだ、弘毅?」
店を出た弘毅にすぐに誰かが声を掛けた。そこには、黒い服で全身を包み黒い帽子をかぶった、一人の金髪の少女が居た。
「お、魔理沙か……? 久し振りだな。大きくなって」
魔理沙は、弘毅の知り合いで、弘毅は、短い間だが魔理沙の親が持つ店の手伝いをしたことや居候したことがあり、弘毅とは仲が良かった。
「……たった、二ヶ月だぜ。いい加減、子供扱いはするなよ?」
「ああ、わかってる。わかってる。何の用だ?」
ポンポンと、頭を軽く撫でる弘毅。それを払いのける魔理沙。
「ったく……、霊夢に渡したい物があるんだ。頼めるか?」
「ちょうど、行こうと思っていたところだ。巫女さんに渡せば良いんだよな?」
そう言いながら、弘毅は魔理沙から酒を二升ほど受け取った。
「礼を言うぜ。……もう私は行くからな」
「ああ。あと、飲み過ぎも大概にしとけよ」
「……頼んだ!」
そういって、魔理沙は箒に乗って飛んで行った。飲み過ぎを指摘されて、言い返せないぐらい呑んでいるのだろうか。
「はー、相変わらずに速いな、あいつ」
弘毅は、魔理沙の後ろ姿をみながら、ひとつのことに気付いた。
「てか、報酬とかの約束してないし」
一人で愚痴をこぼす弘毅。
「まあ、いいじゃないか。あの魔法使いも健気に育って可愛いだろう? 騙すことなんてせんよ」
「あのな、鬼々。霧雨の家にはお世話になっているし、変な事は喋るな。 最近は、面倒な天狗にもマークされているし、約束でも、あまり外で話さないようにするんだろう」
「ああ、あの記者天狗のことか。わしはああいう娘も好みだぞ」
「あのな、お前いい加減静かに……」
「そうじゃの、主の言うとおり、その記者天狗は主の真後ろにいて、しっかりこの話を聞いておるしの」
「なっ!」
その瞬間、弘毅は後ろを向こうとする。が、その必要はなかった。
「あやややや。お札さんには、ばれてしまっていましたか」
弘毅の目の前には、噂の記者天狗――射命丸文――が立っていた。
「あ、ああ……どうも。ホント、今日は賑やかだな」
一難去ってまた一難というが、手には酒がある。一難持って、また一難である。
なるべく平然を装っている弘毅だったが、頭の中では、必死にその場を立ち去る方法を模索していた。
何故ならば、
「唯の人間であるあなたが、なんでそんなに不思議なお札を持っているんですか……?」
とても、強い眼差しこちらに向けていたからである。基本は秘密である、鬼々はお札という事実を一瞬のうちに見抜かれ、興味を持って近づいてくる。
文の言葉にもある通り、唯の人間がこのようなものを持っているのは、珍しい。それでも、喋るだけの札ならばよい。だが、鬼々は、特殊な力……妖怪の持つ道具のような不思議な力も使えるのだ。その力を使うための魔力も鬼々に内蔵されており、それを感じ取ったのだろう文もここまで興味を持ったと思われる。
――面倒な依頼をうけている中、さらなる面倒の相手はしたくなかった、弘毅。そこで、弘毅がとった行動は、
「逃げるぞ、鬼々」
大胆と逃亡宣言。
「あやや、相変わらず面白いお方ですねえ、万屋さんは」
「そらどうも」
「まさか、女相手に逃げるなんて抜かすかの」
味方である、鬼々から批判的な言葉が。そこで、弘毅は
「俺は、人間! そこの天狗は妖怪! 男女なんて以前に問題だろ……!」
精一杯の愚痴をこぼした。
「別に逃げてもよろしいですが、この幻想郷最速の記者はどこまでもついていきますよ……?」
だが、あっけなく、無視される。
「そんな諦めを促されても、俺は負けじと反抗する! 鬼々、ストックの魔力を使用して転移だ!」
「仕方ないの……」
すると、弘毅の姿が段々と希薄になっていき、やがて消えた。
「だ……大スクープの予感っ?」
そんな、不思議な行動は、一人の記者に火をつけたのは、言うまでもないが、
「弘毅の奴、あんなことできるようになっていたのか? こりゃ、さっさとパチェに本返して調べるしかないないぜっ!」
実は、文との会話を盗み聞きしていた、魔法使いの興味も向いてしまっていたのである。