第8話 死体発見
祭路が切り株から立ち上がり屋敷を見た時既に、武上は走り出していた。和彦が出遅れたのは、何が起こったのか興味なかったからだ。ちなみに寿々菜は出遅れてはいないのだが、足が遅いためあっという間に、和彦に抜かれてしまった。
武上が屋敷に飛び込むと、同じく悲鳴を聞きつけたらしい駿太郎がキッチンから出てきたところだった。
「駿太郎さん!」
「なんだよ、今の悲鳴」
「外にも聞こえてました。あの声はもしかして、」
「・・・上山か?」
武上もそんな気がしていた。今の悲鳴は、使用人の上山の声だろう。
「何事ですか?」
2階から静香も降りてくる。
「奥様!」
「今の声・・・上山じゃなくて?」
「はい。向こうの方から聞こえてきました」
駿太郎が1階の奥の方を指差す。
「あっちには何が?」
「客間だ」
「客間?客間はこっちじゃないんですか?」
武上は、自分達が最初に通された逆方向に振り向いた。
「あれは第一応接室。他にも後2つある。普段は使わないけど上山がたまに掃除だけはしていて・・・。何かあったのかな」
駿太郎が不安そうな表情で、悲鳴のした方向に走り出した。武上もそれに続く。2人のスピードは次第に速くなっていき、やがて全力疾走になった。
「ここだ!」
駿太郎が急ブレーキをかけたので、武上は前につんのめりながらも、なんとか止まる。
「上山!どうした!?」
開けられたままの扉からエプロン姿の上山の後姿が見えた。肩を縮め、立ち尽くしている。そして青い顔で武上と駿太郎に振り返った。
「あ・・・駿太郎・・・」
「何があった?」
「・・・」
上山が再び前を向く。武上と駿太郎もゆっくりとそちらを向いた。そこには・・・
「あ!」
「秀雄さん!」
西日の中、胸にナイフを立てた秀雄が床の上に倒れていた。白いシャツと毛の厚い絨毯が赤い血でグッショリと汚れている。
「ひどいな・・・」
硬直する駿太郎とは対照的に刑事の武上は臆することなく秀雄に近づき、手の脈を確認した。
「ダメだ、もう死んでる」
上山が「ひっ」と声をあげ、後ろへふらつく。
「嘘だろ」
駿太郎も茫然自失といった感じで呟く。だが、ふらついた上山が自分の肩にぶつかるとそれを支えてやった。
ちょうど部屋にやって来た寿々菜と和彦も一瞬息を飲んだが、武上が軽く首を左右に振って見せると、状況を察して軽くため息をついた。
しかし、やはり親はそうはいかない。
寿々菜たちから少し遅れて部屋に着いた祭路は部屋の中の惨状を見るや否や、混乱したように部屋全体をキョロキョロと見回して膝をつき、更にその後に到着した静香は少し目を見開いたまま唇を噛んだ。
「ひ、秀雄・・・!」
「祭路さん、お気の毒ですがもう亡くなられています。まだ死後硬直が始まっていないので、ついさきほどのことだとは思われますが・・・」
「誰がこんなことを!」
今度は祭路が猛然として立ち上がる。静香は黙ったままだ。
「まだ事故なのか事件なのかも分かりません。とにかく皆さん、現場保持のために秀雄さんに手を触れないで下さい。部屋を出ましょう」
「待ってくれ。秀雄・・・!」
秀雄に駆け寄ろうとする祭路を武上が押し留める。
「祭路さん、お気持ちは分かります。しかし、酷いことを言うようですが、亡くなった方は戻りません。それよりも、万一これが事件の場合、下手に秀雄さんに触れると犯人への手がかりを消すことになりかねません。今は堪えてください」
「・・・」
「警察には僕から連絡をして、早く来てもらうようにしますから」
「・・・分かった」
祭路の肩から力が抜ける。武上はその祭路と、更に静香を促し部屋を出た。
上山は駿太郎が引っ張る。
そして全員が廊下に出たところで、武上が部屋の扉を閉めた。バタン、という音が長い廊下にこだまのように響く。
そしてその音を聞いた瞬間、寿々菜の頭の中にまた小石が転がった。
何だろう、この違和感。
寿々菜はそう思いながら、廊下で立ち尽くす面々を見つめた。
「地元の警察には連絡しました。場所が場所なので少し時間がかかるようですが、できる限り早く来てくれるそうです」
武上は固定電話のあるダイニングから戻ると、なんとなくメインの客間に集まる形になっていた寿々菜・和彦・祭路・静香・上山・駿太郎にそう告げた。
「それと祭路さん、手帳、ありがとうございました。今日の出席者にも全員連絡が取れました」
疲れた表情でソファに座っている祭路に武上が手帳を差し出す。祭路は力なく頷いて、それでも丁寧に礼を言った。
「すまないね、こんなことまでさせて」
「いえ。騒ぎにならないような形で訪問を断らないといけませんから。それに、」
武上は言葉を切って、扉近くでぼんやりと立っている上山を見た。本来なら招待客への連絡など使用人である上山の仕事だろうが、秀雄の死体を見たショックからか、完全に心ここにあらずといった様子だ。
祭路も上山を見て、申し訳なさそうに肩をすくめ、小声で言った。
「いつもはしっかりしてるんだがね」
「ここのご主人が亡くなったんですから、呆然として当然でしょう。仕方ありません」
上山の横には駿太郎が、同じく黙ったまま立っている。だが駿太郎は呆然とはしておらず、何を考えているのか複雑な表情だ。
祭時の隣の静香は若干硬い表情だが、いつもと余り変わらない。
和彦が目で武上と寿々菜に廊下に出るように言った。2人はそれに従ったが、他の4人は和彦達が部屋を出て行ったことに目もくれない。
「・・・大変なことになっちゃいましたね」
廊下に出ると、寿々菜が呟いた。
「これからこのお家、どうなっちゃうんでしょう」
「まあ、まだ秀雄の親父が元気だからな。なんとかなるさ。それより武上、秀雄はなんで死んだんだ?」
和彦が武上を見る。
「出血多量によるショック死、といったとこだろう」
「馬鹿。そういう意味じゃねーよ。事故か、事件か、自殺かって聞いてるんだ」
「分からん。それは今から地元の警察が調べる」
「お前も警察だろ」
「今日は非番だから違う」
「冷たい奴だなー」
とは言え、和彦も貴重な休暇中。いくら知人が死んだからと言ってそれを台無しにはしたくない。
だが、いつも暇な・・・もとい、いつも正義感溢れる寿々菜は一味違う!
「和彦さんのお友達ですよ!それに『御園探偵』でお世話になった人です!」
「この家を借りただけだけどな」
「絶対犯人を捕まえましょう!」
なんだか勝手に1人で燃え上がって火事を起こしそうな寿々菜を武上が慌てて消火する。
「す、寿々菜さん!落ち着いてください!さっきは分からないと言いましたが、実はなんとなく分かってるんです」
「え?」
「第一発見者である上山さんに、発見した時の状況を聞いてみました」
「ちゃんと聞いてんじゃねーか」
和彦が抜け目無く突っ込む。
「うるさい---上山さんは週に一度あの客間を掃除しているらしく、今日も掃除をするためにあそこに行ったそうです。普段は使わない部屋なのでいつもは鍵がかかっていて、今日もちゃんとかかっていた。だから上山さんは鍵を使って中に入り・・・倒れている秀雄さんを見つけた、というわけです」
「で?」
「だから、うるさい。最後まで聞け。---家中の鍵を持っているのは、主である秀雄さん自身と掃除をする上山さんだけです。多分秀雄さんは自分の鍵であの客間に入り、中からまた鍵をかけて自殺した・・・そんなところでしょう」
「自殺、ですか?」
寿々菜が意外そうな顔をした。和彦も腑に落ちないといった表情だ。
「本当に他に合鍵とか持ってる奴はいないのか?いないとしても、上山が言ってることが本当かどうかなんて分からないじゃねーか。上山が行った時鍵はかかってなかったかもしれないし、実は上山が殺したってこともありうるだろ。第一、秀雄が自分で入ったなら、秀雄は今鍵を持ってるはずだ。持ってたか?」
「そこまで見ていない」
「だろ?秀雄が鍵を持ってなかったら、秀雄はどうやって中に入ったんだよ?上山が秀雄を呼び出して刺し殺したのかもしれないし、上山が前に掃除した時に鍵をかけるのを忘れてたりしたら、それを知った誰かがあの部屋で秀雄を殺したのかもしれない」
「その場合、最後に部屋を出る時、どうやって鍵をかける?」
「秀雄の部屋から鍵を盗んだんだろ。もしくは上山の鍵を。とにかくあの部屋の二つの鍵が今どこにあって誰が持ってるか調べるんだな」
秀雄さんの死に無関心なふりしてても、真相は気になるんだな。
武上は1人でこっそり苦笑いした。