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第6話 カワイイ?コックさん

午後3時。パーティのスタートまで後4時間だ。

寿々菜はクッキーで更に膨れてしまった腹をパーティまでに減らそうと植物園かと見間違えるような広大な庭を散歩していた。


「おんや?あんた、誰じゃ?」


と、声をかけてきたのはモンさんこと、使用人の山本権造だ。さっき玲子に「モンさんは2代前の秀雄さんのお祖父さんの時代からここで働いているらしいの。祭路家の生き字引の『物知り権造さん』、略してモンさんよ」と聞いたばかりだ。


「今夜のパーティに来た、白木寿々菜です」

「はぇ?」

「えっと、今朝着いた、」

「ああ、イワシの仲間か」

「・・・」


それが一番分かりやすいのなら、そういうことにしておこう。

寿々菜はモンさんの手の中の物を見た。


「それ、リンゴですか?」

「御主人様の好物なんじゃあ」


そう言えば玲子が水筒に入れていたのもリンゴ風味の紅茶だった。もしかしたら秀雄と飲むつもりだったのかもしれない。



悪いことしちゃった。



寿々菜は膨れた腹を撫でた。


「ほれ、あそこで採れたんじゃ」


モンさんの指差す方向を見ると、なんと庭の中に果樹園がある!本当に植物園みたいだ。


「すごーい。お庭でリンゴが採れるんですか」

「みかんも梨も採れるぞ」

「いいなあ」



うちの庭でも果物作れないかな。



まあ2m四方の庭では厳しいだろう・・・。

とにかく寿々菜はちゃっかりとモンさんからお土産にリンゴを1つ貰って、部屋に帰ったのだった。




「あ~、寝ちまってた」


午後4時。和彦はベッドから起き上がると夕日が差し込み始めている窓際に立った。裏庭の倉庫が見下ろせる。



あの玲子とかいう女、まだあそこで昼寝してるのかな。



せっかくのいい女だが、秀雄の婚約者だということはともかくとして、変わり者なのが惜しい。



もうちょっと中身が普通の女ならなあ。



実は和彦の初恋の相手も相当な変わり者なのだが、その話はまたいずれ。


和彦は暇潰しの為に屋敷内を散策することにした。いつもなら暇があれば携帯をいじるのだが、電波が届かなければ携帯などデジカメみたいなもんである。



たまにはこういうのもいいか。



などと武上と同じことを考えながら階段を下りると、何やら1階の奥の方からガチャガチャと金属音が聞こえてきた。想像するに、厨房からだろう。使用人の上山がパーティの準備をしているのかもしれない。そう思って音のする部屋を覗いてみると、案の定そこはちょっとしたレストラン並みの厨房だった。

ただしそこに立っているのは上山ではない。後姿だが、違うと分かる。


なぜなら、そこに立っていたのは男だったからだ。


和彦が厨房に足を踏み入れると、男は敏感にもそれに気づいて振り返った。若い。おそらくまだ二十歳になるかならないかというところだ。小柄なせいもあり、男というより少年の雰囲気が漂う。

その少年は少し釣り上がったどんぐりのような目で和彦を睨んだ。


「あんた、誰だ?勝手に厨房に入ってくるな」

「・・・」


KAZUモードで行くべきか、和彦モードで行くべきか。

静香の時は自動的にKAZUモードのスイッチが入ったが、今回は逆だった。


「てめーこそ誰だ。ここで何してる」

「見れば分かるだろ、料理してんだよ。俺はここのコックだからな」

「コック?」


なるほど、確かに手には包丁を持ち、腰にはエプロンが巻かれている。


「お前みたいなガキがコック?オママゴトしてるのかと思ったぜ」


少年の目が更に釣り上がる。しかし和彦は少年の手元を見て驚いた。どうしてなかなか立派な料理が皿に盛られているではないか。


「それ、てめーが作ったのか?」

「だからそうだって言ってるだろ」


勝気な少年だ。だが和彦は何故か腹は立たなかった。なんだが自分を見ているようだ。


「お前、俺のこと知らないのか?」

「知るか。だから誰だって聞いてるんだろ」

「KAZUだ。テレビによく出てるだろ」

「俺、テレビ見ないし」

「携帯の情報サイトとか」

「ここ、携帯通じないから持ってない」

「・・・」


芸能界に興味がなくてKAZUを知らないという人はたまにいる。しかしメディア情報を全く知らない人間が今の世の中にいるとは。和彦はまた驚いた。


「カズね。俺は駿太郎。さっきも言ったがコックだ」

「・・・ふーん」


オードブルに肉料理、魚料理、パン・・・。配膳台にズラリと料理が並べられている。他にコックが見当たらないから駿太郎1人で作ったに違いない。先ほど和彦達が食べた昼ご飯も駿太郎が用意したのだろう。

和彦はなんとなく癪で、「美味かった」「ありがとう」とは言わないまま、厨房の中をブラついた。駿太郎ももう仕事に戻っている。


「それ、なんだ?」

「うるさいな。気が散る」


駿太郎が薄いパイ生地を器用に細かい網状にしていく。


「アップルパイだ。御主人様がお好きなんだよ」

「秀雄が?随分と庶民派な奴だな」

「ただのアップルパイじゃない。リンゴはここで有機栽培されてる物だし、パイ生地は国産の一級品の小麦粉から作った物だ。最後に添えるアイスも昨日の夜俺が作った」


寿々菜が喜びそうだ、と和彦は思った。いや、寿々菜は高級品よりスーパーのパンコーナーで売ってるようなアップルパイの方が好きかもしれない。


「これは?なんて書いてあるんだ?」


今度は、これまたレストラン並みの業務用冷蔵庫にマグネットで貼り付けられている紙を見てみる。英語の筆記体のような手書きの文字が書かれてあるが、よく見ると日本語だ。


「チョロチョロすんなって。今日の料理のリストだよ」


と、駿太郎。コックが使う文字なのか、それとも駿太郎の癖字なのかは分からないが、なんだかプロっぽい感じがする。


「お前が書いたのか?」

「当たり前だろ」


和彦は冷蔵庫から紙を外してまじまじとその字体を見た。そして何気なく紙を裏返すと・・・



ん?なんだこれ?



紙の裏には、明らかに表の駿太郎の文字とは違う女っぽい丸文字で「今夜11時に」と書かれてあった。


「おいおい、逢引の約束か?」

「え?あ、おい!」


駿太郎は慌てて手を拭くと、和彦の手から紙を奪い取った。


「勝手に見るな!」

「ガキのくせに」

「うるさい!」


駿太郎が赤くなって紙をクシャクシャに丸めてエプロンのポケットに押し込んだ。どうやら図星らしい。相手は誰だろうか?



使用人の上山か?それとも、ここにはいない女か?

玲子だったら面白いな。

まさか、秀雄の母親の静香だったりして・・・



「あれ、和彦?」


厨房の入り口から別の声がした。と言っても、嫌と言う程いつも聞いている声だ。


「何やってんだ、武上」

「お前こそ」


武上は少し身体を横斜めにして、駿太郎を見た。


「こちらの方か?」

「コックだとさ。駿太郎だ」


駿太郎が顔を上げる。


「はじめまして。武上と言います」

「こんちは」

「コックさんですか。昼ご飯もあなたが用意して下さったんですか?」

「そうだよ」

「ありがとうございます。とても美味しかったです」


武上がやたらと丁寧に駿太郎に礼を言う。が、駿太郎は相変わらずの不遜な態度で「どーも」と言っただけだった。

しかし、厨房内にまた別の声がすると、今度は駿太郎の背筋がピッと伸びた。


「駿太郎」

「お、奥様!」


静香だ。こちらも相変わらず冷徹な雰囲気である。


「これを準備しておきなさいと言いましたよね?できてますか?」


静香がメモを差し出す。和彦と武上が盗み見てみると、右上がりの文字で「キャンドル、テーブルクロス、銀皿」などなどと書かれてある。


「はい。・・・あ、キャンドルを立てるやつ、用意してなかった」

「駿太郎!」

「す、すみません!奥の部屋にあるから、出しときます!」

「早くなさい」

「はい!」


駿太郎は冷や汗を掻きながら頷いた。





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