第5話 来客者
なんとなく気まずい昼食を終え、3人は最初に通された客間でくつろいでいた。
「このチョコレート、美味いな」
和彦が皿に盛られたチョコレートを1つ、口に放り込む。
「毒入りチョコレート食わされたことあっただろ。よく懲りないな」
と、武上。
「そんなことあったっけ?」
「・・・」
「どこのチョコレートだろうな。ゴディバとかそんなみんなが知ってる有名どころじゃなさそうだし。金持ち御用達ってやつか」
「・・・。それに、よくあの雰囲気で飯を全部食えるな。息が詰まってしようがなかった」
「お前もほとんど食ってたくせに、何言ってる。それに気まずそうにしてたのは武上と寿々菜だけだ。祭路家の奴らは普通だった。いっつもああいう雰囲気なんだろ」
「あ、ほっか!」
寿々菜が突然ソファから立ち上がる。
「アホだと?おい、寿々菜、」
「ち、違います!『あ、そっか』って言ったんです・・・モグモグモグ」
どうやらチョコレートを頬張りすぎたらしい。慌てて飲み込む。
「うーん。美味しいけど、私は『ダース』の方が好きです」
「だろうな。で、なんだよ、『あ、そっか』って」
「食事中に違和感を感じたんです」
「「違和感?」」
和彦と武上の声が揃う。寿々菜の違和感あるところに事件あり。寿々菜はこういう「鼻」も効くのだ。
「秀雄さんのお母さん・・・えっと、静香さんでしたっけ、静香さんの素っ気無い態度に私と武上さんは冷や冷やしてました。でも秀雄さんのお父さんは普通でした。静香さんはいっつもああいう感じの人なんですよね、きっと」
「たぶんな」
「それなのに、なんだか秀雄さんは動揺してました」
「そういや、なんか青い顔してフォーク落としてたな」
和彦が足を組み直し、もう1つチョコレートを摘む。普段甘い物を余り食べない和彦にしては珍しい。
「この家で生まれ育った秀雄が今更母親の態度に動揺するのはおかしいってことか。でもそれはきっと、今日のパーティで婚約発表しようと思ってるから緊張してるんだろ」
「あ、なるほど。そうですね」
「あの静香って母親は、確かに一筋縄ではいきそうにないな」
これには寿々菜も、そして武上も同感だ。静香に反対されたのでは、秀雄と玲子の結婚も前途多難という感じだ。2人が強硬手段を取ろうとしているのにも頷ける。
和彦がニヤニヤして言った。
「こりゃ、今夜のパーティは見物だな。玲子が登場したら静香はどういう反応するだろうな」
「・・・想像したら怖いな」
「流血騒ぎになるかもなー」
あながち「そんなことない」とも言い切れない。だが寿々菜が1人、静香を擁護する。
「秀雄さんって祭路さんと静香さんの実の子供なんですよね?だったら静香さんもきっと分かってくれるはずです!」
「どうかねー。1人息子を気に食わない女に取られたとなると、母親は怖いぞ」
「そ、そんなこと、」
「ま、とにかく続きは今夜だ。あー、疲れた。俺、ちょっと寝てくるわ」
背伸びをする和彦に、武上がため息をついた。
「お前もあの玲子さんに負けず劣らず自由奔放だな」
「俺は自由奔放だけど、玲子はどっちかっていうと傍若無人だろ」
お前もな。と、武上は目だけで言い返した。実は武上も登山で疲れていて眠かったのだ。
こうして誰も和彦に異論を唱えることなく、それぞれ自分の部屋へと入っていった。
部屋に戻ると寿々菜は部屋の窓から下を見下ろしてみた。倉庫が見える。ここは客用の寝室だからいつも誰かいるという訳ではないし、祭路と静香の主寝室は反対側だからあの倉庫は見えないはずだ。こっそり会うにはいい場所かもしれない。
玲子さん、あんなところで寝てて寒くないのかな。
・・・そうだ!
寿々菜はブランケットを片手に部屋を飛び出した。
「おじゃましまーす・・・」
倉庫の中は静かだった。小窓が何個かついているのでかろうじて中の様子は分かるが、人工的な明かりは何もなく、昼なのに薄暗い。
先ほどは気づかなかったが、倉庫の中には、原付バイク以外には古びた大きなパイプ製のベッドがあるだけだ。その上には真新しいむき出しのマットレスが置いてあり、玲子は紫のドレス姿のままそこで丸くなって眠っていた。なんだか白雪姫みたいである。
寿々菜は玲子を起こさないように、そっとブランケットを掛けようとしたのだが・・・
「ぅわきゃっ!」
「きゃあ!な、なによ!」
ブランケットの端を踏み付け、見事に玲子の上に倒れこんでしまった。それにしても相変わらず色気の無い叫び声だ。続く玲子の悲鳴を見習って欲しい。
「す、すみません!」
「あら、あなた」
「寿々菜です」
玲子は寿々菜の腕の中にあるブランケットを見て微笑んだ。
「もしかしてそれを私の為に持ってきてくれたの?」
「はい・・・起こさないように掛けようと思ったんですけど・・・すみません」
「いいのよ。座る?」
玲子が起き上がり、マットレスをポンポンと叩いた。寿々菜はその淵にちょこんと腰掛ける。
「失礼します」
「ふふ、おもしろい子ね。あ、そうだ。クッキーがあるんだけど、食べない?」
「クッキー?」
「ええ」
「せっかくなんですけど、私、さっきお昼ご飯食べたところで、」
玲子が、ドレスを入れてきたのであろうリュックの中から長細い筒状の物を取り出した。寿々菜も高校の休み時間に友達とよく食べる、超庶民派クッキーだ。
「・・・いただきます」
「ふふふ」
驚いたことにリュックからはリンゴの風味がする紅茶の入った水筒も出てきて、倉庫の中は即席お茶会場となった。
「『午後の紅茶』を温めて入れてきただけだけどね」
「美味しいです!コンビニのお菓子とジュースが一番です!」
「そうよねー。高級な食べ物って絶対コストパフォーマンス悪いし。300円もあればこんなに美味しいものが食べられるのに」
どうも玲子は見た目と違って「財閥のご令嬢」タイプではないようだ。寿々菜は猛烈に親近感を覚えた。
「きっと秀雄さんは玲子さんのそういうところに惹かれたんですね」
「さあ、どうかしら。でもね、秀雄さんもああ見えて家業のこととなると、凄くやり手なのよ」
「ああ見えて、ってどういうことですか?」
首を傾げる寿々菜に玲子はまた楽しげに笑って言った。
「お母様に頭の上がらないマザコンっぽいでしょ?私も最初はそうだと思ってた。でもちょっと違うのよね。確かにあのお母様は強烈だけど・・・秀雄さんは仕事に関してはとても自分の意志をはっきりと持っていて、お父様やお母様の言うことでも『それは違う』って思ったら絶対に従わないの」
「そうなんですか?ちょっと意外です」
「でしょ?でも、秀雄さんをそういう風に育てたのはお母様なのよ。祭路家の立派な跡継ぎになるようにって秀雄さんが小さい頃から英才教育してたらしいの」
大きくなっても英才教育されていない(されたくない)寿々菜には、想像もできない話だ。
「秀雄さん曰く『お母さんは普段は冷たい感じの人だけど、僕をとても熱心に育ててくれたんだ。お母さんのお陰で今の僕がある』だって。とても感謝してるみたい」
「へえー・・・」
人は見かけによらないものだ。寿々菜は、先ほどの昼食の時の秀雄の様子と、今の玲子の話にギャップを感じつつもそう思った。
その頃、武上は部屋でゆっくりと寛いでいた。和彦と同室だったらどうしよう、と思っていたのだが、そこはさすが金持ち。きちんと一人一部屋あてがってくれた。
携帯電話が通じないこともあり、俗世間を飛び出したような気がする。
携帯が使えない時ってなんか不安だけど、たまにはこういうのもいいな。
パーティまではまだ時間がある。武上は一眠りしようと思い、ベッドに横になろうとした。その時。
コンコンコン・・・
扉をノックする音だ。
誰だろう?
武上は扉を開いた。