第4話 緊張の昼食会
「いや、お恥ずかしい話で・・・」
美女の横で気恥ずかしそうに頭を掻いているのは祭路秀雄だ。もちろん美女はもう下着姿ではない。パーティ用なのか、シックな紫のタイトドレス姿である。武上が秀雄を呼びに行っている間に着替えたらしい。
「彼女は財前寺玲子さん。隣町の財前寺財閥のご令嬢です」
武上が和彦に小声で囁く。
「ほら、やっぱり金持ちは『なんとかジ』って名前だ」
「黙ってろ武上。で、なんでその財前寺財閥のお嬢様が原付でこそこそ屋敷の裏から来て、倉庫で着替えてたんだ?堂々と正面玄関から来りゃいいじゃねーか」
秀雄の前ではKAZUモードだった和彦だが、玲子に素を見せてしまったため、もはやこれまでと秀雄にも本性を晒した。が、大物なのか惚け者なのか、秀雄に驚いた様子はない。
「玲子は僕の婚約者なのですが、勝手な婚約と言いましょうか・・・」
「親には認められてないってことか」
「平たく言えばそういうことです。もっと言うと、反対しているのは僕の母親だけです」
「あんた、1人息子だっけ?そりゃ母親は反対するだろうよ」
「あら、私も1人娘だけど、パパもママも大賛成よ。祭路さんのところの秀雄君なら間違いないって」
玲子が嬉しそうに秀雄の腕を取る。秀雄は照れ臭そうにはにかんだ。
「そりゃ良かったな。さっさと結婚してくれ」
「もちろんそのつもりよ。秀雄さんのお母様には申し訳ないけど、ちょっと強引に結婚話を進めるつもり。今日のパーティで、お客さんの前で婚約発表しちゃおうって作戦なの」
「既成事実を先に作る訳か」
「そうよ」
武上が「ああ」と言ってポンと手を打つ。
「さっき秀雄さんが言ってた『ちょっと別の意味もあるパーティ』っていうのは、そういうことだったんですね」
「はい。母にはもちろん、父にも今日のことは秘密にしてあります。父は母に弱いですから、口が滑りかねないと思って」
「それでこんなところでこそこそ着替えてたんだな?」
「ええ。まあ、いつもここで服を脱いでるから慣れっこだけどね」
「お、おい、玲子・・・」
秀雄が赤くなる。和彦は「あっそう」という感じ、武上は苦笑い、寿々菜は「こんなところでいつも着替えなんかしてたら、風邪引いちゃいそう」と純粋に心配しただけだった・・・。
とにかくここは、秀雄と玲子が秀雄の母親の目を盗んで逢引する場所だということは確かなようだ。
「それで今日もパーティが始まるまでここに隠れてようと思ったの」
「ふーん。ご苦労な、」
「素敵!」
急に寿々菜が目を輝かせて立ち上がった。
「ど、どうした、寿々菜・・・」
「親の反対を押し切って結婚だなんて、まるでロミオとジュリエットみたいですね!」
「いや、反対してるのは僕の母親だけだけどね」
「ロマンチックです!」
「どうかしらー?」
玲子がニヤニヤした目で秀雄を見る。
「この人、半年前に私と会うまで、別の女の子と付き合ってたのよ。それこそ身分違いのロマンチックな恋だったらしんだけど」
「へえ。半年前ってことは、ここでのドラマ撮影の直前だな。あんたと付き合うためにその女の子を振ったのか、秀雄は」
と、和彦。
「そう。あっさりとね」
「いや、だって、それはね・・・仕方ないじゃないか。僕は一目で玲子に惹かれてしまったんだ」
「あら、ありがとう」
玲子はチュッと秀雄の唇にキスをした。
秀雄はまた真っ赤、和彦は「あっそう」だが、武上と寿々菜は目を白黒させたのだった・・・。
「やっぱりロマンチックな恋ですね!」
疲れたから昼寝する、という玲子を1人倉庫に残し、寿々菜・和彦・武上それに秀雄の4人は昼食を取るべくダイニングへ向かっていた。
「一目で恋に落ちちゃうなんて!」
寿々菜の目は夢見る少女のようにまだキラキラしている。秀雄もまだ赤い顔のままだ。
「玲子は美人で目立つし、ああいう媚びない自由奔放な女性は僕の周りに今までいなかったんです」
和彦は「倉庫で昼寝するってどんな女だ」と思うのだが、恋は盲目、あばたもえくぼ。本人達の勝手だ、放っておこう。
「普通は金持ちの女性を振って貧乏な女性を選ぶっていう方がかっこいいんでしょうけど、僕は逆なのでお恥ずかしい限りです」
「そんなこと、ありません!立派にロマンチックです」
「寿々菜。お前、ロマンチックの意味、なんか勘違いしてないか?振られた貧乏女の方はさぞかし恨んでることだろうよ」
「・・・実はその女性は、」
「秀雄」
突然後ろから鋭い声がした。秀雄が言葉を飲み込み、姿勢を正して振り返る。そこには葬式でもないのに黒いロングワンピースに身を包んだ50代くらいの女性が1人、立っていた。身体は鋼のように細く、どこか陰鬱な雰囲気が漂っている。
「・・・お母さん」
秀雄が女性を見て呟いた。彼女が秀雄と玲子の結婚に反対しているという秀雄の母親らしい。
「そちらは今夜のパーティのお客様かしら?」
秀雄の母親が秀雄に訊ねる。先ほどよりはだいぶ丸い声だが、それでも聞いている者をどこか緊張させる声だ。
「あ、はい。芸能人のKAZUさんです。前にここの屋敷を撮影にお使いになった」
「そう」
「それとKAZUさんのご友人の武上さんと白木さんです」
秀雄の母親が3人を値踏みするように見る。
「はじめまして。秀雄の母の静香と申します。ようこそ、祭路家へ。撮影に使われた時は私と主人は外泊しておりましたから、KAZUさんにも初めてお目にかかりますわね」
「はい。その節はお世話になりました」
和彦のスイッチが自然とKAZUモードに入れ替わる。静香にはそうさせるオーラがある。
「岩城と申します」
「武上です」
「し、白木寿々菜です」
「そろそろ昼食ですわ。みなさんも良かったらご一緒にどうぞ」
3人は目配せをした後、余り積極性の無い声で「はい」と言い、静香の後に続いた。
一番最後にダイニングテーブルについたのは秀雄の父・祭路雅雄だった。和彦と武上は秀雄の話からなんとなく「妻の尻に敷かれている頼りない男」を想像していたのだが、どうしてなかなか立派な風格の紳士である。歳もまだ58だそうで、秀雄に主の座を渡して隠居するには早過ぎる気がする。
「私も60までは頑張ろうと思ってたんだが、これがしっかり秀雄を育ててくれたお陰で、秀雄が大学を卒業すると同時に家業を任せることができたんだよ。今は第2の人生を一緒に楽しんでいる」
と、祭路は優しい目で静香を見た。しかし静香は冷たい表情を崩さず、黙ったまま食事をしている。寿々菜と武上は冷や冷やしたが、いつものことなのか祭路はニコニコしたままだ。
その時。
ガチャン!
ダイニングに金属音が鳴り響いた。秀雄がフォークを床に落としたのだ。
「あ・・・失礼」
「秀雄!何をしているの」
静香の声でダイニングの中の空気が張り詰める。
「・・・申し訳ありません」
秀雄が青い顔で俯く。使用人の上山が素早くフォークを拾い、新しいフォークを秀雄の左に置いた。
何事も無かったかのように食事が再開される。寿々菜は心の中でホッと息をついた。
しかし、それと同時に寿々菜の頭の中で小石が転がった。
あれ?なんだろう、この違和感・・・?
寿々菜は祭路家の豪華な昼食の風景を見渡した。