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第2話 イワシの山賊とモンさん

ディンゴーン~~~


と、鳴るベルを生まれて初めて聞いた寿々菜と武上はまずそこで感激した。いかにも金持ちの家という感じである!


「あれ、おかしいな。誰も出ない」


和彦が首を傾げる。


「留守なんじゃないのか?」

「んな訳ねーだろ。今夜パーティだぞ」

「準備で出掛けてるとか」

「準備なんぞ使用人がする」


使用人などというものが本当に存在するのか。武上には縁のない世界だ。


「そう言えば、ここの住人はどうやってこんな山奥で生活してるんだ?えーっと、西園寺さいおんじさんだったか?」

祭路さいじだ。ほら、銀行とか色々持ってる大財閥だよ。聞いたことあるだろ」

「金持ちはみんな『なんとかジ』って名前なのか?西園寺、綾小路・・・」

「その貧乏人染みた発想、やめろ」


和彦はもう一度ベルを鳴らした。


「買出しなんかは使用人が原付でやってるそうだ。車が通れる道幅じゃないからな」


だから和彦達も山の下のバス停から2時間以上かけて歩いてきたのである。

と、その時、巨人仕様かと思われるような大きな扉が内側から開いた。


「どなたかな?」


しゃがれた声でそう訊ねてきたのは、巨人とは程遠い、御歳90はくだらないであろう小柄なご老人(♂)だ。


「今夜のパーティに招かれてきました、岩城です」


和彦も仕事用のKAZUスマイルで答え、


「と、愉快な仲間達です」


と後ろを振り向き和彦スマイルで付け加えた。


「はぇ?なんですと?」


老人が杖をついていない方の左手を耳にあて、聞き返す。


「岩城です」

「いわのり?」

「なんでだ。いーわーきー、です!」

「ああ、イワシな」

「・・・もうそれでいい」


和彦は無駄と分かったことに労力を割かない主義である。


「わしゃあ、ここの使用人の山本権造やまもとごんぞうじゃあ。モンさんと呼ばれとる」

「なんで山本権造でモンさん?」

「知らん」


自由な御仁である。和彦は深く考えないことにした。


「ここのご主人の秀雄さんはいらしゃいますか?」

「はぇ?」

「ひーでーおー」

「ああ、秀雄様ね」


モンさんがコクコクと頷く。さすがに主の名前はすぐに通じるようだ。


「そう、秀雄さん。いますか?」

「知らん」


和彦は一瞬獰猛な顔になり、寿々菜と武上はずっこけそうになった。


「知らんってテメーのご主人様だろ」


さすがに和彦も「素」が出る。


「この屋敷は広いんじゃあ。どっかにおるじゃろ」

「・・・こんのジジイ・・・」

「ジジイじゃと!?失敬な!これじゃから近頃の若いモンは」

「聞こえてんじゃねーか!」

「おい、和彦」


武上が後ろから和彦の腕を引く。


「その秀雄さんってのに電話したらいいだろ。埒があかない」

「ここ、電波ねーんだよ」


このご時勢にそんな場所があるのか。というか、そんな場所に人が住んでいるのか。武上はそれでも一応自分の携帯を確認したが、和彦の言う通り立派に圏外だ。


仕方が無い。


3人は「山賊じゃあ~」とわめくモンさんを無視して少々強引に屋敷に入ることにした。


「うわあ!中も凄いですねえ!」


シンデレラが駆け下りてきそうな階段のある立派なエントランスホールを見て、寿々菜が目を輝かせる。


「まるであそこみたいです!」

「あそこ?」

「なんとか大臣とかがずらっと並んでる・・・」

「は?」


寿々菜贔屓の武上が素早く助け舟を出す。


「寿々菜さんは、組閣の写真撮影が行われる場所のことをおっしゃってるんですね。なるほど、的確な表現です」

「武上・・・今の寿々菜の説明でよく分かったな」

「分からない和彦の方がおかしい」


いや、武上がおかしい。


やがて、「山賊じゃ~」とか「ソカクってなんですか?」とか騒いでいると、階段の横にある扉から膝丈のシンプルなワンピースにエプロンをつけた二十歳位の若い女性が出てきた。黒い髪はきちっと括られていて、ネイルなんかもしていない。いかにも「お手伝いさん」という感じだ。


「モンさん、どうしたんですか?」


女性がモンさんに訊ねる。


「山賊じゃあ~」

「山賊?」


女性は驚いて和彦達を見た、が、さすがにKAZUを知らない女性はいない。すぐに笑顔になる。


「KAZU・・・失礼致しました、岩城様ですね」

「はい」

「お待ちしておりました」

「イワシじゃ~」

「モンさんってば。すみません。私はここの使用人の上山と申します。どうぞこちらへ」


上山という女性は和彦達を1階の客間に案内した。

客間と言ってもそん所そこらの応接間とは訳が違う。まるでダンスホールだ。トップアイドルの和彦はこういう場所にも免疫があるが、寿々菜など早速ふかふかのソファに座ってポンポンと腰で跳ねたりしている。正直に言うと武上もそうしたい衝動に駆られていたが、さすがに24歳の男が女子高生のようなことはできない。


「祭路を呼んでまいりますので、少々お待ちください」


上山はそう言うと、まだ「山賊じゃ~イワシじゃ~」と叫んでるモンさんを引っ張って、客間を辞した。

武上が改めて客間を見回して、ため息をつく。


「凄いな・・・あの壷、いくらするんだろう」

「武上が住んでるワンルームマンションをまるごと買えるくらいだろ」


そんな感じである。


「どれだけ金持ちなんだ、その祭路ってのは・・・。よくそんな人間の誕生日パーティに招待してもらえたな」

「人徳ってやつだ」

「・・・。他の招待客は?」

「近しい人間だけらしい。パーティ直前に来るそうだ」

「俺や寿々菜さんがついてきて良かったのか?」

「俺が連れていっていいかって聞いたら、『岩城さんのお連れ様でしたら是非』だってさ。人徳、人徳」


武上は「人徳」という言葉の意味を再定義する必要があると感じつつ、上山とモンさんがいなくなったのをいいことに、寿々菜と一緒に腰でポンポンと跳ねたのだった・・・。




「ようこそ、岩城さん」


5分後、客間に入ってきたのは20代半ばくらいの若者だった。付け加えると、さすがに和彦ほどとは行かないまでもなかなか見栄えのする、いかにも紳士然とした若者だ。祭路家の御曹司といったところだろう。


「お久しぶりです」


唯一ポンポンしていなかった和彦がスマートにソファから立ち上がり(もちろんもう武上もしていない)、KAZUモードで男に挨拶する。


「こちらこそ、ご無沙汰しております。相変わらずご活躍ですね、毎日テレビで見てますよ」

「恐れ入ります。僕は芸能界のことしか分かりませんが、財界では貴方の名前を聞かない日はないらしいじゃないですか、秀雄さん」

「秀雄さん!?」


はじめまして、と挨拶しようと和彦の横に立っていた武上が声を上げる。


「あ・・・失礼しました。あなたが、その、祭路・・・秀雄さんですか?」

「はい」

「ここのご主人の?」

「はい」

「・・・」


はにかんだように笑う目の前の優男を、武上は信じられない思いで見ていた。



この大豪邸の主が、こんな若い男!?俺と変わらないじゃないか!



和彦がイタチ目で武上を見る。


「秀雄さんは24歳だ。お前と同じだな、武上」

「・・・和彦、お前、俺を秀雄さんと会わせて、劣等感に苛まれてるところを見たかったんだろ」

「えー?まーさーかー。俺、そんなに意地悪くないし」



和彦が俺を誘った目的はこれか!!!



武上は秀雄に気づかれないよう、思い切り和彦を睨んだ。


「あなたが刑事の武上さんですか」


秀雄が、綺麗に分けられた黒髪の間から覗いている目の端を下げる。


「撮影の合間に岩城さんから色々と武勇伝を聞かせて頂いてましたので、僕が是非お会いしてみたいと岩城さんに頼んだんです。来て頂けて光栄です」

「は、はあ・・・」


和彦は秀雄に一体何を話したのか・・・秀雄の目尻が必要以上に下がっているように見えるのは、気のせいだろうか・・・。

寿々菜も慌てて立ち上がり、頭を下げる。


「白木寿々菜です!」

「スゥさん、ですね。はじめまして」

「はじめまして!」

「今日は僕の24歳の誕生日パーティです。この歳で誕生日パーティというのもなんですが、今日はちょっと別の意味もあるパーティなんです。寿々菜さんにもお楽しみ頂けると嬉しいです」

「はい!もう充分楽しませてもらってます!たくさんポンポンさせて頂きました!」

「あはは、面白い方だ。夜を楽しみにしていてください」


秀雄が今度は明らかに意味有りげに微笑んだ。





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