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第15話 差出人

花子の恋人。それはつまり。


「祭路さん、か?」

「そうだ」


和彦は祭路に「そうだよな?」と訊ねようとしたが、祭路の顔を見てやめた。聞かずとも祭路の顔を見れば答えは分かる。


「ジジイが言ってただろ。花子の自殺は1週間前だったか半年前だったか1年前だったか30年前だったか・・・って。最後の30年前が正解って訳だ。案外モウロクしてなかったな」


しかしそう言った後、和彦は「いや。やっぱモウロクしてるか」と訂正した。


「ジジイ、『御主人様』が花子と別れたって聞いて驚いてたな。んなの30年も前のことじゃねーか。第一『御主人様』はその後静香と結婚してる」

「おお。そうじゃったな」

「・・・クソジジイめ」

「あ、あの」


既に頭の中が混沌としている寿々菜が両目をキョロキョロさせながら和彦に訊ねる。


「えっと。花子さんは祭路さんの恋人だったんですよね?だけど30年前に自殺した」

「ああ。祭路に振られたからだろうな」

「その後、あの『復讐する』って手紙が来たってことは・・・」

「花子を愛していた誰かが、花子を振って自殺に追いやった祭路に復讐するために手紙を出したんだ」


和彦はもう一度祭路を見た。


「だよな?」

「・・・おそらくは」

「その後、なんか復讐めいたことはあったか?」


祭路が首を横に振る。


「いや。今日の秀雄の死まで、大きな不幸やトラブルはなかった。私の両親や祖父母も普通に老衰で亡くなったし、仕事も順調だった」

「だから、秀雄の死が復讐なのかもしれない、と考えた」

「そうだ。でも違うんだろう?」


祭路がそう訊ねると、和彦は「ふふん」と笑い、武上を見ながら言った。


「ああ、違う。だけど今は取りあえず手紙の差出人だ。俺と武上が思うに、2つの手紙の差出人は同じ人物だ。30年前の方は手書きで1ヶ月前の方は印字だけど、文体が似ている。つまり、」


急に和彦の声が真面目になったので、全員が息を飲んだ。


「2つの手紙を出したのは、30年以上前に生まれている奴だ。もちろん赤ん坊じゃ文字は書けないけどな」

「・・・」

「さあ、誰だ?」


お互いの顔を見るに見れない、という雰囲気が漂い、全員和彦から目を離せない。だが、30年前からここにいる人物は限られる。


「30年前に祭路さんに手紙を出せる男と言ったら・・・」


ようやく全員の視線がある1人に向かった。


「・・・モンさん?」


上山が呟く。


「え、モンさんがこの手紙を出したの!?」

「はえ?」


なんとも緊張感に欠ける声でモンさんが応える。


「なんのことじゃ?」

「だから、2つの手紙を」

「ジジイじゃねーよ。2つ目の手紙は印字だぞ?携帯電話も知らない奴が、パソコンやらワープロやら使えるかよ」

「じゃあ、誰が出したっていうんだ?」

「なんだ、武上もわかんねーのか」


全員の目が動き始めた。そしてそれはまた別の人物に集中する。


「まさか祭路さん?」


武上の言葉に、祭路がギョッとする。


「どうして私が私自身に手紙なんか出すんだ」

「そうですが、30年前に手紙を書けるのはモンさん以外には祭路さんしかいません。・・・もしかしたら、ご自身でも意識せずに書かれたのかもしれません」


今度は武上の言葉に和彦が笑った。


「三流ミステリー小説にありがちな二重人格ってやつか。もしくは、実はここにはいない第3者が犯人でした、ってオチもありうる。でも今回の場合は、そんなのよりは現実的かもな」

「どういう意味だ?」

「30年前に手紙を書けた奴がもう1人、ここにいるだろ」


和彦にそう言われて、ようやく全員がその答えに気づいた。再び視線が移動する。だが、目的地に辿りついてもそれらはまだ戸惑いを含んでいた。その一方で「目的地」自身に戸惑いはない。


「静香さんが?・・・まさか」

「なんで、まさかって言えるんだよ」

「静香さんは女だ。それに秀雄さんの実の母親でもある」

「だから?」

「・・・」


武上は言葉を切って口の中で唸った。だがそれは、またしても和彦にしてやられたからでも、驚いたからでもない。実は武上もその可能性には気づいていた。それが当たったことに落胆したのだ。

だが、全員の疑惑の視線を集めてもなお平然としている静香を見て、武上も諦めた。


「・・・1つ目の手紙の文字と、厨房で見た静香さんの文字が似ていた。それに多分、秀雄さんも2つ目の手紙が静香さんからのものだと気づいてたんだと思う。だから、俺に相談に来たものの差出人の名前は言わなかったんだ」

「だろーな」


ここでようやく静香の表情がピクリと動いたのを、寿々菜は見逃さなかった。

恐る恐る一歩静香に近づいてみる。


「あの、静香さん・・・。静香さんは本当に秀雄さんを殺したんですか?私にはそう思えません」

「・・・」


静香が少し目線を下げ、寿々菜を見た。そこにはどこか寂しげな情愛があったが、寿々菜は驚かなかった。


「おい、静香。本当か?」


祭路が戸惑ったように訊ねる。静香は祭路に視線を移した。


「あなた・・・」

「どうなんだ」

「・・・あなたこそ、30年前のことを話したらどうなの?」

「・・・」


やはり鍵は30年前にあるらしい。祭路は気が進まないようだが、もはや黙っていることは許されない。

祭路がため息混じりに口を開く。


「30年ほど前、私はここの使用人の花子と恋人同士だった。花子は美人ではなかったが真面目でいい娘だったよ。私は真剣に花子との結婚を考えていた」


モンさんが「そうじゃった、そうじゃった」と懐かしむように頷いた。


「だが私の両親は厳しくてね。私が花子との結婚のことを話すと、猛反対して花子をクビにするとまで言い出した。身寄りの無い花子はクビにされたら生活していくことができない。しかも私の両親は私に別の結婚話まで持ってきた」


祭路が、キュッと口を結んだままの静香を見る。


「それが、祭路家が昔から親しくしている資産家の娘の静香だった。それまでにも何度か会ったことがあったな」


祭路は問うように静香に言ったが、静香は無反応だ。祭路は構わずに続ける。


「私は静香との結婚を了承する代わりに、花子をクビにしないで欲しいと両親に頼み、両親もその条件を飲んだ。だが、その話を花子にすると、花子は逆上して私をナイフで刺した。秀雄が死んでいたあの応接室での出来事だよ」


それを聞いて寿々菜が合点のいったような表情になった。


「忘れてた違和感を思い出しました!秀雄さんが亡くなった時、祭路さんは応接室の中を見渡して驚いてました!あれは、30年前のことを思い出したからなんですね!」

「そうか、私はそんなに動揺してたのか」


と、祭路が弱々しく笑う。


「あの、それで、祭路さんは花子さんに刺されて大丈夫だったんですか?」


寿々菜がそう訊ねると、祭路は胸のポケットから何かを取り出した。細かい文字で埋め尽くされた黒皮の手帳だ。


「あの時も私はこうやって手帳を胸ポケットに入れていた。頑丈な皮だから花子のナイフは私の心臓まで届かなかったんだ。少し出血はしたがね」

「よかったです」

「いや・・・刺された時、私は気を失ってしまったんだ。それを見た花子をは私を殺してしまったと思い、自ら命を絶った」


部屋の中に重苦しい沈黙が漂う。30年前、目覚めた祭路は花子の死を知った時どんな気持ちだったのだろう。

祭路自身がその沈黙を破る。


「それからしばらくして、私はそのまま静香と結婚した」

「なんでだ?」


和彦が口を挟む。


「なんで、というのはどういう意味だね?」

「あんたに聞いてんじゃねーよ。あんたは花子の死のショックや親からの圧力で静香と結婚したんだろーけど、静香はどうなんだ」


和彦と静香の視線がぶつかる。


「手紙を書いたのがあんたなら、あんたは、自分の愛する花子を死に追いやったのが祭路だってことを知っていた。それなのにあんたは祭路と結婚した。なんでだ?それに花子はあんたのなんなんだ?」


和彦の言葉は質問形だが、和彦はその答えが分かっているようだ。だからこそ静香も話す気になったのかもしれない。


少しの沈黙の後、静香は口を開いた。






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