第13話 謎解き開始
武上は1人で自分の部屋に戻ると、祭路から預かった手紙をポケットから取り出し、開いた。
25年以上前の手紙、か。
寿々菜さんはもちろん、俺と和彦が生まれるより前に書かれたんだな、これは。
たった一行の、それもこんな意味不明な手紙を後生大事に25年以上持ち続けているということは、やはり祭路はこの手紙に何か心当たりがあるのだろう。それに、秀雄が死んだ直後に1人でこの手紙を読んでいた。つまり祭路は、25年以上前にあった「何か」が秀雄の死に関係していると考えているということだ。
だがなんと言っても25年以上前の話だ。当時は秀雄だって生まれていない。祭路も言っていたが、これと秀雄の死はさすがに関係していないように思える。
しかし・・・
武上は手紙を持っている右の腕をいっぱい伸ばし、更に少し身体を反らして手紙を---というより、手紙に書かれた文字を---眺めた。
あの文字に似てるな。
筆跡鑑定なんかできないが、武上も刑事だ。文字を見ればその字体を記憶する癖がある。文字が似ているかどうかくらいなら、分かる。
もしこの手紙を書いたのがあの人なら・・・。
「そうか、そういうことか。だから秀雄さんは・・・」
武上は独り言ちて手紙から目を離すと、窓の外を見た。きっと今頃和彦は寿々菜とどこかで、武上の様子がおかしいことや秀雄の死について首を傾げているのだろう。
いや、和彦は気づいてるかもな。
武上は手紙をポケットに戻すと、ベッドに横になり目を瞑った。
その頃寿々菜と和彦は武上の想像通り、首を傾げていた。
「『私は貴方を許さない。愛する彼女に代わって私が貴方に復讐する』。これを素直に解釈するなら、『貴方』は手紙を受け取った祭路だな。ということは、昔祭路はこの『彼女』に何か酷いことをした。差出人の『私』は『彼女』を愛していて、『彼女』の代わりに祭路に復讐しようとした、ってことか」
寿々菜がまた「むー」と唸る。
「この手紙を書いた『私』---『私』って書いてるけど、男の人ですよね?祭路さんはこの男の人に心当たりがなさそうでした」
「だな。でも『彼女』に心当たりはある」
「はい」
「『彼女』に酷いことをしたって自覚はあんのかな?」
「さあ・・・どうでしょう」
和彦はさっき地面に置いた枝を取り、「花子」にぐりぐりと丸をつけた。
「でも、女に酷いことしたって意味では、秀雄の方が最近やってる。花子を捨てた」
「そうですね。そう言えば秀雄さん、花子さんのことで何か言いたそうでしたね」
「そうだっけ?」
和彦が寿々菜を見る。
「はい。初めて倉庫で玲子さんと話した後、私達、秀雄さんと一緒にお屋敷に戻りましたよね?その時和彦さんが、貧乏女は恨んでるだろう、みたいなこと言ったら秀雄さんは『実はその女性は、』って何か言いかけてました」
「続きは?」
「静香さんが来たから中断しちゃいました。後で聞けば良かったですね」
「・・・ふーん。そうだったかな」
和彦が腕組みをして急に黙り込む。
「和彦さん?」
「ちょっと待て。なんか引っかかる」
「え?」
和彦はじっと地面に書かれた文字を見つめた。真剣な表情だ。
「秀雄、玲子、花子・・・祭路、静香、駿太郎、上山・・・」
「・・・」
「それに、25年前に手紙を書いた誰か。どこがどう繋がってるんだ?どうして秀雄は死んだ・・・?」
それからもしばらく和彦は黙って何かを考えていた。が、何故か急に立ち上がったので寿々菜はその勢いで尻もちをついてしまった。
「おい、あれ」
和彦が屋敷の入り口の方を顎でしゃくる。
「え?」
見ると、屋敷から静香が1人で出てきた。俯き加減で歩いており、寿々菜と和彦に気づく様子はない。
「どうしたんでしょうか」
「様子が変だな。なんか・・・」
「泣いてるみたいですね」
「ああ」
確かに静香はハンカチで目を押さえ、涙を必死に堪えているように見える。
息子の死を悼んでいるのだろうか。
「・・・やっぱり、お母さんですね。秀雄さんが死んだことが悲しいんですよ」
「そうかぁ?花粉症じゃねーの?」
「和彦さん!」
「冗談だよ。・・・ん?」
和彦が急にヘラヘラした顔を引っ込める。そして次第にまた難しい表情へと変わっていった。
「・・・もしかしたら俺達、なんか勘違いしてたのかもしんねー」
「へ?」
「寿々菜、全員ダイニングに集めろ。確認したいことがある」
「へ??」
和彦はそれだけ言い残すと、寿々菜を置いて駆け出していったのだった。
和彦の助手よろしく言いつけ通り寿々菜はダイニングに全員を集めた。祭路・静香・玲子・上山・駿太郎、それに武上の6人だ。このタイミングでの「全員集合」が何を意味するかは武上には嫌というほど分かっているが、他の5人は戸惑い顔だ。
「何の用だよ」
駿太郎が面倒くさそうに寿々菜に訊ねる。
「大人しくしとけってお前らが言ったんだろ」
「す、すみませ。あの、ちょっと待っててください。今、和彦さんが来ますから」
「和彦さん?ああ、あの生意気なヤローか」
和彦並に生意気なヤローを武上は初めて見た。
と、そこへ和彦がやって来た。その後ろにはモンさんの姿が見える、かと思ったら。
「おい、イワシ!お前、嘘をつきおったな!」
モンさんが後ろから和彦の襟首をつかんだ。和彦はうっとうしそうにその手を払う。
「タチの悪い嘘をつきおって!」
「うっせーな、嘘なんかついてないだろ」
「ついたじゃろ!」
「あー、うっせー!」
「いいから、テメーは黙ってろ!」
最後の方の言葉は和彦が言ったのか、駿太郎が言ったのか。
とにかくモンさんが黙ったのは2人の若造に文句を言われたからではなく、単に息切れしただけである。
「よーし、よし、これで全員揃ったな」
「ああ!」
和彦が襟をただしたところでまた別の声の邪魔が入る。上山だ。
「もしかして『御園探偵』みたいに推理するんですか!?・・・すみません」
一瞬興奮した後、口を一直線に結ぶ。どうやら上山も「御園探偵」を見ているらしい。
「どういうことかしら?」
今度は玲子が口を挟む。
「何を推理するというの?」
「もちろん、秀雄の死の真相を、ですよ、お嬢様」
和彦がわざと仰々しくそう言う。
「真相?」
「ああ、自殺か他殺か。なんで死ななきゃいけなかったのか、だ」
「どうしてあなたにそんなことが分かるのよ?」
「分かんねーから調べるんだよ」
玲子は小馬鹿にしたように鼻を鳴らしたが、和彦は賢明にもそれを無視して全員を見渡した。祭路を初め全員に緊張が走る。
「まずは、勘違いしてる奴が何人かいるみたいだからその辺から紐解いていくか。その前に、と。おい、上山」
「は、はい、なんでしょう?」
「お前、名前はなんていう?」
上山がキョトンとする。
「名前、ですか?」
「ああ。下の名前だ」
「里美です」
「分かった。これで一個、誤解が解けたぜ」
「え?」
「よし、じゃあいつも通り始めようぜ」
やれやれといった様子の武上をよそに、和彦は大胆不敵な笑みを浮かべた。




