第11話 武上の隠し事
祭路は無駄のない足取りで、廊下を進んでいく。いかにも仕事人間という感じではあるが・・・
なんだか誰にも会いたくなくて急いでるみたい。
寿々菜はそう感じた。そしてそれは和彦と武上も同じだった。
やがて祭路は3階の一番奥の部屋の前で足を止めると、
「私の書斎だ。どうぞ」
と言って扉を開いた。3人はなんとなく「おじゃまします」という感じで扉をくぐる。
中は本で埋め尽くされた本棚と簡単なソファにローテーブルのある10畳ほどの部屋だった。そして驚いたことに部屋の端には最新のパソコンが設置されたシステムデスクが置かれている。携帯も使えないこの場所にパソコンがあるというのは、なんともおかしな感じだ。
そしてそのせいか、寿々菜は奇妙なデジャブに捕らわれた。
あれ?私、この場所、前に来たことがある?
祭路がキーボードの上に軽く手を置く。
「家の仕事は今はもう秀雄がしてたんだが、手持ち無沙汰でデイトレードなんかをかじったりしているんだ。・・・また私が仕事に戻らないといけないだろうけどね。私と静香の子供は秀雄しかいないから、後継者も決めなくてはいけない」
「ああ!そうか!」
と、同時に叫んだのは寿々菜と武上だ。
「どうしたんだね?」
祭路が驚く。
「あ・・・失礼しました。この部屋、どこかで見たことがあると思ってたんですが、今思い出したんです」
「武上さんもですか!私もです!ここ、『御園探偵』の中で出てきた部屋ですよね!後継者選びが行われた部屋です!」
「後継者?なんだっけそれ」
まるで心当たりが無い、という様子の和彦に武上が呆れる。
「覚えてないのか?」
「そのシーン、俺出てたか?」
「いや。出てなかった」
「だろ?だから覚えてないんだ」
「・・・。放送を見てないのか?」
「見てない」
「自分が出たドラマなのに?」
「そんなの全部チェックしてたら時間がいくらあっても足りない。毎日テレビに出てるからな」
「・・・」
テレビに映れた!と喜び勇んで録画を何十回も見た寿々菜とはえらい違いである。ちなみに武上ももう何度も『御園探偵』を見ているが、それも寿々菜が出ていたからだ。
「俺のシーンは家の中では主寝室だけだったから、他の場所は知らん」
「・・・ストーリーも覚えてないのか?」
「全く」
堂々と胸を張って言い放つ和彦に、祭路は微笑んだ。
「そういえば君達と昼食を取ったダイニングも撮影に使われてたんじゃなかったかな」
「え?」
寿々菜と武上が顔を見合わせ、左右対称に首を傾げる。
「・・・あ・・・あー、思い出しました!そうですね!ダイニングもテレビに映ってました!」
「そうでしたね。重要なシーンで使われてましたね。どうして、」
昼食の時に気づかなかったんだろう、と言いかけて武上はやめた。気づかなかったのは、あの息の詰まるような雰囲気のせいだろう。
「えっと、とにかく、我々に何の御用でしょうか、祭路さん」
「うむ・・・。秀雄のことなんだがね」
「はい」
祭路は少し悩んでから思い切ったように口を開いた。
「本当に自殺なんだろうか」
「え?」
「自殺ではない可能性はあるか?例えば・・・他殺とか」
「他殺、ですか」
武上が眉をひそめる。
「どうしてそう思われます?」
「いや、なんとなくだよ」
祭路は軽くそう言ったが、何か心当たりがあるのは明らかだ。
「祭路さん」
武上が少し迫るように言う。
「どうしてそう思うのか、正直におっしゃって下さい」
「自殺なんてする理由が思い当たらない。それだけだ」
「逆に言うと、誰かに殺される理由は思い当たる、と?」
「・・・まさか。秀雄は人に恨まれるような人間じゃない」
「人は思わぬ理由で恨まれることもあります。祭路さんは何かご存知なんじゃないですか?」
「・・・」
「もしかして、先ほど外でご覧になっていた手紙と関係が?」
武上の唐突な質問に祭路だけでなく寿々菜と和彦も驚く。
「おい。なんでいきなりそこでさっきの手紙が出てくるんだ?」
「まあ、刑事の直感ってやつだ」
「刑事は刑事でも武上の直感だと当てになんねーな」
和彦が鼻で笑う。
だが、祭路は目に見えて動揺していた。武上の「刑事の直感」はどうやら当たりのようである。
「若いのにさすがは刑事さんだね」
祭路がジャケットのポケットから先ほどの手紙を取り出す。寿々菜の見立て通り封筒がかなり黄ばんでいて、その古さを感じさせた。
「秀雄のこととは関係ないとは思うんだが・・・」
武上は注意深く手紙を受け取り、封筒の中の便箋を取り出した。封筒ほど汚れてはいないが、便箋もかなり古い。
寿々菜と和彦は武上の両脇から手紙を覗き込んだ。
手紙に書かれている文章はたったの一行だけだ。
「私は貴方を許さない。愛する彼女に代わって私が貴方に復讐する」
武上は、ことさら丁寧に書かれた文字を読み上げ、顔を上げた。
「・・・祭路さん、これは?」
「分からない」
祭路がため息をついて、ソファに腰を下ろす。
「ある日いきなりこの手紙が私宛てに送られてきた。差出人の名前もない」
「それはいつのことですか?」
「25年以上前だよ」
「25年!?」
武上の大きな声に、祭路が驚いたように武上を見る。
「ああ、それくらい前だったと思う」
「そうですか・・・すみません。予想以上に古い手紙なので驚きました」
「だから秀雄のこととは関係ないと思うんだ」
「差出人に心当たりは?」
「全く無い」
「この、愛する彼女というのは?」
「それも、分からない」
和彦は寿々菜が小さく首を傾げたのを見逃さなかった。
「ですが、祭路さんはこの手紙の差出人が秀雄さんを殺したのかもしれない、とお思いなんですね?」
「そういう訳じゃないが・・・いや、一応ね。少し気になっただけだ」
「この手紙をお預かりしても?」
「構わないよ」
「ありがとうございます」
武上は便箋を丁寧に封筒にしまってポケットに入れると、もう一度祭路に礼を言って部屋を辞した。寿々菜と和彦もそれに続く。
祭路の書斎から数メートル離れた所で武上は足を止めた。
「なんかとんでもない物が出てきたな」
武上がポケットを服の上から軽く叩く。
「25年以上前か。さすがに俺も関係ないと、」
「そーだな。そっちは任せた。おい、寿々菜、ちょっとこっち来い」
「え?」
突然和彦が寿々菜の腕を引いた。そして驚く寿々菜を引っ張ったまま、ずんずんと廊下を歩いていく。
武上は呆気に取られて二人の後姿を見送ったのだった。
「和彦さん、どうしたんですか?」
ぐいぐいと引っ張られるまま再び屋敷の外へやってきた寿々菜は和彦に訊ねた。
和彦が寿々菜の腕を離す。
「どーだ?」
「え、何がですか?」
「違和感、来たか?」
寿々菜は「ああ、そのことですか」と頷いた。
「はい」
「いつ?」
「えーっと、祭路さんが、心当たりは無いって言った時です」
「何に?」
「へ?」
「手紙の差出人か?それとも『愛する彼女』か?」
「えーっと・・・」
寿々菜が腕組みをして小さな額の中央に眉を寄せる。祭路の言葉に引っかかりを感じたのは確かだが、そんなに細かく聞かれると困ってしまう。だが、しばらくして寿々菜は顔を上げた。
「『愛する彼女』の方だと思います」
「よし。他には?どっかに違和感なかったか?」
和彦も何か感じるところがあったようだ。そしてそれが、和彦が寿々菜をここまで引っ張ってきた理由でもあるだろう。
「・・・なんだか、武上さん、変でした」
「やっぱり寿々菜もそう思うか」
和彦は後ろを振り返り、屋敷を見上げて呟いた。
「あのヤロー、何隠してやがるんだ」




