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第1話 誕生日パーティ

「そんな・・・ひどいです・・・」


花子は言っても無駄だと分かりつつも、そう口にせずにはいられなかった。だがやはり目の前で夕日を背に立っている男は表情1つ変えない。

屋敷の中でも特に奥まったこの一室---一応「客間」だが、メインの客間は別にあるのでこっちはあくまで予備で、普段は誰も立ち入らない---に呼び出された時から、話の内容は想像がついていた。いや、正直に言うと「身分の差など気にせず結婚しよう」か「やはり身分の差は如何ともしがたいから別れよう」かのどちらかだと思っていた。更に正直に言うならば、花子はおそらく後者だろうと自分の中に予防線は張りつつも、心のどこかで前者ではないかと期待もしていた。


しかし・・・


窓から差し込む夕日が作る男の影が、花子に重なった。だが実際2人の間には物理的にも心情的にも距離がある。


「ひどいわ・・・」


自分でも未練がましいとは思うがもう一度繰り返す。男がため息をついた。


「とにかく、僕は他の女と結婚する。話はそれだけだ」



男が言う。しかし何故か立ち去ろうとしない。



さっさと行ってくれたらいいのに・・・



自分を振った男とこうやって向かい合って立っているのは辛すぎる。だが花子には自分からこの部屋を出て行く勇気も気力もなかった。

花子は男から目を逸らし、オレンジに染まっていく革張りのソファをじっと見つめた。



私は別に、これに座れるような身分になりたかった訳じゃない。この人と結婚できると本気で思ってた訳でもない。ただ・・・ただ、せめて心だけは一緒にいたかった。



しかし結局は、男にとって花子との関係は金持ちの道楽に過ぎなかったということか。

だがもしこの時花子が顔を上げ、逆光に負けずに男の目をしっかり見ることができたなら、その奥にある想いに気づくことができたなら、2人の未来はまた違っていただろう。


花子の手にコツンと何かが当たった。エプロンのポケットの中に何か硬い物が入っている。



そうだ、さっきリンゴの皮を剥いてたんだ。



リンゴはこの男の好物だ。金持ちの癖にリンゴが好物だなんて変わった男だ、と花子は初めてここに来た時思ったものだが、皮を剥いたリンゴを毎日男の部屋に届けているうちに、2人の関係は始まった。今日もさっきまでいつものように男の為にリンゴの皮を剥いていたのだ。

これからこの仕事は誰がするのだろうか?「奥様」?いや、きっと変わらず自分がするのだろう。使用人なのだから。


男が「奥様」と2人で寛いでいる部屋にリンゴを運んでいる自分を想像すると、花子は急に惨めさが込み上げてきた。悲しいとか寂しいではなく、惨めだ、と思った。


男はまだ立ち去ろうとせず、花子を見ている。


花子の手がエプロンのポケットの中に入った。意識して動かした訳ではない。身体が勝手に動いたのだ。


そして・・・


花子は手に小さなナイフを握ったまま、一歩退いた。リンゴを切る時とは全く違う感触が指から手、全身に伝わってくる。

ナイフが男の身体から離れると同時に男はゆっくりと膝をつき、横向きに崩れ落ちた。黒っぽいスーツの下の白いシャツに、じわじわと赤い色が走り出す。


「あ・・・」


花子はナイフを両手で握り締めたまま、更に数歩下がった。ドンッと背中が扉にぶつかり、心臓が飛び跳ねる。



刺した?私がこの人を刺したの?



震えながら男に近づいてみる。しかし、男はピクリとも動かない。



・・・死んでる?



「ひっ!!!」


花子は無我夢中で部屋を飛び出した。階段を駆け上がり、屋敷の屋根裏にある自分の部屋に飛び込む。そして震える手で扉を閉め鍵をかけると、花子は全身から力が抜けて床にペタンと座り込んだ。



殺してしまった。人を。しかも、あの人を。



花子は夕日の光が移動するのをぼんやりと眺めていた。次第にその光が薄くなる。

夕ご飯の支度をしなきゃ。こんな時なのに、そんなことが頭を過ぎる。使用人のさがだろうか。やはり自分はどこまで行ってもただの使用人なのだ。


花子は立ち上がると、ベッド以外唯一と言っていい家具である机に向かった。この家の人間を殺してしまったのだ、逃げることはできない。



私も死のう。そうすればずっとあの人と一緒にいられる。



椅子に座ってからそう決心するまでに、たいして時間はかからなかなった。

花子はペンを取った。男の死体が見つかれば大騒ぎになるに違いない。自分のしたことだと、きちんと示しておく必要がある。

しかしそうは思っても、ペンを進めるうちにそれは、罪を認める文章というよりも自分の想いの丈を綴った手紙になっていった。男への想い、悔しさ、惨めさ、悲しさ・・・



これじゃただの愚痴ね。



花子は苦笑しながらも最後に男を刺し殺してしまったことを謝罪する言葉を添え、誰に宛てた訳でもない手紙を封筒に納めた。そして窓辺に立ち・・・


風を包み込んで丸く膨れたカーテンがはためく。


その時既に、花子の姿はそこにはなかった・・・。







「や、やっと着いた・・・」


武上は息も絶え絶えといった様子でそう言った。


ここは都心から遠く離れた山の奥の奥のそのまた奥・・・早い話が、電車もバスも通っておらず、道が細くて車の通行も不可能という僻地である。



和彦が「俺が招待されたパーティに連れて行ってやる」なんて言うからおかしいと思ったんだ!!!



しかも実は、和彦はご丁寧に「あ、パーティ用の服は着てくるな。鞄に入れて持って来い。行く時はトレッキングシューズだ」とも言っていた。怪しさ100%である。それでも刑事家業の武上が休みを取ってまでノコノコとその誘いに乗ってやってきたのは、和彦が付け加えた「寿々菜も来るぞ」という一言の為である!



だけどまあ、清々しい場所だな。昼の登山は暑くて大変だからって朝早く出発したから、比較的気持ち良く歩けたし。



武上は大きく息を吸い込んだ。都心とは違い、さすがに空気が美味い。今は昼前だが、朝の空気はもっと美味いだろう。明日が楽しみだ。


「ほんと、凄い山奥ですね!びっくりしました」


武上の隣で即席山ガール・寿々菜も息をつく。爽やかな緑のパーカーに茶色のミニスカート、ノルディック柄のタイツ、ピンクのトレッキングシューズ・・・この寿々菜を見れただけでも、武上にとってはここまで来た甲斐があるというものだ。


「あれ?寿々菜は初めてだったか?」


寿々菜・武上と同じくここまで登山してきたはずなのに、いつもと変わらず飄々とした様子の和彦が振り返る。ただそのいでたちは雑誌の中のKAZUとは違い、武上と同じような登山スタイルだ。残念ながら見た目が良い男というのは何を着ても似合う、とアンチ和彦の武上も認めざるを得ないが。


「はい。私はここでのシーンはありませんでしたから」


寿々菜は和彦に向かってにこやかにそう言ってから、再び視線を前方に戻した。そこには、こんな山奥にどうやって建てたのかと首を傾げたくなるほど大きな西洋風の豪邸がそびえ立っている。


「そうか。ここでのシーンは俺だけだったな」

「はい」


説明しよう(ヤッターマン風)。

和彦こと岩城和彦(21)は、KAZUという芸名の、世に言う「アイドル」というやつだ。その枕詞に「トップ」が付く事は、みなさんご存知の通り。

一方の寿々菜こと白木寿々菜(16)は、スゥという芸名の・・・うーん、なんだろう、アイドルと言って良いのか悪いのか・・・とにかく、KAZUに憧れるあまりKAZUの所属する門野プロダクションに道場破りさながらの勢いで入所してきた駆け出しアイドルである。

そんな天と地ほども差のある2人が、何の神の悪戯か、KAZUの代表作である「御園みその探偵」シリーズの1作で共演したのが数ヶ月前。その撮影でこの豪邸を使わせてもらった縁で、ここのあるじの誕生日パーティに招待された次第だ。


「金持ちってのは、大人になっても誕生日パーティをするもんなのか」


金持ちではない武上がお城のような豪邸を見上げながら皮肉っぽく言う。ちなみに武上のリュックに入っている招待状も舞踏会の招待状かと思うほど立派なものだ。なにせ焼印で封がされていたのだから!(ここが武上にとっての金持ちポイントである)


「らしいな」

「そのパーティに、どうしてお前が呼ばれるんだ」

「撮影の時にここの主と気が合ってさ」

「KAZU的に?和彦的に?」

「KAZU的に」


この辺の会話の意味は、このシリーズを良く知る人にはお分かりだろう。分からない人も、嫌でもすぐに分かるので、説明は割愛しよう。


とにかくこうしていつもの3人は、まさかここで「事件」が起こるとも知らず門をくぐった。


ちなみに和彦に恋する30男のマネージャー・山崎は、撮影の時に一度ここに来ており、まさに文字通りの「苦難の道のり」を知っているので、和彦からの誘いにも関わらず辞退した---という事実を武上が知ったのはずっと後日のことなのであった・・・。




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