化け猫は恩を返さない
何も考えずに読める系小説第五弾
猫を拾った。
いやに憎たらしい奴だがかわいそうだったので家につれて帰ってきてしまった。
母親の目を盗んで取って来たソーセージを片手に部屋のドアを開けると、部屋の中はまるで台風でも通ったかのように荒れ果てていた。
「え?あれ?俺の部屋ってこんなに世紀末だっけ?」
「さあ、違うんじゃないかねえ。」
そこに猫の姿はなく、かわりに素っ裸の女の子が机の上でベガ立ちしていた。
「ああ、食い物もいいけど、まずは服をくれないか!」
少しは恥ってもんを知って欲しい。
その時はラッキースケベだったにもかかわらずまったくエロスを感じなかった。
まったくもって不運である。
「Yシャツか、お主、なかなかの性癖をお持ちだな。いやはや裸Yシャツとは恐れ入った。」
ファッションに疎いしがない高校一年生の俺はあいにく御洒落と言えるほどの服は持ち合わせていなかった。結果として俺は彼女に学校で使うカッターシャツを与えたわけだが。
「黙って着やがれ。」
「もっと洒落た服はないのか?」
「あるわけないだろ!俺は男だぞ!」
「じゃあなんか家から探してもってこいよ。」
「偉そうだなオイ!」
「にゃおん。」
「可愛いから許す!」
許しちゃったよ。
とまあこんなやり取りの後、俺はまだ部活で帰ってきてない中1の妹の部屋に忍び込んだ。
・・・べつに俺は変態じゃないからな?ただあの女の子が裸のままじゃかわいそうだから、
仕方なく、仕方なく、不可抗力で服を借りにきただけだからな。
と心の中で復唱しながら俺は妹の服がぎっしり詰まっているであろう箪笥の引き出しに手を伸ばした。
「・・・誰も見てないよな?」
母は一階の居間でテレビを見て笑っている。
妹は家に居ないし父は当然会社だ。
「いける!」
俺は勢いよく引き出しを引いた。
・・・なんというか、妹といえどやはり女の子だ。いい匂いがする。
いかん、これじゃ変態と同じだ!煩悩を退けろ!頑張れ俺!悪魔に打ち勝つんだ!
ここ数年で一番頑張っていた。受験の時よりも遥かに必死に俺は妹の服を盗んでいる。
「まあ、上着はこれでいいし、スカート穿くのかなあいつ。」
まあいいだろなんでも。問題はそこじゃない。
「・・・下着、どうすんだ。」
いやいや、流石にこれはまずいだろ。いくら兄妹といっても限度ってモノがある。
うんそうだ、やめておこう。あの女も別に下着ぐらい穿いてなくったって大丈夫だろ。
スカートじゃなくてズボンにすればいいだけの話だからな、うん。
そう考えた時には俺はもう妹のパンツを手に握り締めていた。
「あ、あれ?あっれーいつの間に俺の手の中にパンツが?おっかしいなー。
でもしょうがないなー、かってにパンツが俺の手の中にはいってたんだもんなー。」
それは紛れもない嘘で、正当化だった。
とても心地よく、ふわふわとした感触が俺の手の中にある。
それは一流パティシエのつくったふんわりパウンドケーキのそれよりもずっと柔らかかった。
だからちょっと匂いをかいでみた。
「ああ、いい匂いだ・・・」
程よい洗剤のかおりがまた生々しさを醸し出していた。
極上の気分を味わい、我に返った俺は今の状況を整理し、一人でこう言い放った。
「俺はパンツソムリエか!?」
新ジャンル誕生の瞬間だった。実にどうでもいい話だが。
ともあれ俺はミッションを終え、なんともいえない罪悪感や達成感をもちながら自分の部屋に戻っていった。
「えらく長い心理描写があったもんだな。おかげで私は風邪を引きそうだぞ。」
「その割にはぴんぴんしてるじゃないか。」
「イッキシ!」
「あれ?意外と体が弱い!」
なんやかんやあって目の前の女の子は妹の私服に着替え終えた。
「ふふ、どうだ?にあっているか?」
うわ、すごいにあっている。というか、妹が、その、胸が残念だからなのか、
なんていうか、目のやり場に困る・・・
改めて見てみるとすごい美人だなこいつ。
「おい、どうなんだ?聞いているのか?」
「へ?いや、ま、まあまあかな。」
「・・・お前、絶対モテないだろ。」
「やかましい!」
「まあいいよ。」
「良くないな。」
とりあえず聞きたいことは山ほどあるんだよ。
「お前は一体何なんだ?」
俺のこの問いかけに対する彼女の答えは非常にシンプルで、そして常軌を逸していた。
「猫。」
訳わかんねえよ。
「私はね、お前に拾われた猫だよ。」
「そんなこと言われても、信じれるわけないだろう。」
「信じてニャ。」
「とってつけたような語尾はやめろ。」
「でも?」
「可愛いから許す!」
許しちゃったよ。
「そうだねえ、お前は化け猫ってのを知ってるかい?」
「化け猫って、長年生きた猫が妖怪に成り下がったって言うあれか?」
「そう。尾が二股になった奴なんか有名だろう。」
「でも人の姿になるなんてあるのか?ってかそれだと化け猫というよりは猫に化かされてるってだけだろ?」
「尻尾生えてるよ ホレ。」
そういって猫は後ろを向くと、しりについたアンバランスな尻尾を左右に振って見せた。
白く細い一本の尻尾は通常の猫の尻尾のサイズと変わらなかった。
いやに短くて拍子抜けだが別段二股になってはいなかったことには拍子どころか腰が抜けそうだった。
いや、何も抜かさんのだが。
「そりゃあ私は猫又じゃあないからな。」
「じゃあ何なんだよ一体。」
「う~ん、私は・・・なんだろうな。」
「はぁ?」
「正直私はなぜ化け猫になったのか分からない。」
「はぁ・・・」
「なあ、私は何だと思う?」
そんなこと俺に聞かれても困るんだが。
っていうか化け猫なんて会ったのが初めてだし(当たり前だけど)。
そう考えていると猫は何を思ったか押入れの取っ手に手(この場合前足か?)を伸ばした。
人間のと何一つ違わないきれいで細いその手を横にスライドさせると同時に、
恐らく入り口辺りでつっかえていたのであろう座布団に潰されてもがいている何かが目の前に居る。
「うにゃー!」
「お前やっぱ猫だな。」
「な、なんで?」
「気まぐれすぎる。」
一体何を考えているのか。
「化け猫は不便だ。」
「なれない姿だからダメなんじゃないのか?」
「ああ、人間は融通が利かないねえ。」
「人間を馬鹿にしているのか?」
「逆だよ。人間が猫を馬鹿にしているのだ。」
少なくとも俺は猫を馬鹿にするために座布団を押入れに詰め込んだんじゃないのだがな。
っていうかこれ誰が片付けると思ってんだよ。至極面倒な話だ。
「私はな、人間に憧れていただよ。だから人間の姿に成ってしまったのかもしれないな。」
「へえ、人間になりたかったんだ。」
「いいや?」
「あれ?違うのかよ!」
「違うともいえないな。」
哲学かよ。何言ってるかもっと分かりやすくしてもらいたいもんだ。
「ワカラナイ」
「・・・・・」
「猫だから。もしくは、人間だから。」
いや、そんなコメントしづらい事言われても。
「お前は何故私を拾ったんだ?」
「え・・・それは・・・」
何でって言われてもなあ。
猫じゃないけど、それこそまさに気まぐれとしかいいようがない。
この上ないくらいに、どうしようもなく気まぐれだった。まるで猫のように。
かわいそうだと思った、なんて本当は意味を成さない。理由にはならない。
思うだけなら誰もがそう思うだろうが、行動に移すならば話は別だ。
誰もが皆同じように思い、誰もが皆同じように行動に移さない。
その中でただ一人気まぐれを起こした奴がいた。
理由なんていえば聞こえはいいが、実のところそれは全て正当化なのかもしれない。
かわいそうだったなんて気まぐれを、理由という名の正当化で自分をごまかす。
それは断続された気まぐれなのである。
だから、それは、
「結局、俺も同じだったってことだ。」
そういうと猫は少し寂しそうな表情を浮かべた。
猫に、心があるのかはわからないが、俺にはそう見えた。
「何を一人で納得したのか分からんがな、それは違うぞ。」
「え?」
「私の目指した人間、もとい化け猫はそんなモノではない。」
「じゃあお前は結局何になりたかったんだ?」
言葉に詰まったように唇を震わせると、その直後猫は俺にこういった。
「・・・やっぱりわかんないや。というか、分からなくて当たり前なんだよ。」
・・・さっぱりだな。
「化け猫だって化けたくて化けてるわけじゃないってことだよ。だから、妖怪なのさ。」
「気まぐれなのは人間だって事かい?」
「主観的に言えば誰しもがそうであるのだけど、でも人は自分を客観的に見るのが得意だ。だから自分ではなく他の誰かの観点を無意識にずらしている。結果として気まぐれなんてものを生み出してしまったのかもしれないねえ。」
それは、言葉にしてしまうと分からなくなるようなことだった。
妖怪のように。自分のように。
「それで、お主はどんな気まぐれ者なのかしら?」
「かわいそうな猫を助けるような者さ。」
「そうかい。」
猫はくるりと向きを変えると、窓のほうへ向かって歩いていった。
窓の直前でぴたりと止まると再びこちらに向き直った。
「まあ、いいよ。答えはなくても、今の私があるなら。」
「気に入ってるんだな、人間の姿が。」
「違うよ、気に入ったのは人間そのものだ。もちろん、お主のことも気に入ってるぞ。」
そういう恥ずかしい台詞をさらりと言わないで貰いたい。
こっちが照れる。
「まあ、ここにはちょくちょく来るからな。」
「ここを猫の溜まり場にする気か?」
「ああ、ここで暮らすのは少々難儀な気がしてな。」
「悪かったな。」
「またな!」
そういうと猫は窓から颯爽と去っていった。ここは二階なのだが・・・
「おい、大丈夫なのか?」
慌てて窓から顔を出し下を見てみると、そこには少女の姿はなく、代わりに一匹の猫がたたずんでいた。
しばらく見ているとそれはゆっくりと草むらの中に消えていった。
儚く、切なく、美しく。