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第二章 士中二番隊 出陣


当時、私は改名前で「貞吉(さだきち)」と名乗っていた。


本当は15歳だったが16歳と年齢を偽り「白虎隊」に入隊した。


母が望んだのだ。



旧暦8月22日(10月8日)


私が所属していた「白虎士中二番隊」出陣の日。


父はすでに出陣し、兄も戦線に出ていた。


朝、母から厳しく(いまし)められた。


『武士の子として、いよいよ目出度い門出が訪れました。今日この家の門を出たならば、おめおめと生きて戻ることは許しませんよ』


『はい』


母の顔をまっすぐに見て、ハッキリと答えた。


それから、親戚に当たる会津藩 家老(最高幹部)の西郷頼母(さいごう・たのも)邸へ挨拶に向かった。


そこでは親族そろって私の出陣を祝ってくれた。


短歌を詠み、短冊に(したた)めている。


皆の喜ぶ顔があった。


そんな光景を、私は他人事のように眺めていた。



これが今生の別れとなる。



頭をよぎった疑問はかき消し、大きく明るい声を上げた。


『皆さま、ありがとうございます。それでは行って参ります』


行って「来ます」では、ない。




私を含む士中二番隊42名は一旦、隊長の日向内記(ひなた・ないき)様邸に集合した。


その時に奇妙なものを目撃した。


隊士の一人である永瀬雄次(ながせ・ゆうじ)の兵服(軍服)が草色だったのだ。


皆が黒で統一している中でである。目立ちたがり屋な訳でもないのに、変だとは思った。


『一人だけ違う色とは目立ちますよ』


私は思ったことを、そのまま口にしてしまった。


隣の有賀織之助(ありが・おりのすけ)が肘で私を突く。皆、笑いを必死で(こら)えている。


訳がわからなかった。


すると雄次は得意気に言った。


『わかってないなぁ、貞吉は。山中での戦闘で有利になると思って、わざわざ母さんに作らせたんだ。決してムリヤリ押しつけられた訳ではないからな。家を出る間際になって着ろだの着たくないだの口論になって、泣かれてしまったので仕方なく着ているとか、そういうことではないからな』


『雄次、自分で全部バラしてる…』


安達藤三郎(あだち・とうさぶろう)の一言で、皆一斉に吹き出した。


私も声を上げて笑ってしまった。


皆の笑顔が輝いていた。


確かに、ここには光りがあった。


『整列!』


隊長の一喝(いっかつ)で反射的に並んだ。


その隊長の顔には「まったくこいつらは、物見遊山に行く訳ではないのだぞ」と書いてあった。



そして正午に滝沢本陣へと出陣した。


到着後間もなく士中二番隊の戸ノ口原への出動が急遽決定した。


その時に与えられた武器は旧式のヤゲール銃・ゲベール銃の短銃身・前装条銃だった。ないよりはマシという装備だ。


苦戦を強いられるのは誰の目にも明らかだった。


全長1.5メートル・重さ4キログラムの銃を各々かつぎ、腰に2本の刀剣と懐には脇差を忍び込ませ、少年兵たちは戸ノ口原へ(おもむ)いた。



峠を越えてしばらく進むと銃声が聞こえた。それが西軍(新政府軍)のものか東軍(旧幕府軍)のものかは、わからない。


私たち一同は隊長の指示で近くの茶屋へ立ち寄り、馴れない手つきで銃に(たま)をつめた。


不安だった。


まともな戦闘能力を教育された訳ではないからだ。


指が震え、弾を落とした。慌てて拾おうと腕を伸ばしたら、先に隊長が弾をつかんだ。


それを私に差し出す。


『私を信じてついて来い。おまえたちの中で誰ひとりの命も奪わせない』


軽く頭を下げ銃弾を受け取った。




日向様は当時、自分の父親よりも歳上の壮年だった。


子供だけの兵士たちのまとめ役として指揮官として、隊長に任命された方だ。


『おまえたち! 武器以外の荷物は全てここへ置いていけ。身軽にならなければ戦闘で不利になる』


隊長が号令をかけ、店の主人に一礼した。


『御主人、店先を使わせて頂きありがとうございました』


なぜ隊長が頭を下げるのかわからなかったが、とりあえず我々も彼に(なら)って頭を下げた。


すると主人は店の奥に向かって叫んだ。


『おい! この子らに握り飯を作ってやれ』


『それには及びません』


隊長が即座に答えた。

すると主人が椅子に座り、私たち隊士をぐるっと見渡した。


『米を炊き過ぎてしまってな。食わなけりゃ捨てるだけだ』


隊長の表情が一瞬和(やわ)らいだ。


そうか、この茶屋には捨てるほど米があるのかと、当時の私は主人の言葉を真に受けた。


程なくして握り飯が運ばれてきた。誰も手をつけなかった。


『食べてよし!』


隊長の号令で握り飯をつかんだ。そんな一連の動作を見ていた隊長が微笑を浮かべた。


『この子らは私がいないと何もできないんですよ』




我々は町の中を移動した。小雨と霧で覆われる町は逃げ惑う人々で溢れていた。


冷たい風が火薬の匂いを運んでくる。



やっと戸ノ口原に差しかかった時、西軍15,6人が向かって来た。


隊長が腕を横に伸ばした。


「止まれ」の合図だ。


西軍は距離をあけた場所で片膝を落とし、銃器を(わき)と膝で固定し、こちらに向かって一斉に発砲した。


この距離では、私たちの扱う旧式の銃では弾が届かない。


『引け!』


隊長が叫んだ。


退却する隊長に続き、懸命に走った。


私にでも理解できた。


あれが外国製の新型の銃器であること、彼ら西軍の戦闘能力が相当に高いということも。


銃弾が腕を(かす)める。足を掠める。不自然なほど命中しない。


私は足を止めて追っ手を振り仰いだ。


彼らは銃撃を止め、唇の端にニヤリと笑みを乗せた。


まるで兎狩りでもするかのように、私たちを追い詰めることを楽しんでいた。


怒りが込み上げてきた。


こんな…


こんな一方的な…


『何をしているんだ!』


隊長が叫びながら私を押し退け、西軍に向けて発砲した。


兵士たちが一瞬怯んだ。その隙に私は腰の刀剣を抜いて彼らに斬りかかった。


射撃より剣術の方が自信があった。


『行くぞ!』


隊長の号令で再び走り、皆と合流した。



この辺まで来ればもう大丈夫だろう。誰もがそう感じた時、ドサッと荷物を放り投げるような物音がした。

反射的に銃を身構える。


様子を見に行った隊長の後に続き、恐る恐る木陰を覗くと、そこに西軍の兵士らしき男が倒れていた。


負傷しているようだ。凄い出血の量だった。


助からないな。冷静にそんなことを考えていた。


私たちの存在に気づいた様子の兵士は、短刀を自分に向けた。


しかし上手く手が動かないのか、短刀が滑り落ちる。


私は他の隊士たちと目配せした。


静かに眺めていた隊長が短刀を拾い上げ、兵士の喉に当てた。


『介錯します』


返り血が飛んだ。兵服を黒で統一した本当の理由を理解した。


介錯(かいしゃく)とは切腹する者の喉を切ることで、一種の人助けだと会津藩校で習った。


藩校では切腹の仕方、介錯の仕方を一通り教わったが実践を見るのは初めてだった。


隊長に介錯された兵士は、微笑を浮かべていたように見えた。




日没。徐々に戦闘が収まってきた。


私たちは丘に登り穴を掘って、そこを陣地とした。


中は狭く、雨風をしのげるものではなかった。しかし贅沢を言ってられる状況でもない。


隊長が私たちの数をかぞえた。42名いた士中二番隊が半数に減っていた。この時すでに、退却の混乱で隊はバラバラになっていた。


そして一旦隊から離れた隊長が、全身泥だらけにして戻って来た。握り飯を持っていた。


『近くの友軍に譲ってもらった』


隊士たちが順番に手に取ると、数がぴったりだった。すなわち隊長の分がなかったのだ。


彼は、茶屋で出された握り飯にも手をつけていなかった。


なんとなく悪い気がして私は自分の分を差し出した。


『私は先ほど頂きました。隊長がお召し上がりください』


すると彼は、ありえないことを口走った。


『私は食べなくても大丈夫なように訓練した』


それを黙って見ていた伊深茂太郎(いぶか・しげたろう)が、懐から握り飯を取り出した。


『先ほどの茶屋で失敬しました。良かったらこれを』


隊長は苦笑いした。


『まったく、おまえらは、(そろ)いも揃って…』



早々に食べ終え、隊長が私たちを整列させた。


『我らには食糧の準備がない。なんとか都合してもらうから、一同ここで待っているように』


そして、篠田儀三郎(しのだ・ぎさぶろう)の方を向いた。


『篠田!』


『はい』


儀三郎は一歩前へ出た。


『もし私が夜明けまでに戻らなければ、その後の指揮を頼む』


『了解しました』


そして隊長は雨の中、暗闇へと消えて行った。



雨足がだんだんと激しさを増す。暴風雨の中、夜が明けるのを待った。


隊長の言いつけを守り、私はその場から一歩も動かなかった。




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