表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

第一章 一雄、帰郷


明治38年(1905年)、9月。


日露戦争から帰還した私は実家のある札幌へ戻った。


やけに風が冷たく感じる。今まで蒸し暑い朝鮮半島に居たからだろうか。


どこへ向かう訳でもなく、どうする訳でもなく、近所をフラついた。



日露戦争への出征(出陣)命令が下り、家を出ようとした朝、母に厳しい口調で言われた。


『あなたには武士であった父上の血が流れているのです。飯沼家の長男としての誇りを持ち戦いに挑みなさい。おめおめと生きて戻ることは許しませんよ』



これが40年足らずも前なら自害を選んでいるところだが、そんなのは時代 錯誤(さくご)だ。かと言って、家にも帰れない。


私は途方に暮れていた。



辺りがすっかり暗くなる。外套(がいとう/コート)姿の人たちが道を行き交う。


その中の1人、中年男性が陽気な笑顔と声で手を振ってきた。


「一雄、久しぶりだな」


普通に仕事帰りの父親に見つかったのだ。




父の名は、貞雄(さだお)


今年、52歳になったはず。私は父が28の時の息子だ。


父は地元札幌の郵便局に勤める電信技師だ。


若い頃の戦争で負った傷のため声がはっきりと出なかった。その辺の(くだり)は、よくわからない。


父が喋りたがらないのだ。



私は父に(うなが)されて家に戻った。待っていた母が険しい顔つきで私を見つめた。


「一雄、出征する朝、私があなたに何と言ったか覚えていますか?」


言葉が出なかった。


代わりに父が穏やかな声で言った。


「自分が腹を痛めて産んだ子供が生きていたのに、レンは嬉しくないのか?」


「そういう問題ではありません。出征するということは、国のために命をなげうつということです」


「おまえは、戦争で死んでもらうために一雄を産んだのか?」


「何を言っているのですかあなたは…」


父と母の口論に疲れ、もう何がどうでも良くなっていた。


「では私が今ここで自刃(じじん/自害)すれば、母さんは満足ですか?」


すると、父の平手が私の頬に飛んだ。


驚いた。穏やかだった父が豹変(ひょうへん)した。


「自刃は許さない。絶対に許さない」




その日の晩、私は高熱に浮かされた。激しい嘔吐(おうと)と下痢が続いた。


今ごろ戦争の疲れが出たのか、現地の水が合わなかったのか、理由は定かではない。


母が夜通しで看病をしてくれた。戦争で死んでこいと言った母が私の体調を心配した。



それから3日後の夜、体調が良くなり体が軽くなるのを感じた。


仕事から戻った父が私の寝ている部屋に顔を出した。


「具合はどうだ?」


「はい。だいぶ良くなりました。先ほど湯飯(茶漬け)を頂きました」


「もっと栄養のある物を食べろ」


「いいえ、私の好物ですから」


そして父は、まじまじと私の顔を見つめた。


「おまえは若い頃の俺にそっくりだな」


「は?」


「良く言えば、人の言うことを聞く素直な子。悪く言えば、自分の意思がない」


父は、切ない笑みを浮かべた。


「どういう運命なんだろうな。おまえは俺と同じ道を歩んでいる。だから心配なんだ」


父の言わんとすることが理解できなかった。


すると父は自分の喉元を擦った。そこには、くっきりとした傷跡が見える。


「聞きたいか?」


聞きたいというより父が話したがったので(うなず)いた。



「私がまだ15歳の時に会津で内戦が起きた。会津藩は16歳と17歳の少年たちで結成した部隊『白虎隊』を戦場へ送り込んだ。私はその『白虎隊』の生き残りなんだよ」


そして父の長い話しが始まった。




「慶応4年/明治元年(1868年)


幕府・会津藩・桑名藩(三重県北中部)を主力とした軍勢は、倒幕勢力を鎮圧(ちんあつ)させるために京都へ向かった。



同年 旧暦1月3日(1月27日)、夕方


京都の鳥羽・伏見にて、新政府軍(薩摩・長州)と旧幕府軍(会津藩・奥羽越列藩同盟)の戦いが開始した。


それが戊辰戦争の始まり。



同年3月


会津藩 征伐(せいばつ)に派遣された長州藩士の世良修蔵(せら・しゅうぞう)の斬首をきっかけに、会津を主戦場とした「会津戦争」が始まった。


会津藩は若松城(鶴ヶ城/会津若松の城)を死守するために、主力部隊の朱雀隊(すざくたい)で若松へと続く街道を防備した。


しかし新政府軍に対しては劣勢(れっせい)で、本来は予備兵であった「白虎隊」の投入が決定した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ