おんと真美
「おい、おとん。ちょっと来いや」
「なんや。
8年前に嫁の美智子が出て行ってからというもの、まだ小学生の身であったにもかかわらず女手一つでワシをここまで育ててくれた、我が愛する最愛の愛娘、高校2年生の真美やないか。
ちょっと恋ってなんや、ワシに恋してもうたんかしゃーないなあ。バレンタインのチョコなら受け取ったるで。はよ出せ」
「いきなり何や、その畳みかけるような説明文は!
しかも愛がやたらしつこいし! おとんを育てたとか恋したとかって、頭わいとんのか!
あと、物欲しそうに手ぇ出すのやめや!」
「愛がしつこいのはしゃーないやろ、愛しとんのやから。
それにワシはこの8年間ずっと、1日3食お前が愛情込めて作ってくれとる手料理と弁当だけ食って生きて来たんやから、ワシの体はお前の愛情で出来とる言うても過言やないんやで。
これで愛さん方がどうかしとるわ。
わかったら早よチョコ出せ」
「やかましわ! まあええわ。ほれ、バレンタインのチヨコや」
「なんや、やっぱりあるんかい。せっかく引っ込めた手ぇまた出さなあかんやないか」
「いらんのなら別にええで」
「いるわ! 愛する最愛の愛娘の愛情がたっぷり詰まったチョコいるわ!」
「愛がいっこ増えとるやないか! キモいわ! ええからほれ、受け取れや」
「あんがとなー、お父ちゃんうれしわー。って、なんやデカいな」
「ええやん。デカい方が嬉しいやろ?」
「そらまあな。にしても、重っ。それに何やら温いな」
「とりたてや」
「とりたてのチョコってなんやねん。作り立てちゃうんかい。って、なんやこれ。中でゴソゴソ動いとるで」
「生きがええねん」
「生きのええチョコって、お前」
「ニャー」
「おい真美、今ニャーゆうたで」
「そらゆうやろ、チヨコやさかい」
「ニャー」
「ニャーゆうチョコなんか知らんわ! いったいどこのチョコやねん!」
「チョコちゃう、チヨコや。そこの電柱んとこおったんねん」
「ニャー」
「拾いもんかい! しかもなんで速攻で名前付けとんねん!」
「ニャー」
「バレンタインやさかい」
「ニャー」
「バレンタイン関係ないやろ!」
「ニャー」
「さっきからニャーニャー騒いどるやないか。苦しいんちゃうんか、早よ出したらな。
あーあー、こない無駄に丁寧にラッピングしおって。愛情どころか動物虐待やないか」
「ニャー」
「おお、出た出た。おー、茶トラか。ふむふむなるほど、メスやな。ほほー、へー、ふーん」
「ニャー」
「どや、おとん。かわええやろ?」
「うん? んー、まー、可愛くないこともないなあ」
「ニャー」
「飼うてもええ?」
「んー、んんーっ。て、それより真美、ワシに本物のバレンタインはないんかい」
「誤魔化しおったな。まあええわ、ほれ」
「なんやあるんやないか。うん、今度は菓子っぽい軽さやな。どれどれ……、『ネコ一直線』ってキャットフードやないかーい!」
「ニャー」
「コラ、手ぇだすのやめっ! なんや腹へっとんのかい」
「なあ、飼うてええやろ?」
「あかん」
「今度ははっきり言いおったな。
ああそう。ならしゃーないな、諦めるわ」
「やけに素直やな」
「その代わり、当分の間おまえのメシは三食それやからな」
「なんやと?」
「ダンボールで買うてしもたし、捨てるのもったいないわ。
これからは愛情の代わりにネコマンマ食わしたるよって。全部食べ終わる頃には、おとんはすっかりネコマンマで出来た体になっとるんやろなあ」
「ちょ、待てや。おま、それはいくら何でも」
「なあ何であかんのや、動物が嫌いな訳やないやろ。さっき可愛いゆうたやん」
「やからや」
「なんて?」
「こんな可愛えもん家の中におったら、今までおとんが独り占めしとった真美の愛情を半分取られてまうやん」
「嫉妬かい! キモいわー。おっさんキモいわー」
「せやから、あかん」
「何言うとんのや、おとんへの愛情が猫くらいで減ったりする訳ないやろ。
ほれ、これがウチの本当のキモチや」
「あっ、もうひとつあったんかい! なんや早よゆうてくれや、もー真美ちゃんのイジワルゥ」
「体クネクネさすな、キショいわ。おいこら、手ぇ出す前に言う事あるやろ」
「わかった。お前がそこまでワシのことを愛してくれとるならもう何も言う事あれへん。
飼ってええで」
「やったー!」
「やから、早よそれ寄越せや。よしよし、今度こそ本物の『ネコ大好物』って、やっぱりキャットフードやないかーい!」
「ニャー」




