第1話「死の荒野と、始まりの種」
【登場人物紹介】
◆カイル
現代日本から転生した植物大好き青年。温厚だが植物のこととなると熱くなる。「農業」スキルを馬鹿にされ追放されるが、実は植物の全てを司る【神農】の使い手。規格外の野菜を作り出し、無自覚に世界を変えていく。
◆ソフィア
王国の第三王女。「氷の聖女」と呼ばれるほどの美貌と魔力を持つが、政争に敗れ、呪いを受けて荒野へ逃げてきた。カイルに助けられ、彼の優しさと美味しいご飯に心身ともに癒やされていく。
◆フェン
伝説の魔獣フェンリルの幼体。本来なら災害級の怪物だが、カイルの育てたトマトに胃袋を掴まれ、愛らしいモフモフの番犬として居座る。
◆ベルナルド
世界を股にかける猫人族の敏腕商人。カイルの作る作物の異常な価値にいち早く気づき、世界中から人を集める「万博」の開催を画策する。
冷たい石の床に膝をついた僕の視界には、きらびやかな絨毯と、それを見下ろす玉座があった。
きらびやかなシャンデリアが放つ魔法の光が、やけに眩しい。
「鑑定の結果が出たぞ!異世界より招かれし者、カイルのスキルは……『農業』だ!」
神官が声を張り上げると、広い謁見の間に失笑がさざめいた。
きらびやかな衣装をまとった貴族たち、重厚な鎧に身を包んだ騎士たち。彼らの視線は一様に冷ややかで、まるで汚いものでも見るかのようだ。
「農業、だと?剣聖や大賢者ならまだしも、ただの農夫か」
「無駄な召喚をしてしまったものだ」
「魔王軍との戦いに、クワでも持っていくつもりか?」
玉座に座る肥満体の男――この国の王が、面倒くさそうに手を振った。
「ええい、役立たずにかける金も時間もない。即刻、王都より追放せよ!行き先は『死の荒野』でよい!」
衛兵たちに両脇を抱えられ、僕はズルズルと引きずられていく。
反論する隙さえ与えられない。
けれど不思議と、僕の心は凪いでいた。
前世はコンクリートジャングルの狭い部屋で、日当たりを気にしながらプランター野菜を育てるだけのしがない学生だった。
それが、異世界。しかも、農業スキル。
戦いに明け暮れるよりも、土と触れ合っていられるなら、それは案外、僕にとっての「当たり」なんじゃないか。
衛兵たちの粗暴な手に揺られながら、僕は密かに口元を緩めた。
***
王都から馬車で数日。
僕は文字通り、何もない荒野の真ん中に放り出された。
「ここで野垂れ死ね、穀潰しめ」
捨て台詞を残して、馬車は砂煙を上げて去っていった。
あとに残されたのは、僕一人。
見渡す限りの赤茶けた大地。草一本生えていない、乾ききった不毛の世界。
ここが「死の荒野」と呼ばれる場所だ。
かつての戦争で強力な呪いがばら撒かれ、あらゆる生命を拒絶する土地になったのだという。
「……さてと」
僕は足元の土を手ですくい上げた。
サラサラと指の間からこぼれ落ちる砂。生命力の欠片も感じられない。
普通の農民なら、ここで絶望して終わりだろう。
でも、僕には聞こえる。
土の奥底、かすかに残る大地の悲鳴と、再生を願う微かな鼓動が。
『ステータスオープン』
心の中で唱えると、半透明のウィンドウが浮かび上がった。
【名前】カイル
【職業】農民
【スキル】神農(Lv.1)
・土壌完全浄化
・植物成長促進(極)
・品種改良(神域)
・植物使役
「やっぱり」
ただの「農業」じゃなかった。
王城の鑑定水晶は、僕のスキルの表層しか読み取れなかったのだ。神農。それは古代中国の伝説にある、農業と医薬の神の名だ。
「よし、まずは環境作りからだな」
僕は深く息を吸い込み、大地に両手をついた。
意識を地面の深く、深くへと沈めていく。
イメージするのは、瑞々しい黒土。微生物が息づき、水分をたっぷりと含んだ、生命の揺りかご。
「――【土壌完全浄化】」
ドクン。
大地が脈打った。
僕の手を中心にして、赤茶けた地面が瞬く間に漆黒へと染まっていく。
カサカサだった砂が、しっとりとした腐葉土のような豊かな土へと変質し、その浸食は同心円状に爆発的な勢いで広がっていった。
半径十メートル、五十メートル、百メートル――。
あっという間に、視界に入る一帯が、肥沃な農地へと生まれ変わる。
「うわ、すっご……」
自分でも驚くほどの効果だ。
魔力消費もほとんど感じない。どうやらこの荒野自体に眠っていた地脈のエネルギーを、浄化することで循環させたらしい。
僕はポケットから、召喚されたときに持っていた服のポケットに入っていた、一粒の種を取り出した。
王都を出る直前、厨房のゴミ箱からこっそり拾っておいた、乾燥したカボチャの種だ。
「頼むぞ。この世界の、最初の一歩だ」
黒土に指で穴を開け、種を埋める。
優しく土をかぶせ、掌をかざす。
「【植物成長促進】」
ボッ!
土が盛り上がったかと思うと、太い茎が勢いよく飛び出した。
グングンと伸びる蔦。青々とした大きな葉が広がり、黄色い花が咲き、受粉し、実が膨らむ。
その間、わずか十秒。
目の前には、見上げるほど巨大な――馬車くらいの大きさがある、巨大カボチャが鎮座していた。
「……肥料、効きすぎたかな」
僕は苦笑しながら、巨大カボチャの表面を叩いた。
コンコン、といい音がする。
夕日が沈みかけている。
今日の宿は、このカボチャの中をくり抜いて作ることにしよう。
追放された初日。
僕は死の荒野で、最高にワクワクしていた。




