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第1話 人間界に属した妖術師、千登勢の失恋

 

 東野ひがしの小羽こはねは、現役の泥棒妖術師どろぼうようじゅつしだが、転職を考えていた。

 五年目にして泥棒家業も板に付いてきたが、段々と嫌になり始めた。


「本当に辞めるかなぁ……もともと、純粋に泥棒妖術師を目指したわけじゃないしなぁ……」


 小羽は、ふと子供時代に思いを馳せた。

 昔から運動神経は零に近く、何も無い場所で横転したり、方向音痴で、たびたび迷子になっていた。

 しかし、顔だけは自信があった。   

 だから、美少女の幼馴染、北島きたじま花蓮かれんと結ばれるのは、美少年である自分だと信じて疑わなかった。

 実際、小羽の顔は見誤ることのない美しさで、性格も無邪気で愛らしい子供だった。

 それで、幼馴染の言葉を鵜呑みにしてしまったのだ。 


「あのねっ!将来は、泥棒妖術師さんと結婚するのっ!」


 小学五年生の夏休み、西日が射す縁側で、花蓮はにこやかに笑った。

 それは、単なる思い付きだったに違いない。

 しかし、小羽は、花蓮の一言で自分の夢を諦めたのだ。

 自慢の美顔と長身を生かしてモデルになるつもりだったが、進路を変更して、なりたくもない泥棒妖術師を目指した。

 そのせいで、父親は激怒した。


「泥棒になろうなんて下らない考えは、今すぐ捨てろ!一族の恥になる!血筋に泥を塗るな!我が家は、由緒ある妖術師の家系だ!」


 母親も青ざめて同意した。


「お父さんの言う通りです。先祖代々、人間界でも指折りの家系ですよ。お母さんも認めません。泥棒学会なんて、秘密結社も同然だわ。お母さん、恥ずかしくて親戚にも言えません。お止めなさい。小羽さんは、たった一人の跡取りですよ」


 両親に反対され続けても、小羽は死に物狂いで頑張った。

 筆記テストは十五回も落ちたし、妖術試験も十七回目にして、やっと合格した。


「ああ、嘆かわしい!受かってしまったのね。それなら、もう仕方ないわ。だけど、おめでとうは言いませんよ」


 母親は意気消沈して両手で顔を覆った。

 父親には厳しい口調で、「どうしても働きたいというのなら、実家を出なさい。泥棒を家に置くわけにはいかん」と告げられた。そして、きっぱりと言われたのだ。


「小羽、よく覚えておけ。おまえは、きっと今の仕事に飽きる。その時ようやく、自分にとって何が大事か分かるだろう。しかし、実家には戻って来るな。一度叶えた夢から逃げ出す事は許さん。信念は最期まで貫け」


 こういうわけで、勘当されたようなものだった。

 小羽は、何とか職について働き始めたが、かつての学友たちも失った。


「本当に泥棒になったんだな。普通に、人の役に立つ妖術師を目指せば良いものを。自分から進んで犯罪者になるなんてな」


 一つ上の仁志ひとしは、大袈裟に息を吐いた。


「おまえは、大馬鹿モンだ。辞めても職歴は残るぞ」


 同年の千登勢ちとせには叱られたが、心配もして貰った。


「俺は、友達やめるぜ。火の粉を被りたくねェ」


 一つ下の富井とみいには、心底軽蔑された。


「呆れる話だね。『胸キュン王国』に忠誠を誓う奴の気が知れない。僕らのように、人間界にんげんかいに属した妖術師になれば良かったのに」


 二つ上の戸市といちは、憐れみのこもった眼差しで小羽を見た。


 最後に会って話をした場所は、地元の寂れた居酒屋だった。

 小羽は、どれだけ飲んでも全く酔えなかった。

 会計を終えて店を出る直前、千登勢がくるりと振り向いて、小羽の頬を両手で優しく挟んだ。


 「ほんとバカだな、花蓮の言葉を真に受けて」

 

 小羽は、むっとして言い返そうと口を開けた。

 その瞬間、挟まれた頬に千登勢の顔が近付いた。


 (え?)


  気付けば温かな唇が、半ば開いた唇に触れていた。

  呆然となった小羽を藍色の瞳が見つめていた。

  すっと離れた唇を、小羽は思わず目で追った。


 「初めから、こうしとけば良かった。おまえ、ずっと知りたかったんだろ?俺が彼女を作らねえ理由」


 呆気にとられ棒立ちになっている小羽の耳元に、千登勢は頬を寄せてハスキーボイスで囁いた。 


 「ずっと好きだった」

  

  「!!」


 何と返せばいいのか分からず固まっている小羽の頭に、ポンっと片手を置いて、千登勢は悲し気に微笑んだ。


 「ふられて職にあぶれたら、嫁に貰ってやるよ。何十年でも、俺は待つ。おまえが好きだ」


 そう言うと、放心状態の小羽を残して、店を出て行った。


「……バカは、おまえだろ?俺は、男なんだ。おまえの気持ちには応えられない」

  

  小羽の頬を涙が伝った。  

  いっその事、呆れて欲しかった。嫌ってくれた方が、ずっとマシだった。

  好きと言われて友情を失くすとは思わなかった。


「ずっと隠してくれてたのか……」

  

 千登勢は、竹を割ったような正直で男らしい性格で、年齢関係なくモテていた。 

 背は百八十を超えて端正な顔立ちは男女問わず見る者を惹きつけたが、誰の告白もOKしなかった。

 

 「千登勢、ごめん……」


  店を出てから、小羽は上を向いて歩いた。

  こぼれる涙を誰にも見られたくなかった。

  小さな謝罪は、闇に紛れて誰にも届かなかったが、冷たい三日月が、小羽を責めているかのように鋭く光って見えた。


 「俺もおまえも、男なんだ……」

  

 申し訳なさとは違う胸の痛みに、小羽は気付かないふりをした。

 気付き始めた後悔に、そっと蓋をした。

  

 


 



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