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《完結》どうぞ、私のことはお気になさらず  作者: ヴァンドール


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5話

 舞踏会の翌日、私はリチャードさんにお借りしていたアクセサリーを返すため、カンナと共にアムール商会を訪ねた。

 けれども生憎、店主のリチャードさんは外出中とのことで、店を任されている責任者の方に預けて帰ることにした。


 その後、私は本宅の図書室へ行こうと廊下を歩いていると、ちょうど旦那様と鉢合わせた。


「どうだ、離れの方は不自由なく過ごせているか?」


「はい、お陰様で。カンナと二人、楽しく過ごしています」


「そういえば昨日、知り合いに頼まれて子爵家の舞踏会へ顔を出したんだが、アムール商会のリチャード殿が、なかなか美しいご令嬢を伴って来ていたぞ」


 その言葉に、私は一瞬、胸の鼓動が跳ねた、

 だけど動揺を悟られないように努めて平静を装った。


「そうなのですか。何かとお顔の広い方のようですからね」


 そう言って図書室へと向かうと、旦那様もそれ以上は何も言わずにその場を去っていった。

 私は胸を撫で下ろし、本を探し始めたが、程なくして、旦那様が勢いよく部屋へ飛び込んできた。


「大変だ! 先日この屋敷に来ていたリリアナから先触れがあって、彼女の夫、ウィンチェスター侯爵が私と彼女との関係を疑い、今からここへ乗り込んでくるそうだ!」


 旦那様は珍しく焦った様子で、額にうっすらと汗を浮かべていた。


「何とか力を貸してくれ。もし噂が広まれば、一大事になる」


 その必死な声に、私は少しだけ考えるふりをした。


「仕方ありませんね。今回だけですよ」


 そう言って私は急ぎ離れに戻り、カンナに事情を話した。

 すると彼女は眉を寄せ、心配そうにしている。


「いくら旦那様が年上の方にしか興味がないと分かっていても、心配です」


「大丈夫よ、心配しないで」


「本当に大丈夫なのですか?」


「ええ、私に任せて」


 そう言って、カンナに舞踏会のときと同じ身支度をしてもらった私は、そのまま本宅へ急いだ。

 私の姿を見た旦那様は、目を見開き、言葉を失っている。


「あの時の!」


「旦那様、お気持ちは分かりますが、これも私なのです」


 そう言って旦那様の腕を取り、応接室へと引っ張っていった。

 やがて、ウィンチェスター侯爵とその妻リリアナ様が屋敷に到着された。


「私の妻が貴殿にお世話になっているそうだが?」


 侯爵様の厳しい声に、旦那様が言葉を探している間に、私は一歩前へ出た。


「お初にお目にかかります。私はウィルフォード侯爵が妻、アリーシャと申します。奥様とは、この私が親しくさせていただいております」


 旦那様もすぐに調子を合わせた。


「そうなのです。私は妻の友人として紹介されたまでで、何か誤解があるようですな」


 何食わぬ顔で答えている。

 リリアナ様は一瞬驚いたように私を見つめたが、すぐに表情を作って言い返した。


「だから何度も申し上げましたのに。全く、私の言うことは信じて下さらないのですから」


 ご主人の侯爵様はまだ疑わしげな顔をしていたが、やがて納得したように謝った。


「いや、知り合いが貴殿と妻が親しげに買い物をしているのを見たと言うのでな」


 そこで私は、すかさず言葉を挟んだ。


「ああ、その日ですね。確か、私が店の中で商品を迷っている間、お二人が外で待っていて下さった日ですわ」


 すると旦那様もすぐにあわせた。


「ああ、そう言えばそんなことがあったな」


 それを聞いた侯爵様はホッとした表情をなさった。


「いや、年甲斐もなく疑ってしまった。こんなにも美しい妻がいるのに、浮気などするはずもないな」


 そう照れくさそうに笑い、リリアナ様を伴って屋敷を後にされた。


 見送りを終えた私は、旦那様の方を見ながら忠告めいたことを申し上げた。


「旦那様、ご主人のいる方は、今後お控えになられた方がよろしいかと。どうせなら、未亡人の方の方が安全です」


 旦那様は苦笑しながらも頷いた。


「確かにそうだな。今日のようなことが続いては、世間の目もある。これからは気をつけよう」


 そう言って、少し照れたように私を見つめた。


「今日は助かった。本当に恩に着る」


「それほどのことではありません」


 私はホッとしてやっと笑顔になれた。


 すると旦那様は少し真面目な顔になり尋ねてこられた。


「だが、あの日、なぜアムール商会の会長と一緒にいた? それに、私に嘘までついて」


「嘘をついたのは謝ります。でも、たまにはお洒落をして社交界に出てみたかっただけです」


「だったら、今度は私に言えばいい」


「ですが、旦那様は年上の方にしか興味がないようなので、申し訳なくて」


「何? 私が年上にしか興味がないと?」


「はい? 無自覚ですか」


 そう言うと旦那様は腕を組み、考え込んだ。


「んー、そう言われれば、そうかもしれんな」


 その言葉に思わず吹き出しそうになった。

 だけど旦那様はすぐに真面目な声で続けた。


「アリーシャ。君はなぜ、今まであんな身なりをしていたんだ?」


「さあ? 自分でもよく分かりません。ただ、あの格好の方が落ち着くような気がして」


 我ながら苦しい言い訳だったが、旦那様はそれ以上追及してこなかった。

 そしてほんの一瞬、優しく微笑んだように見えた。


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