3話
あれから離れの小屋の痛んだ箇所や建て付けの悪いところを業者に頼み、修繕もようやく終わった。
古めかしかった小屋は見違えるほど綺麗に仕上がり、まるで別の建物のようだ。
(これで旦那様のもとへ訪れるご夫人方も、私を気にせず過ごせるわね。
本当は、初めからこうすべきだったのかもしれない。
ただ、旦那様のあの悪趣味は満たされないかもと思い、思わず苦笑した)
小さいながらも、自分だけの空間ができたことに心から満足していると、カンナから声がかかった。
「奥様、お食事のご用意ができました」
私たちは、向かい合って食卓につき、たわいない話をしながら食事を取っていた。
ふと、そんな日常にさえ今までにない開放感を感じた。
(これが、本当の自由というものなのね)
そんな思いが胸をよぎる。
すべての荷物も離れに運び終え、カンナにも隣の部屋に移ってもらった。
そして彼女に『これからは友達のように接してほしい』とお願いしたのだけれど‥‥
「私は奥様の侍女ですよ。こうしてご一緒に食事を頂くだけでも恐縮しているんですから」
と、きっぱり言われてしまった。
「そんなふうに言わないで。私、今までお友達がいなかったの。だからカンナには、友達のように接してほしいの」
そう告げると、彼女は少し顔を赤くした。
「もう、仕方ないですね。では、時々だけですよ」
そう言って、照れていたのがとても可愛く感じられた。
「ええ、それで十分よ。ありがとう」
そう返すと、彼女の頬がさらに赤くなった。
こうして、私はこれまでにない充実した日々をカンナと共に過ごしている。
彼女は旦那様のことをあまりよく思っていないが、私は正直、感謝していた。
だって、この自由を与えてくれたのも、他ならぬ旦那様なのだから。
(まあ、男としても夫としても、駄目なんでしょうけれどね)
そう心の中でつぶやき、苦笑した。
それからしばらくして、私とカンナは街へ買い物に出かけた。
ついでに、先日ベッドを運んでくれたお礼も兼ねて、気持ちばかりのお菓子を持ち、アムール商会に立ち寄ることにした。
馬車を降りようとすると、あの日と同じようにリチャードさんが手を差し伸べてくれた。
「ようこそお越しくださいました。先日はありがとうございました」
「こちらこそ、その節は余計なことまでお願いしてしまい、申し訳ありませんでした」
そう謝って、お菓子を手渡した。
「心ばかりのものですが、皆様でお召し上がりください」
そう言うと、彼は優しく微笑んでくれた。
「ありがとうございます。良ければ奥でお茶をご用意いたします。ご一緒にいかがですか?」
「でも、お仕事のお邪魔ではありませんか?」
「いえ、ちょうど暇を持て余していたところですので、大歓迎です」
「それでしたら、遠慮なくお邪魔させていただきますね」
そうして、彼の案内で店の奥へ進んだ。
通りすがりに覗いた部屋では、多くのお針子たちが真剣な眼差しでドレスを縫っていた。
その光景を横目に廊下を抜け、大きな応接室へと案内された。
「奥様、立派なお宅ですね」
カンナが小声で囁いたので、私は軽く咳払いをしてソファに腰を下ろした。
「先日はお見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、貴族間ではよくあることです。お気になさらず」
そう言ってくれたのに、カンナが口を挟んだ。
「あんなこと、貴族間でもそうそうありませんから」
するとリチャードさんは苦笑し、話題を変えた。
「そういえば来週、友人の屋敷で小さな舞踏会が開かれるのですが、子爵家主催なので高位貴族の方はお見えにならないのですが、気晴らしに私とご一緒にいかがですか?」
「リチャードさんって、もしかして貴族の方なんですか?」
カンナが身を乗り出したので、私は慌てて注意した。
「カンナ、失礼よ」
「いえ、構いません。貴族といっても、領地を持たない一代限りの男爵位です。
まあ、世間では『金で買った爵位』なんて噂されてますがね」
そう言って、冗談めかして笑った。
するとカンナは私を見て、嬉しそうな顔をした。
「奥様、たまには華やかなところで羽を伸ばしてください! 支度は私が全力でお手伝いします!」
私は苦笑して言葉を濁した。
「でも、ドレスが……」
そう言いかけた途端、リチャードさんがすかさず言葉を挟んだ。
「ドレスなら、ぜひうちの商品をお使いください。良い宣伝にもなりますので、遠慮は無用です。ただ、既製のもので恐縮ですが」
すると、カンナは目を輝かせた。
「奥様、ぜひ! 私の腕の見せ所ですから!」
そう言って、張り切っている。
(まあ、旦那様にはいつも変装しているし、バレることはないでしょうね)
心の中で思いながら答えた。
「それでは、よろしくお願いします」
すると彼も嬉しそうに微笑んでくれた。
「本当ですか? では、楽しみにしております」
そして、お茶を飲みながら少し世間話をしたあと、帰り際にリチャードさんが言ってくださった。
「こちらの工房にあるドレスの中から、お好きなものをお選びください」
迷っていると、彼がにこやかに話しかけてくれた。
「もしよければ、私にお任せいただけませんか?」
「よろしいのですか? あまりこういうことには不慣れで、では、ぜひお願いします」
すぐに、彼は手際よく、落ち着いたブルーのドレスと、それに合う小物を選んでくれた。
中には、明らかに高価なアクセサリーも含まれていたので、私は思わず声が出てしまった。
「こちらは、失くすと大変ですから、お借りできません」
「いいえ、こちらは貸すのではなく、差し上げるのです」
「ですが、そんな高価なものを頂くわけには……」
「先ほども申し上げましたが、宣伝のためです。お気になさらず」
「いいえ、駄目です。舞踏会が終わりましたら、必ずお返しします」
「まったく、貴方という人は」
そう言いかけて
「失礼しました。侯爵夫人に対して」
と言い直したので、私は微笑みを向けた。
「いえ、そのままで構いません。なにぶん、形だけの侯爵夫人ですから」
そんな自虐を言うと、彼は言葉を失い、沈黙が落ちてしまった。
気まずさをやわらげようと、私は急いで話題を変えた。
「このお茶、とても美味しいですね」
すると彼はぎこちなく笑った。
(私ったら、またやってしまったわ。本人が気にしなくても周囲は違うのよね)
こうして舞踏会のための支度を終えた私たちは、店を後にしよとしたが突然、カンナがリチャードさんに話しかけた。
「では当日は侯爵邸の馬車でお迎えに伺います」
「宜しいのですか? それでは楽しみにしています」
それを聞き、私は少し不安に思った。
そして店を出た後、すぐにカンナに尋ねた。
「カンナ、旦那様には内緒なのに、侯爵邸の馬車を使ったらまずくない?」
「ご心配なく。その辺は、私にお任せください。御者とはお友達ですし、お屋敷のみんなは奥様の味方ですから」
頼もしく笑う彼女の横顔を見ながら、私は、一抹の不安を感じたが、カンナに全てを任せることにした。




