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《完結》どうぞ、私のことはお気になさらず  作者: ヴァンドール


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17/22

17話

 雨は次第に強くなり、夕暮れの街は白い靄に包まれていた。

 

 リチャードの言葉が、まだ胸の奥で響いていた。

 《貴女を解き放たせてください》

 あの言葉の重みが、冷たい雨よりも深く染みていた。


 けれど、立ち止まってはいけない。

 彼から託された理想を、この手で実現してみせるまで。


 アリーシャは濡れた髪を直し、通りを抜けようとしたその時


「アリーシャ様!」


 背後から呼ぶ声に振り向く。

 そこに立っていたのは、クラーク卿だった。

 持っていた傘も差さずに、雨に打たれたまま、彼はわずかに息を切らしていた。


「やはり、こちらにいらしたのですね」


「クラーク卿? どうしてここに?」


「ロビンソン伯爵から伺いました。リチャード殿がご自身の権限を全て、貴女に委ねられたと。

 お一人で抱えるには、あまりに重いことです」


 アリーシャは一瞬、言葉を失った。

 彼の声には、同情や、憐れみでもなくただ、温かさがあった。


「貴方まで、心配を?」


「ええ。ですがそれ以上に……」


 クラーク卿は傘を広げて彼女の髪にかかる雨を防いだ。

 その仕草が、胸の奥を微かに温かくした。


「財団を守るためなら、私も力を貸したいと思っています。ロビンソン伯爵も同じ考えです。どうか、ひとりで背負わないでください」


 アリーシャは、俯いたまま小さく息を吐いた。

 冷え切った指先が、少しだけ温もりを取り戻していく。


「ありがとうございます。でも、私はもう誰かの犠牲のもとで動くことはできません」


「犠牲ではありませんよ」


 クラーク卿は穏やかに言った。


「共に歩む、というだけです。貴女の理想とする未来を一緒に見たいだけなのです」


 アリーシャはその言葉に、ゆっくりと顔を上げた。

 雨に濡れている街がほんの少し明るく感じた。そしてその明るさが二人だけを包んでいるようだった。


「クラーク卿、貴方は不思議な方ですね」


「そうでしょうか? よく言われます」


 わずかに笑った彼の表情に、リチャードとは違う別の強さがあった。


 その瞬間、アリーシャの中で、ひとつの想いが静かに形を変えた。

 別れの悲しみではなく、《一歩き出す決意》へと。


「分かりました。では、もう一度始めましょう。

 この街に、あの人が願った理想を根付かせるために」


 クラーク卿は深く頷き、手を差し出した。


「必ず、支えます。貴女が進む道の、その隣で」


 アリーシャはその手を取った。

 灰色の空の向こうに、ほんのわずか、明るい光の気配が見えたような気がした。


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